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小説「実在人間、架空人間」第五話

「あー、まあ、来たいんなら来たらええけど、今更何で来る気になったんや?」

「今この状況で、何もしない方が苦痛だってわかったのよ、事の成り行きをただ待ってるだなんて、私はいち早く戻って、しなければいけない仕事が沢山残ってるの」

 フラワーショップを経営していたんだったな、この状況でも仕事を優先できる思考が彼女の強さなのかもしれない。そういえば名前をまだ聞いていなかったが、まあ、タイミングが合えば、あとで聞く事にしよう。

「了解したで、じゃあ三人で森のタイミングで外に出るっちゅう事で」

 しかし、森のタイミングでさらに外に出る事も含めるとなると、確認しておきたい点がある。

「ちょっと待ってくれ、聞きたい事と確認したい事がある」

「ん、何や?」

「まず、森のタイミングについてだが、例えば、外に出た者が森を確認したとする、次にその森を見た者が再度部屋に戻り、次に別の者が外を見ればどうなるんだ?」

「あー、そこらへんの説明がまだやったな、答えだけ言えば、まず一人が見た状況からそいつが部屋に戻らなければそれで外は確定すんねん、だからその後に別のやつが来てもなんも変わらん、でも最初に確認したやつが部屋に戻ったら次は何が出るかわからん」

「初めに確認した人が外に出ることと部屋に戻ることがキーになってるのよ」

「では二人同時、もしくは三人同時に出るとどうなるんだ?」

「同時は試した事無いなぁ、まああれやったらいっぺん試してみるか」

 ここまでは良しとして、次に帰りの経路について相談しなければならない。

「帰りについてだが……」

「それについては問題だらけやなー」

 そう言って松葉が眼鏡のブリッジを上に押し上げた。

「一応プランとしてはやな、外に出る時に椅子を持ち出す、その椅子を使って外から中へ戻るんや、さっき天井確認するときに見せたみたいに」

「ピラミッドのような形で高さを確保した上で登るって事か」

「そうなるわな、まあ最低でも三つ椅子があれば、一応肩車しながら登れば一人は戻れるんやけど、そうなると高さが足りんくて一人は帰ってこられへんし、そもそも肩車しながら登るのは多分無理っぽいから、まあおんぶする形でまず登ってそこから肩車にする方が安全かもしれんけど、足場も悪いし支えもないからそれも結構な体力いるし危ないしなぁ」

「椅子を六脚使って大体120cmぐらいよ、全部使えば2mぐらいになるわ、行きはテーブルもあるし、テーブルの高さの90cmぐらいがプラスされるから一人が一人をおぶって、おぶられてる子がおぶっている子の肩に乗ってってやれば行きは可能だと思うの、すぐ傍に他の子もいるし多少登るときにふらついても後ろから支えることもできるから行きは割と楽だと思うわ。でも帰りは外に椅子を全部投げて帰りに椅子を外で積み上げて二脚ずつのピラミッドを作っても2mぐらい、天井までは大体4mだから同じように実行するにも少々危険だし、一旦一人を帰して、残った一人は最低でも170cmあれば、天井の壁の上で誰かが待機しておけば椅子からジャンプして手を掴んで引っ張って部屋に戻す事はできそうだけど……」

「ただやな、外に配置した椅子が、次に外を見た時に森から砂漠になってもうたらどうなるかがわからんし、同じ場所にあるんなら問題は無いけど、もし無くなってたら椅子は使い切りになってしまうからなぁ」

「それと根本的な話なんだけど、椅子を投げることで椅子そのものが壊れてしまったら二度と部屋に戻れなくなる可能性だってあるのよ」

「……そうか、その点はどうにかできそうだし、砂漠に変わるかどうかの問題も外を初めに確認した者が再度部屋に戻らなければ問題は無いな」

「おお、確かにそうやね、じゃあ椅子が壊れないように外に出す方法はどんなんなん?」

「それは……」

 言いかけてハクとガクが割り込むように話しかけてきた。

「ねえ」「ねえ」

「どうしたの、二人揃って」

「ちょっとね、見て貰いたい事があってね」

 ガクがそう言うと、ハクが壁を背にして、深く腰を落とし、右の手のひらを左の手のひらの上に乗せて、手の甲を下にした状態で両手を軽く前に差し出す形で待機し始めた。

 ガクがハクに向かって走った。

 ガクがハクの手に片足を乗せたかと思うと、ハクが両手で一気にガクを跳ね上げ、同時にガクが壁を一回蹴って上まで駆け上がる、あっという間に天井を通過し、壁の天井部分に股関節辺りで固定して上半身だけを室内に留めた。

