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はじめまして!丹波フィンランド大使のピエニです!〜「わたし」が「わたし」を愛せるようになるまでの4015日(1)〜

Moi(こんにちは)!はじめまして、今回からよむエラマのライターとして加わった、丹波フィンランド大使のpieni(ピエニ)と申します。

初めましての第1回目の記事から、なんとなんと連載企画を提案してしまいました。
題して「「わたし」が「わたし」を愛せるようになるまでの4015日の物語」。

世界で一番嫌いな人間は「わたし」。
もし、たった一つだけ魔法が使えるなら「どうか、自分の性格を変えてください」。
そう切実に願い続けた私が、とある転機のおかげで、自分自身を愛して大切にすること覚え、そしたら人生で進みたい道が見えてきた!そんなElämäストーリー(人生ストーリー)を書かせていただきます。

いまこの記事を見てくださっている方にも、それぞれの人生ストーリーがあると思います。どうか、自分自身の物語も紡ぎながら読んでいただけますと嬉しいです。

はじめましての自己紹介!pieniって誰?

さて、この人誰?丹波フィンランド大使って? pieniとは?などと、読んでくださってる方の頭に「?」マークが浮かんでいる気がしていますので、改めて自己紹介をさせてください。

私は故郷である、兵庫県東部に位置する丹波市という場所で、フィンランドと丹波地域のモノやヒトや文化などの交流を目指し、勝手に丹波フィンランド大使と名のり、フィンランドという国の魅力を伝える活動を行っています。

この活動をする中で、なぜフィンランドなの?と聞かれることが多いのですが、理由は単純明快、私はフィンランドが大好きだからです。

2007年に仕事ではじめてフィンランドに行ったとき、玄関口である「ヴァンター空港」に降りたった瞬間突然に、つま先から頭のてっぺんまで、すーっと頭がクリアに透き通るような感覚が駆け抜け、それでいて涙が出そうになるような温かい気持ちが湧き上がってきたのを、今でも鮮明に覚えています。

実は、それまでフィンランドという国はあまり詳しく知らなかったのですが、白夜の季節に森の中でビルベリー(北欧に自生しているブルーベリー)をひたすら摘み続ける仕事をしたり、摘みたてベリーでパイ作りをしたり。
また、サマーコテージでの暮らしを体験し、スモークサウナの後に湖にドボン。ホームステイで日本とフィンランドの料理の食べ比べ会をしたり、ラップランドの博物館や図書館に教育施設、カフェ、マーケットなどの見学を通してすっかり虜になりました。

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それから数年後、もう一度フィンランドに行きました。
なんだか不思議ですが、再び頭がクリアになる感覚と、涙が出そうになる、言葉にならないような感覚に包まれて、やっぱり私はフィンランドが好きなんだと感じました。

その後も、日本で楽しめるフィンランド体験(雑貨やレストラン巡りにワークショップ体験など)を探しては参加するようになりました。
10年ほど前までは京都に住んでいたので、比較的そういった楽しみ方ができたのですが、実家のある兵庫県丹波市(自然豊かな田舎です)に帰ってきたら、なかなかフィンランドとつながるような体験ができなくなりました。

そんな話を友人にしたところ、「じゃーさー、もう自分でフィンランドにつながるような体験を企画して取り組んだらいいんじゃない?」とズバリ。

「えー、私なんかのレベルでフィンランドに関わることしていいの?もっと詳しくならなきゃフィンランド好きとか言ったらあかんのちゃう?」

そんな風に返答したところ「いやー、あんた、ずっとなにかにつけてフィンランドの話してるで、そんで、その話してるときかなり目キラキラしてるし、よっぽど好きやろ!自分が楽しんだらいいやん!」と後押ししてくれました。

フィンランド好きを目いっぱい自覚したことにより、丹波フィンランド大使(自称)が誕生したのです。

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名前のpieniはフィンランド語で「小さい」という意味。

