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吃音の現役教師が吃音の教員志望者に伝えたいこと

吃(きつ)音を持つ教員志望の若者たちと、現役の教員たちが交流するイベントの記事を見ました。

私はこの活動について、クラウドファンディングをやっていたことなどをSNSで知っていましたが、今まで静観していました。
そろそろ当事者として自分の考えを書いてみようかと思います。

私の背景

私は特別支援学校の教師ですが、吃音者です。
子どもの頃は自分の話し方が気にはなっていましたが、問題に思ったことはありませんでした。
元々理科が好きで、中学校の理科の教師になりたいと思って、教育学部の理科教員の養成課程に入学しました。
でも、自分自身が吃音者であることから、自分の学級に吃音の子がいたときに何ができるだろうかと思い、吃音について調べてみました。
ところが、吃音は古代から様々な治療法が考案されてきましたが、「実はよくわかっていない」ということがわかりました。
当時(1990年代後半)の教員採用試験は採用人数が少なく、現役で合格するのは困難でした。
それなら吃音について勉強してから教師になってもいいかなと考え、言語障害の講座があり、吃音を専門とする研究者のいる教育系の大学院へ進学しました(かなり限定されますね・・・)。
しかし、指導教官と「障害は治すものか受容するものか」という点で対立してしまいました。
そんな中、同じ大学に障害名にとらわれずに専門家が見捨てるような子どもたちとかかわっている先生がいて、「これが本当の教育なのではないか」と思い、指導教官には内緒で通っていました。
教員採用試験については、最初のうちは面接で「ことばの教室の教師になりたい」と言っていました。
でも、何年か特別支援学校で講師をしているうちに、吃音にこだわることもないと思い、特別支援学校の枠で受験して合格しました。
今では吃音の研究者とも当事者団体とも離れてしまいました。

吃音者が教師になって

吃音の教師はいる

一応研究者の端くれとして吃音研究に従事していましたから、吃音に関するある程度の診断や指導の知見は持っています。
その視点で学校現場に入ってみると、教師の中にも吃音の話し方をしている人がいます。
でも、本人が気にしている様子は見受けられませんし、特に問題にもなっていません。
わざわざ指摘する必要もありません。

子どもは指摘してくる

子どもによっては、
「どうしてそんなしゃべり方するの?」
と聞いてくることがあります。
私は、
「吃音という障がいなんだ。大学院で研究したけど、よくわからないんだって。」
と答えるのですが、答えた後にさらに何か言われたことはありません。
「授業の途中で話が止まるから、授業の進度が速すぎなくていい。」
という、褒めているのかどうなのかわからないことを言われたことはあります。

保護者は不安?

保護者に吃音のことを指摘されたことはありません。
ただ、自信がなかったり、わかっていなかったりするように見えるようで、
「この先生、大丈夫かな。」
と言いたげな表情をされることはあります。
好みや相性の問題で片づけられるかなと思っています。

ある先生から、ある保護者が
「うちの子が、「理科の先生に障がいがあって、一生懸命授業をやっていることに共感がもてるんだ。」と言っていた。」
と言っていたという話を聞いたことがあります。

評判は面と向かってではなく、回りまわって自分の耳に入ってくるものです。
陰でクレームが入っている可能性はありますが、私の耳に入っていないということは、本人に知らせるほどのことではないのでしょう。

「当事者だから障がい者の気持ちがわかる」ということはない

生徒の中にも吃音の生徒はいます。
でも、自分から吃音に対するアプローチはしていません。
唯一、自分の吃音を気にしている生徒に対して、吃音研究の歴史や指導の方法など、大まかな話をしたことがあるくらいです。
言語訓練はやっていません。
自分が自立活動の授業に入っていないというのもありますが、本人が困っていないのに問題として取り組む必要は無いと思っています。

また、吃音者のグループに出入りしていた頃、新しく参加した吃音者が
「自分より重い人がいて、自分の吃音は軽いことがわかって良かった。」
と発言したり、
「そんなしゃべり方じゃわからないよ。」
と言語指導を始めようとしたりした場面を見たことがあります。
障がい者間差別というのはあります。
「自分と同じ障害だからあなたのことがわかる」と考えるのは傲慢だと思います。
当事者だからこそできることはありますが、それが逆に他の当事者を苦しめることがある、という自覚は必要だと思います。

配慮について

動画で吃音の教員志望の方が話している場面がありますが、自分もあの程度の話し方で仕事をしていますから、仕事の上では心配しなくていいのではないかと思います。
というか、心配だったら教師なんかできないですよね。
少なくても、代わりに言ってもらおうなんて逃げ腰になるようでは、話す仕事は務まらないと思います。
教師になりたいという気持ちがあるのなら大丈夫でしょう。

では、どのような配慮が必要か。
自分は話し方については職場に何の配慮も要望していませんし、あえて何もしないでほしいです。
「ゆっくりでいい」「息を吸って」という言葉がけも、「吃音者だからと言って配慮しないから」という意見表明もいらないです。
吃音者に限らないことだと思いますが、少なくても「あなたの話を聞いている」という態度が伝わっていればいいと思います。
まあ、どう見ても緊急事態の報告で焦っている時は「落ち着け」とか声をかけた方が良いかもしれませんが。

吃音者の側も、もがいて必死になっている最中ですが、
・引き伸ばし
・言い換え
・リズムをとる
など、あまり違和感を与えずにスムーズに抜け出せる方法を体得したり、どうやっても抜け出せないときに、
「出なかった(笑)」
と笑って場を和ませて、一度気分転換してから言い直したりするなど、周囲を気まずくせずに乗り切れるように努力する必要はあると思います。
それに何度も失敗して敗北感を味わっているのが吃音者なのですが。

まとめ

「〇〇先生ってどんな先生?」と聞いて
「吃音の先生」
としか言われないのは悲しいと思います。
自分が吃音者だということで問題意識を持つことは大事ですが、吃音は属性の1つでしかないので、こだわりすぎずに素敵な教師を目指していいのではないかと思います。




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