 その後ハクが壁から離れ、再度壁へ向かって走る。

 ハクが2回壁を蹴るようにして天井まで駆け上がり、ガクの手を掴もうと手を伸ばすが僅かに届かず、ハクの手は空を切りそのまま着地した。

「……!」

 私は思わず見とれ、同時に絶句した。天井まで4mはあるだろうが、それを一気に駆け上がったのだ。

「届くと思ったのになー」

 ハクがそう言うと、

「ハクがチビだから悪いんだ」

 と、ガクが返した。

「何だよ!」「何よ!」

 喧嘩になっても息はぴったりと合うようだ。

「驚いた、凄いわね、物凄い身体能力だわ」

「どう、これなら椅子が無くても出入りできるよ?」

 ガクがそう言うと、天井から飛び降りて、足を畳むようにしてしっかりと地に両足をついた。

「いやいや、そんな芸当誰もできんて」

「じゃあ」「じゃあ」

 ガクとハクが示し合わせたかのように、言葉がシンクロする。

「俺達を連れてってよ」「私達を連れてってよ」

 ……二人なら、九脚ある椅子が何回でも使えるようになるかもしれない。

 方法はこうだ。

 肩車で外に出て一人が天井の壁の頂上で顔を室内に向けて下腹部の股関節辺りで支えながらくの字になるようにして待機する、外に居る者は最低でも2人必要で、その二人は肩車をして外で待機して貰い、その後に室内からガクかハクに椅子の背もたれの部分を壁に対して水平に滑らせるようにして上に投げて、上で待機している者が一脚ずつ椅子をキャッチ。そうして外に居る肩車をしている待機組に声かけをしながら自身の肩から背中にかけて滑らせるようにして椅子をリリースする、このとき、椅子の背もたれの部分を背中と合わせるようにするとスムーズに実行することができる。

 これなら九脚全て安全に外に椅子を持ち出すことができる。

 九脚もあれば二脚の上に二脚椅子を置いて配置すれば4段+一脚で五段のピラミッドが完成する、椅子の座面から地面までおおよそ40cmと過程してもこれで2mを稼げることになる。

 部屋に戻る際にはその配置した椅子で皆が戻る訳だが、この時、上で待機している下地辺りに半身を出して貰えば90cm稼げる、これで合わせて2m90cm。天井までは恐らく4mぐらいだから、身長が170cm程あれば4m60cm、手で掴む幅を引いておおよそ4m30cm、これなら十分届くだろう。

 そうして全員部屋に戻ってから室内のテーブルの上で肩車で待機、下地が室内で椅子を回収したように外から投げられた椅子キャッチして椅子を一脚ずつ回収していき、その後ガクとハクのコンビ技でガクが戻り、最後はハクが壁を登り、下地がハクを引き上げれば椅子を消費する事無く全員部屋に戻る事ができる、それに恐らくガクのあの身体能力ならハクと同様に壁を登ることもできるだろう。

 これなら部屋から外へ出る為に椅子を使用するだけでよく、椅子は外から中へ回収出来るから消費されない、上から手を掴む者を背のある下地や先崎辺りに任せれば、椅子をまったく使用せずに済む。

 ガクとハクと下地が居れば、私達も自由に出入りする事ができる。

「あ、あの、皆」

 少し離れた位置から、聞き逃してしまいそうな程の小さな声。下地が怯えた様子でゆっくりとこちらへと歩み寄ってきた。

「あの、僕なら、背も高いし、その、ハクさんを掴む事ができるかもって……、だからその、僕が、その、あの、あ、いや、そのー、何でも無いんです、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 そう言って下地は一人で何度も何度も謝りながら話を完結させてしまった。辺りは妙な空気に包まれ、皆終始、無言で彼を見ている。こうなると下地に頼む訳にもいかない、そんな独特な空気が皆にあるようだった。

「その役は、俺がやるよ」

 そう言って口火を切ったのは、先崎だった。

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