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ちゅん太のいた夏(第十一回)

【彼女は縄文が大好き】

シャトルバスで新幹線の新花巻駅に出て、そこから約2時間弱で新青森駅へ。車中ウエノさんが、縄文時代の魅力を語りだした。
「美的感覚が素晴らしいでしょ。でも縄文って言われてるものだから、ただ土器の表面が縄目でデコボコしてるだけって思ってる人、多いんじゃないかな。無知による誤解よ。こんなに本格的な土器が使われたのはほぼ世界で最初だし、土器の装飾も、もはや人の情念すら感じさせて、早い話が5千年前の岡本太郎ってことよ」
ごめん、私も縄目しか思い浮かばない。慌ててスマホで調べると、確かに現在のアーティストでも作り込めないようなゴージャスな装飾が土器に付いているものがある。持ちにくいような気もするが、普段は使わない冠婚葬祭用なのだろう。
「ファッションもステキ。女の子は凝った髪型をして赤い朱塗りの櫛でとめてたの。動物の骨で作ったヘアピンもしていた。ピアスとペンダントにブレスレットも付けていたし、材料も翡翠、琥珀とかいろいろ選べた。腰には木の皮で編んだポシェットを付けていたの。着ているものの模様も見事だしバリエーションも豊富。現代のあなたが、こんなにおしゃれすること、ある?」
たまにあるかな…ないような気がしてきた。それだけの装飾を身につけるなんて、仮にハレの日にしかこんな格好はしないのだとしても、その着飾る意識の高さは現代人と何も変わらない。私よりは上を行っている。
「狩猟とか農耕とか、きっちりわかれていたわけじゃなくて、両方いいとこどりのハイブリットだったのよ。イノシシとか狩りにも行くけど、管理された栗林もあったし、稲作も始めていたみたいよ。オシャレできるってことは暮らしに余裕があるってことだから、私たちが想像する以上に豊かな暮らしをしていたんだと思う」
そうなんだ。私、自分のアパートの部屋で、カレーパンひとつで夕食を終える日もちょくちょくあるよ。なんか、いろんな面で縄文人に負けてる。
新青森駅に停車する少し前に、一瞬、窓から巨大木柱が見えた。
「あった!大きい」ウエノさんがはしゃいだ。
三内丸山遺跡には、新幹線の駅からバスも出ている。入場料も、入館料も無料で、こんなに太っ腹なのが逆に心配になる施設だ。
竪穴式住居とか、中に入って見られる展示も多い。住居内は意外と広く、これは結構住み心地が良さそうだと思った。狭い自分のアパートを思い出して、再度凹んだ。さっき見えた巨大木柱は、近くで見るとなお大きい。高さが約15メートル、横幅も8メートル以上ある。こんな建造物があっても違和感がないほどの人口が、ここで養えたという意味だ。研究では最大500人とされているようだが、私は500人ぐらいのためにこんなでっかいタワーは要らないと思う。最低1000人は生活していないと、直感と合わない。ゴミゴミした東京に、感覚を毒されてるのかな。なぜか私の疑問に答えるように、ウエノさんが話し始めた。
「ここって青森でしょ。冬はすごく雪が降ったりして、寒いでしょ。現在の青森の人には申し訳ない言い方になっちゃうけど、5千年前の大都会をわざわざこんな場所に作るかな」
「あ~それなんとなく疑問だった。で、なんで?」
「5千年前の地球はいまよりだいぶ暖かかったってこと。海岸線も今より内陸にあって、この遺跡ももっと海に近かったはずなの」
そうか。今は北国ってことになってるけど、当時は日本でいちばん過ごしやすい地域だったのかもね。
「温暖化とか騒いでるけどさ、今より暖かくなって困るんだったら、縄文人も困っていたはずでしょ。でもそんな風には思えない。逆にいまから4千年ぐらい前に寒冷化が始まり、食料が思うように手に入らなくなって、縄文人はここを捨てざるを得なくなった」
そうだったんだ。ちゅん太が温暖化に無関心なのとつながるなあ。このまま温暖化が進めば、異常気象とかでもう地球に住めなくなると思ってた。でも5千年前の先輩は、もっともっと暖かかったこの場所で、平和に暮らしていた。
広くて開放的な遺跡内を歩きながら、ウエノさんの縄文トークは止まらない。
「三内丸山遺跡そのものは5千年前ぐらいのものだけど、縄文時代は1万年ぐらい続いていたと言われてるの。もっと長かった可能性もあるわ。で、今は西暦何年?」
「2017年」
「西洋だったらローマ時代から中世を経て、ルネッサンス、大航海時代、産業革命、新大陸に渡ったりさんざん戦争もやって、やっと2千年ちょっと。日本だって一応皇紀としては2千7百年ぐらい?ほとんど神話の時代から2千7百年よ。それと1万年を比べて、後世の人類を形作る成分として、どちらが濃いと思う?」
「まあ、それは1万年かも」
「でしょ!私たちにもきっと縄文の血は流れてる。こういう生活、今でもやればできるんじゃないかな。はっきり言って、私はこっちの方がいい」
残念ながら私は今のほうがいい。エアコンがないとか無理。縄文どころか昭和にだって戻れない。ウエノさんは文明の問題じゃなくて、平和的な集団生活を想像して縄文時代に憧れているのだと思う。気持ちはわかるけど、それも意見が違う。私は人間である限りいろんなぶつかり合いはあったと思う派だ。新しいネックレスで、あたしの好きなあの人の心を奪おうとしたわね。勾玉を見ていると、そんな女性同士の小競り合いがありありと目に浮かぶ。
こっそり放したちゅん太も、ご機嫌で地域の散策から戻ってきた。

