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ツーブロック

ツーブロックの男性が好きだ。
そう彼氏に言った次の日、ドヤ顔でツーブロックにしてきた。

それは気の毒なほど似合っておらず、美容師の腕の問題なのか何なのか、刈り上げという言葉がぴったりな代物だった。

これまでは長い前髪でカバーされていた彼のごつい頬骨や顎が強調され、まるで滑稽な巨人のようだった。私に隠れて浮気しているのも、相手の女が私のことをSNSでバカにしているのも、顔がかっこいいからこれまで気にならなかったのに、私はこの刈り上げ男に舐められてるんだなあと思うと急にムカついてきてその日すぐ別れた。

それから一年、彼氏はいない。

ただ職場と家を往復する無味乾燥な日々。私に救いはなくて、相手の女のSNSをいまもなお監視してしまうくらい退屈な日々。

今日もまた暗い気持ちで退勤していると、1人の男性が地下鉄に乗り込んできた。年のころは30代半ばだろうか、アウトドアブランドのTシャツを着て、長い髪を後ろで束ねている。彼は私の隣に座った。かすかな煙草の香りが私の鼻をくすぐる。

ずっと凍り付いていた私の心臓がどきりと跳ねた。横目でちらりと盗み見る。あの頭蓋骨の丸み、すっとした鼻筋、つるりとした顎。あれは絶対にツーブロックが似合う骨格だ。

お金を払って懇願してでも彼のツーブロ姿が拝みたかったが、見た感じファッションにはこだわりがありそうで、29歳事務員の私が出せる額では動いてくれそうになかった。

彼は3つ先の駅で降りた。私は少し躊躇ったが、その後をつけてホームに降りた。彼は駅近のドラックストアで塩昆布とポテチを買い、私は急いでハサミとバリカン、ガムテープを買った。

彼の家は粗末なアパートだった。オートロックも無くすんなり侵入に成功した私は、壁にかかっている消火器を外した。それはひんやり冷たくて意外と重く、手から滑り落ちかけて冷や汗をかいた。

産まれてこの方警戒なんてしたことが無いのだろう、彼は無防備にドアを開けた。私は駆け寄って、その後頭部目がけて消火器をぶち当てた。よろめいた彼がこちらを向く前に、もう一発。顔から地面に倒れ落ちたのを確認して、ふっと息をつく。

脱力した人間の身体は重いというが、幸い彼の履いていたハーフパンツが滑る素材だったから、なんとか部屋の中央まで引っ張っていけた。

そこはムスクの匂いがするワンルームで、洒落たスケルトンの椅子が窓際においてあった。そこに座らせたかったがさすがに持ち上げるのは無理で、仕方なく彼をベッドにもたれさせ、手や口や足をガムテープでぐるぐる巻きにして準備を整えた。

彼のベッドに座り、太ももで顔を固定してあげる。新品のハサミを取り出して、束ねられた髪に勢いよく刃を入れた。男の硬い髪は一度ではうまく切れず、何回もめちゃくちゃに動かしてようやく髪がぼとりと落ちた。

黒い髪の束は蛇のようで気持ち悪く、それをつまみ上げ部屋の隅に投げる。残りの邪魔な毛も切り落としたが、どうしても長さが均一にならず歪になってしまった。

どうせ刈り上げるからいいや。ベッドから降りて彼に跨る。じゃまな髪が無くなった彼は予想通りの爽やかさで、この目が開いて私のことを見てくれたら、と願った。汗ばむ手でバリカンの電源を入れ、こめかみに差し入れる。間延びした機械音が部屋に響き、彼の黒髪がじりじりと削げていく。自分の中にある理想のツーブロック像を思い浮かべながら手を動かしていると、段々何が正解かわからなくなってきた。

ここはもう少し、あっやりすぎた、後頭部はやりづらい…気づけば見るも無残なモヒカン男が誕生していた。彼の精悍な顔は髪の毛にまみれて間抜けになっていた。

もう全く収拾がつかないけども、私が求めていたのは決してこれではない。それだけは確かだった。

本当に欲しかったのはたぶん、ツーブロだろうがロン毛だろうが、髪が伸びようが禿げようが白くなろうが、それを隣で笑い合えるパートナー。ただそれだけだったのだ。ありきたりだがシンプルな結論はとても残酷で、熱い涙がどうしようもなく溢れ、しばし呆然として彼の髪を眺めていた。

どこで間違ってしまったんだろう。彼氏の浮気を見逃したとき?ツーブロックじゃないのに付き合った時?今の職場に就職した時?中学の部活をすぐ辞めたとき?

声に出してみても、目の前の男は動かない。せめてもの償いに、残った髪を全て刈り上げてあげた。頭の形はやっぱり綺麗だったが、つむじのあたりに大きなほくろがあってそこが残念だった。

私は縛ったままの彼を放置して部屋を後にした。それから地下鉄に乗り、いちばん近い海に向かった。人の髪をばっさり切ったせいか、自分の髪がより愛おしく思えてきて、無性に昆布が食べたくなったのだ。

夜の海は冷たく、暗くて、死の匂いがした。パンプスを脱いで素足を海に浸すと、きんとした冷たさと一緒に興奮が背筋を上って行って、私は顔面から海にダイブした。母なる海はゆりかごのように私を抱いて、その心地よさに思わずまどろむ。

海から出たら、ちゃんとしよう。マッチングアプリを入れて、ツーブロック好きコミュニティに入ろう。もう人を殴って勝手に髪を切ったりしないよ。

そう呟いた私の頬を、昆布が優しく撫でた。



ツーブロックの男性って本当に素敵ですよね。パタ〇ニアとかノー〇フェイスの服をさっと着こなすツーブロックの男性とお付き合いしたいものです。

さて、土日は通勤しないで済むのでショートショートもお休みです。
予定もないので、年の差恋愛ものを進めようと思います…が、さっき歯の詰め物が取れたので歯医者さんに電話しなきゃいけなくて激萎えてます。先々週定期検診に行ったばかりなのに…

ではみなさんもよい週末を!

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