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小説「実在人間、架空人間」第三話

「彼の容態はどうだ」

「被験者581、変わりありません」

 容態?

 『俺』は何を言っている。

「では引き続き観測を続けてくれ」

 『私』か、『私』なのか、私が発したのか。

 ここはあの白い部屋とは違う、辺りを上手く視認できないが違うとだけわかる。それに目の前の人の顔がぼやけていてハッキリとしない。

 声は、男だ。

 あと観測、その観測とはどういうことだ?

 人を観測?

 いや、違う、これは違う。

 そんな事言っていない。

 そんな事私は言わない。

「……」

 上手く聞き取れない、言葉が入って来ない。

「…………」

 うねる、波打っている、微粒な光が渦となって辺りに衝突を繰り返している。

 不思議とそれだけがしっかりと目に写る。

 赤、白、これは人か。

 黒い、これも人だ。



















































 目を開けた。

 やはり白い天井だった。

 という事は目を閉じていたのか、私は。

 おまけに鈍くひり付いた痛みが右頬から感じる、気絶した時に強く打ったか。

 右手を床に付け上半身を支える形で半身を起こした、右肩も多少痛む、前から倒れたんだな、恐らくは。

「あ、柊さん、良かった、目を覚ましたんですね」

 伊東か。

「あの、大丈夫ですか?」

「まあ、大丈夫だ」

「はあ、良かった、いきなり気絶してびっくりしちゃいましたよ」

 相当に派手にぶっ倒れたらしい、鈍い痛みが鋭い痛みへと変わっていく。

「おー、起きたかー」

 この声は恐らく眼鏡の、あいつだ、何ていったか、そうだ、松葉だ。

 複数の足音が背後からこちらに向かってくる。

「結構寝とったなぁ」

 決して寝ていた訳では無い。

 松葉の声も近づいて来る。

「いきなり派手にぶっ倒れるんやもんなー、びっくりしたで」

 こいつは気絶と寝るとを同義として捉えているんだな、言葉に悪気は無いのは雰囲気でわかる、感覚で喋るタイプだ。

「もう、大丈夫だ」

 左手で床をついて体を支え直し、腰を半周させるように背後を確認した。

「……ん?」

 どういう事だこれは。

 人が増えている。1、2、3、男女三人。男二人、女一人。

 ふと松葉に目をやると、彼は自身の眼鏡のブリッジを上に押し上げた。

「兄さんが寝とった間にな、めっちゃ人来たで」

 三人に目配せをするように松葉が軽く腕を低く上げ、手を上下に扇ぐようなジェスチャーを見せる。すると、それに合わせるように初対面の三人の内の一人、松葉の隣の男が口を開いた。

「あの、始めまして、僕は下地しもじといいます、名前は、あの、ゆ、雄介ゆうすけ

 背丈がある。180cmか、それ以上はあるかもしれない。その割に線は細く、中性的な顔立ちをしていて、声は弱弱しい、か細い声。

 髪は軽くセットされていて明るいブラウン。トップスに大きいサイズの白い無地のドルマンニットを着用していて、ダボっと着た感じがさらに彼の体を細く見せている。下の黒のカーゴパンツも軽く嫌みの無い程度にサルエルのような形を取っており、靴も灰色のローテクなスニーカーで全体的にゆるい感じだ。

「座りながらで申し訳ない。もう聞いているかもしれないが、私はひいらぎだ」

 そう言って私は立ち上がり、彼に握手を求めた。

 彼は目を合わせようともせず、少し怯えた様子で力がまったくかかっていない握手を返してくれた。

 威圧感を与えたつもりも無いので、根が臆病なのかもしれない。

「次は俺だ」「次は私ね」

 同時にユニゾンするように両端に居た2人が声を上げた。

「何だよ」「何よ」

 何とも仲が良さそうだが、互いにいがみ合っている。

「ははっ、めっちゃおもろいやろこの2人、何か双子らしいで」

 二卵性双生児、男女の双子とは珍しい。

 双子には、一卵性双生児と二卵性双生児の二つの分類があり、そのうち、男女の双子が生まれるのは二卵性双生児の場合だ。

 日本における双子の出生率は100人に1人、双子を出産する確率は母体が高齢になるにつれて上昇すると言われていて、双子を生みたいが為にあえて高齢出産を狙うという人もいるぐらいだ。

 しかし、その逆説のように非常に若い女性が双子を生むケースも増えてきていて、現状はどちらともつかず、果ては激しい運動で体に衝撃を与えるといいとか、女性ホルモンが乱れていたり、卵子が退化しているタイミングで受精するとなりやすいといった話まで出ていて、都市伝説の粋を越えないものである。

「あー、自己紹介は一人ずつ頼む」

 私がこう言うと、双子の二人が互いに見つめ合い、妙な間ができたので、

「じゃあ、君、お願いできるか」

 と、彼を指定した。

「俺は島津しまず がく、苗字はややこしいだろうからガクって呼んでよ」

「私ははく、二人合わせて博学はくがく、お父さんが付けたらしいけど、何か適当よね、あ、ハクでいいよ」

「その名前好きか?」

「きらーい」「きらーい」

 最後まで息ぴったりだ。

 それにしても元気というか、この状況であっけらかんとしている。

 年の頃は15歳よりも下といった所か。ひょっとするとまだ13、4歳ぐらいかもしれない。身長はガクが160cm程度、ハクは150cm程度といった感じだ、ハクの方が少し低い。

 互いに右耳にピアス、髪型はガク、ハクともに前髪をつくっているミディアムボブ。暗めのブラウンがガク、シルバーをベースに2束程アクセントでイエローグリーンのインナーカラーが入っているのがハク。

 二人共、膝丈まで届きそうな裏起毛のフーディを着ていて、ガクはクリーム色、ハクは黒色。

 下は互いにジーンズ生地のスキニー、ガクは暗い青、ハクは黒色だ。ハクの右手には黒の無地のキャップが握られており、その帽子を被れば全身黒になるだろう。

「さて、紹介も終わったっちゅうことで」

 松葉がそう言うと、眼鏡のブリッジを上に押し上げた。

「起きて早々悪いんやけどな、ちょっと手伝って欲しい事あんねん」

「手伝う?」

「そうや」

 眼鏡の右レンズの上下のフレームを指で挟むように掴んでクイっと上下させる。

「この部屋の天井、どうやら空洞らしくてな、ひょっとしたら天井から外に出れるかもしらんねん」

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