見出し画像

金木犀

「今日のゲストは七宮イトさん、特定非営利活動法人『金木犀を考える会』代表に来ていただきました!」
「お呼びいただきありがとうございます、七宮です。本日はどうぞよろしくお願いします」

「七宮さんの団体は『金木犀の香りは自然のものだ』をスローガンに、金木犀の香りを使った香水や化粧品の廃止を目指す会、ということでよろしかったでしょうか。英語の略称などはありますか?」
「会の目的はその通りです。略称についてはちょっと…横文字が苦手なので…」

「そうなんですね。七宮さんは金木犀の香りがお嫌いなんですか?」
「いいえ、むしろ好きです」

「それではなぜ、金木犀の香りの廃止を目指すことに?」
「廃止したいのは、金木犀の香料だけです。本物の金木犀の香りって、道を歩いているときにふと香ってくるじゃないですか。それまでどれだけどん底の気分だろうと、あの瞬間だけは世界がぱっと華やぐんです。もちろん金木犀の木を見つけて嗅ぎに行くのも素敵ですけど、風に乗ってどこからか運ばれてくるふくよかな香り、その偶然が金木犀の香りを特別にしていると思うんです」

「確かに、あの香りは幸せな気分にしてくれますよね」
「だからその偶然を閉じ込めて、化粧品や香水にしていつでも嗅げるようにするなんて。粋ってものが全く分かってなくて、私は許せないんです」

「粋、ですか」
「最初の頃はよかったんです。金木犀の香りがするアイテムが普通のお店じゃ買えなくて、金木犀好きの同志からネットで情報を集めてた時代は。でもいつごろからか、ドラッグストアでも当たり前のように金木犀の香りのアイテムが売られ始めて」

「確かに数年前までは、秋になると化粧品売り場が金木犀だらけになってましたよね」
「手軽に金木犀の香りを手にできてうれしい反面、だんだんウンザリしてきちゃって。そんなある日のことなんですが、通勤の電車に一人、金木犀の香水をつけてた人がいて。満員電車の淀んだ空気の中で場違いな金木犀の香りが濃密に立ち込めて、なのに私の隣のおじさんはすっごい酒臭くって…もうほとほと嫌になっちゃって。金木犀の香りが持つ美しさ、神秘性、そういったものを私が守らなくちゃって。その日から行動を始めたんです」

「興味深いお話ですね。具体的にどのような行動をなさったのですか?」
「この団体を設立してまず、金木犀のマイナスイメージをSNSで収集するところから始めました。色々ありましたが、やはり一番多かったのは「トイレの匂い」という固定観念でした。それを助長しようと思いまして」

「トイレの匂いですか。それは確かに嫌なイメージですね」
「その日から、あらゆる場所のトイレに金木犀の芳香剤を置くことにしたんです。そのトイレが安物の芳香剤を置いてようが、英字が羅列されたブランドの高級消臭剤を置いていようがお構いなく、近所のドラッグストアで買い集めた金木犀の芳香剤を隣に置くことにしたんです」

「地道な活動ですね。おひとりでは大変だったでしょう」
「ええ。休日は電車に乗って隣の県まで足をのばして、本当に大変でした。でもその様子をSNSに地道にアップしていたら、大体100個くらい置いた頃かな、四国の方から私も会員にしてくださいってメッセージが来たんです。そして気づけば全国に会員が増えて、各地のトイレで活動が行われるようになったんです!」

「素晴らしいですね。でもお店に物を勝手に置いて、トラブルは発生しなかったんですか?」
「基本的にはないですね。私たちはただ置いていくだけで、もとからあるものを捨てたり盗ったりはしませんから」

「でもおしゃれなお店だと、ちょっと雰囲気が壊れたりは」
「まあ、理解してもらえないことは多々ありました。何回置いても撤去されたり、持ち込みの芳香剤を置かないでって張り紙されたり。一つ許せないのが、芳香剤の中にカメラを仕込んでいると勘違いされたことです。私たちは金木犀を自然に取り戻すという崇高な活動をしているのに、盗撮なんていう卑劣で許しがたい犯罪に勘違いされるなんて」

「少し誤解されやすい行動だったとはいえ、間違われるのは嫌でしたよね」
「はい。私たちも反省して、以降はちゃんと芳香剤と一緒に会の趣旨を書いたメッセージを残すようになりました。寄せられる貴重なご意見に耳を傾け、自分たちの主張をどうしたら皆さんに受け入れてもらえるか、私たちは日々考えています。その甲斐あって、この前ついに会員は1000人を超え、一都一道二府四十三県すべてで活動を行っています」

「その活動が身を結んで、店舗からは金木犀がほとんど姿を消しましたね。でも最近、秋の道端であの香りがほとんどしない気が…」
「残念ながら、そうなんです…私たちの活動が影響しているかは不明ですが、金木犀の木自体が減ってきている気がして。もうずっとあの香りを嗅いでないから、どんな香りかも忘れかけてきて…私たちが置いて回っている芳香剤は、やっぱり本物の香りとは全く違うので。もうそろそろ、金木犀の植林活動に移ろうかと考えているところです」

「本物の金木犀を増やす、というわけですね。会のこれからに期待ですね!本日はお話しいただきありがとうございました。ところで、最初からずっと気になっていたんですが、七宮さんからとても素敵な香りがしますね」
「ありがとうございます。最近メゾンで買った、オスマンサスって名前のフレグランスです!」


一日一本更新がやっぱり続かなかった益巣ハリです。
この時期、金木犀の香りのものほんとに多いですよね。今年は特に多い気がします。数年前はまだあんまりお店で取り扱ってなくて、京都の練り香水とかをアマゾンで買う、みたいな方法しかなかったのに…
こんな文を書いていてなんですが、道を歩いてて漂ってくる系の香りで一番好きなのはクチナシの花です。だから呂色高校のヒロインも梔子から一文字とって梔倉ちゃんなんですよ!

それでは、また~
(この文は、昨年京都駅で買った金木犀のお清めアロマミストを噴射した部屋で書いてます。いい匂いです。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?