    「いま おおきな はしらの てっぺんに いる」

キミは羽があって便利でいいね。

    「こういうかんじ すごく くらしやすい」

今は誰もここで生活していないけど、自然と人のまじり具合がちょうどな感じってことかな。食べ物はあるのに天敵がいない、っていう環境だと思うから、雀には最高かもね。でも縄文人は雀とか食べなかったのかな?まあいいや。今日のところはこの辺にして、ホテルへ帰るよ。
市内に出て適当に夕食を食べながら、明日のことについて話したが、だいたい予想はつく。
「明日も行くよ、三内丸山遺跡」
「今日は予行演習だったのね、やっぱり」
「そう。明日は縄文人になりきる日なの」
何をもってなりきるのかまだよくわからないけれども、ウエノさんはホテルに戻って早々に寝てしまった。
ちゅん太はウエノさんと同行するようになって、放し飼いのような扱いになっている。夜も彼が「だいじょうぶ」というので、ホテル周辺で適当に寝る場所を探してもらっているが、その逞しさには頭が下がる。せめてもの罪滅ぼしで、今日もちゅん太のダンボールの掃除(移動で入っている間、どうしてもちょっとは粗相してしまう)を済ませたが、まだまだ夜は長い。そうだ彼氏に手紙を書こう。気持ちの整理もつく。ホテルの部屋に、ちょうどレターセットもあった。

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拝啓 彼氏様

読んでくれるかどうかわからないけれど、書きたくなったので手紙を書きます。
私は今、本州のいちばん北のほうにいます。縄文人の遺跡があったりします。夏に訪れるのに気候がよくて、とてもいい感じです。
ほぼ同年代の女性とたまたま同行するようになって、面白おかしく旅を続けています。ちょっと不思議なところがあるけれど、不都合なところはありません。
普段何かに追い詰められたり、責められたりして過ごしていたわけではないけれど、旅に出て以来、心がどんどん開放されているのを感じます。
もちろん毎日いいことばかりでもないし、連れの女性も精神的に大変みたいだけれども、旅に出るといろいろと自分で決めて行動しなければならないので、それがいい方向に作用しているのかもしれません。
温故知新と言いますが、過去を見つめ直して、将来のことを考えるという意識を持つことが大切だと感じています。
考えてみれば、一緒に旅行もしたことなかったですね。そのうち二人でどこかに旅に出られたら嬉しいです。いろんな話ができるといいですね。それではまた。

私子より
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メールじゃなくて、手紙だとちゃんと読んでくれるような気がして、それなりに心を込めたつもり。旅先から何を勝手なことを書き綴って、と思うだろうか。それでもいいや、と割り切って、私も眠りについた。

つづく

サポートのしくみがよくわからないので教えてください。