私の姓は、旧姓が小谷、今は小林で、「小さい」という文字と一生暮らすことになりました。また何事も小さくスタートして大きく育てていきたい、そんな想いを大切にしていることから、pieniと名のることにしました。
ちなみに、4歳になる娘を子育て中の母でもあります。仕事はフィンランドに出会わせてくれた会社に週2パートで勤務しつつ、丹波地域のSNSを運営したり、ライターをしたりしています。

そして、丹波フィンランド大使として、丹波の森で北欧ピクニックや、小さなフィンランドマルシェを開催したり、フィンランド発祥のアップサイクルマーケット「クリーニングデイ」を広める活動をしています。12月には北欧雑貨を取り扱うオンラインショップをオープンする予定です。

夢は、丹波地域とフィンランドのモノやヒト、文化の交流を広めること!
親子交換留学制度ができたり、フィンランドで丹波マルシェや丹波ポップアップストアなどを開催出来たら最高!そんな風に妄想しながら、まずは「わたし」サイズで邁進中です。

「Elämäプロジェクト」との出会い

フィンランドについて、もっと深く知りたい!と思っていた時に、よむエラマの本体「Elämäプロジェクト」の存在を知りました。
代表の石原侑美さんの「人生の道を描くElämäワークショップ」に参加したり、ホームページに掲載してある「Base of Elämä(エラマの基本)」に新しい生き方を感じたりと、共感する部分が多くありました。

その後、エラマプロジェクトの「ライターシップ講座」に参加したことがきっかけでよむエラマのライターとして、はじめての記事を書かせていただけることになりました。
Elämäプロジェクトの1ファンなのです。

Elämäプロジェクトでは、短い期間旅しただけでは分からないフィンランドを知ることができます。教育、福祉、歴史や価値観、生き方などなど。また、日本とフィンランドの絶妙な関係と題して、お互いに通じる文化なども知ることができ、とっても面白く、知識が深まるだけでなく、自分自身のElämä(人生)について見つめなおす時間を過ごせます。

「わたし」を知る 「わたし」の道を見つける 「わたし」の道を歩む

この文章は、Elämäプロジェクトのコンセプトに掲げられている一文です。
これを見て私はこう解釈しました。
人生の主役はなにものでもなく「わたし」であり、その「わたし」が歩む道は「わたし」自身が見つけ、創りながら、進んでいくもの。

ちょうど自分で自分を大切にしはじめた私にとっては最高に心に響く言葉でした。

4015日の物語にこめた想い

この記事の執筆にあたり、侑美さんと、いけかよ編集長と一緒に「どんな記事を書こうか、何を伝えたい?」と話していると、むくむくと湧いてきた気持ちがありました。

「私のElämä(生き方・人生)を書いてみたい。まだまだ38年目のひよっこだけど、ずっと自分が大嫌いだった人生が、うつ病を患うという大きな転機から、自分を愛する人生へとチェンジしていった物語を紡がせてもらいたい」そんな風に、熱く語っていました。

芸能人や著名人でもない、一般人の人生ですが、書くことによって、読んでいただくことによって、それぞれのElämäを振り返えり、見つめなおして、それぞれのElämäをまた歩みだす。そんな小さなきっかけになると嬉しいな。そんな想いを持っています。

さいごに

今回は、「わたし」が「わたし」を愛せるようになるまでの4015日の物語のスタートに、自己紹介と企画への想いを書かせていただきました。

侑美さんが「Elämäする」というお話をすることがあります。
私は、よむエラマの記事を読んで、その題材を「わたし」の中に取り込んだらどんな話になる?どんな気持ちがでてくる?などと感じたり、味わってみることが「Elämäする」の一つなのかなと思っています。

これから書いていく記事も、そんな「Elämäする」につながると嬉しいです。

次回は、pieniの「暗黒時代」。
人生を再構築するべく試練がやってきた話をお届けします。

Text by  pieni(ピエニ)(丹波フィンランド大使)

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