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左傾化するストックホルム

1.導入

ストックホルムはスウェーデンの首都である。ストックホルムは伝統的に右派が強く、「都市部は左派が強い」という欧米の傾向と真っ向から対立している。全国的に社民党など左派政党が圧勝した際も、ストックホルムとその周辺だけは右派が優勢であることもざらにあった。しかし今、そんなストックホルムで変化が起こっている。右派優勢だったはずのストックホルムで左派政党が支持を伸ばしてきているのだ。今回はそんなストックホルムの変化について過去の選挙結果をもとに読み解いていきたい。

2.左傾化度合いの評価の仕方

まず今回ストックホルムの情勢を見ていくにあたって前提とする事項がいくつかある。まずは「左派」「右派」の定義についてだ。どの政党が「左派」でどの政党が「右派」に分類されるのかを決めなければ話は始まらない。そこで今回は以下のように分類することにする。

左派: 社民党 緑の党 左翼党 フェミニスト・イニシアティブ
※フェミニスト・イニシアティブは2014年のみ
右派: 穏健党 スウェーデン民主党 キリスト教民主党 中央党 自由党 新民主党
※新民主党は1991、1994年のみ

なお、現在は極右であるスウェーデン民主党の躍進を受けて右派である中央党と自由党は社民党と緑の党の連立政権に閣外協力しており、従来の右派・左派の枠組みが崩壊しているものの、今回はそれは考慮せず単純にイデオロギーで分類したものを用いる。

次に前提とすべきことは、ストックホルムの左傾化度合いはあくまで同じ選挙の全国の結果との比較によってなされなければならないということだ。例えば全国的に左派が躍進した時はストックホルムも当然ある程度は左派が得票率を伸ばしているだろう。逆もまた然りだ。しかし、それでは「ストックホルムが他地域と比べてどうなっているのか」を評価するのが難しくなる。そのため今回は単純な左派の得票率に加えて、「ストックホルムは全国と比べてどれだけ左or右に傾いているか」という指標を用いる。この指標を「ストックホルム左傾化度(Stockholm Leftward Shift Level, SLSL)」とし、これは以下の式によって算出する。

W(L):全国における左派の合計得票率
W(R):全国における右派の合計得票率
S(L):ストックホルムにおける左派の合計得票率
S(R):ストックホルムにおける右派の合計得票率
とした時、
SLSL={S(L)ーS(R)}ー{W(L)ーW(R)}

これにより、「確かにストックホルムで右派は伸びているが、全国の伸びほどではない(つまり相対的に左傾化している)」といった場合にもきちんと評価ができるようになる。

3.選挙結果の分析

左傾化度合いの評価方法を述べたところで、次はいよいよ実際の選挙結果を分析していくことにする。今回用いるのは過去50年間のスウェーデン総選挙(国政選挙)の結果である。データはいずれもhttps://data.val.se/val/val2018/slutresultat/R/rike/index.htmlのサイトを参照している。これらの結果はウィキペディアに表としてまとめられているため、詳しい結果が知りたい場合は「Swedish election result wiki」などと検索するとよい。スウェーデンでは過去50年間に15回の総選挙が実施された。これらの結果のうち全国とストックホルムのみの結果を抽出して、先ほど分類した「左派」「右派」の分類にしたがってそれぞれの合計得票率を算出し、先述の式にのっとってストックホルム左傾化度(SLSL)を算出していく。また、参考記録として2021年5月にスウェーデン統計局(SCB)が実施した世論調査の結果も載せる。これはグラフでは「2021年」で表される。

それではまずは手始めにストックホルムにおける左派の合計得票率を見ていこう。

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このグラフを見ると左派の合計得票率は一時期を除いて概ね40%台で推移しており、過去50年間であまり変わっていない、それどころか昔の方が左派が強かったように見える。しかしこれではストックホルムが全国と比べて左傾化しているかどうかは分からない。ストックホルムで左派が得票率を伸ばしていたとしても、全国ではそれ以上に左派が伸びている場合もありうるからだ(逆もまた然り)。そこで「ストックホルム左傾化度合い(SLSL)」の出番だ。これを算出してグラフにした結果は以下のようになる。

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これを見ると、先ほどのグラフとは全く違った光景が見られるだろう。ストックホルムは1970年代はSLSL≒0であり、全国とほぼ同じ左傾化度合いであったが、1980年代に入るとSLSL<0、すなわち徐々に右傾化し始めて1990年代後半から2000年代前半はSLSLは-5〜-15と全国に比べて極端に右傾化が見られる。ところが2006年を底にしてそれ以降は選挙のたびに左傾化してきており、2018年総選挙ではSLSL=8.0、すなわち全国に比べて8.0ポイントも左傾化している。今年5月の世論調査では23.0ポイントまで拡大し、2018年総選挙の時からさらに15ポイントも左傾化していることが分かる。ここから、ストックホルムにおける左傾化はさらに継続していることがうかがえる。また、ストックホルムで左派の合計支持率が50%を超えるのは驚異的な結果である。ここでは各党の細かい得票率については触れないがストックホルムにおける左傾化は、全国では退潮が目立つ社民党がストックホルムではむしろ得票率を伸ばしてきていることや、左翼党の躍進によってもたらされている。繰り返し注意しなければならないことは、あくまで「ストックホルムにおける左派の合計得票率は現在の方が低いものの、全国における減少幅よりも踏みとどまっているために相対的に左傾化している」と言えるという意味であり、これは単純な左派の合計得票率からは見えてこない事実である。

4.欧米のトレンドに同調か

近年、欧米諸国の首都では全国的なトレンドに関わらず左傾化が見られる国が増えてきている。例えばデンマークの首都コペンハーゲンでは、全国的には右派が政権を奪還した2015年総選挙でも左派が得票率を伸ばし、全国の傾向と真逆になった。オランダの首都アムステルダムでは、全国で右派が伸びた2017年総選挙でも左派が得票率を維持して相対的には大きく左傾化する結果となった。ボリス・ジョンソン率いる保守党が圧勝した2019年のイギリス総選挙でも首都ロンドンでは労働党が議席数を維持し、保守党はむしろロンドンでは得票率を減らした。アメリカの首都ワシントンD.C.では2016年の大統領選でヒラリー・クリントンの得票率がトランプを86ポイント上回り、過去最大の差となった。ストックホルムにおける左傾化は近年の欧米諸国の首都における左傾化の流れにスウェーデンも同調している可能性を示している。ストックホルムは欧米諸国ではマドリード(スペインの首都)とともに例外的に右派が強い首都として欧米圏の選挙マニアからは有名であったが、それも変わりつつあるのかもしれない。

5.今後の課題

ストックホルムが相対的に左傾化してきているということは分かったが、ではなぜそういった変化が起こっているのかについて詳しい事は分からない。社民党が長年政治を牛耳ってきたスウェーデンにおける新自由主義の浸透や、中道右派政党がリベラルな政策を掲げたことによる左派票の流入など考えうる要素は様々であるが、はっきりとした答えを導くことはできていない。これに関してはスウェーデンの政治を深く知らなければ解けない問題であり、日本に住む私には困難な課題だろう。それでも機会があれば考えていくようにしたい。また、ストックホルムが全国に比べて左傾化しているということは、逆に言えば右傾化している地域もあるということである。今後はストックホルム以外の地域の選挙結果についても分析を行い、そういった地域ごとの差についても述べることができるようにしたい。特にストックホルムに次ぐ大都市であるヨーテボリやマルメ、あるいは伝統的に社民党が極めて強い北部の農村部の変化は気になるところである。

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