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伽話2 森の人


北の小さな街に 朝が来る。
 
街の中心に大きな森がある。

そして、その森の中心に
公園がある。

並び立つ木々の間に、木々と同じような感覚で
小さな自然のままのカタチをした
墓石逹が 立ち

苔の下には
この街から 向こうの世界に
旅だっていった人たちが
眠っている。
 
 
この町は 夏の朝だけ
濃い霧がはる。

霧がはると
ぼんやりとした人影が浮かび上がり
はじめる。

幻影のようなものなので、
ふれることはできないし、

顔も見えないし、
話すこともできない。
 
ただ古ぼけた影逹が、
ゆっくりと散歩するようにして
ゆっくりと ゆっくりと
動きまわっているのだ。
 
 人々はこれを
「霧もやの時間」とよんでいる。
 
気の遠くなるような昔から
ある現象なので
この町に住む ほとんどの人は
とっくに なれっこだけれど

他所から この街に
きた人や 若い人の中には
この時間帯を
とても
こわがったり
不吉なものと
とらえる人もいる。
 
だけど中には 

この
「霧もやの時間」をめざし
森にやってくる人たちもいるのだ。
 
彼らは自然石のベンチに腰かけたり 白い人影逹と一緒に公園の中を
散歩をしたりして過ごす。
 
 
目的も、ひとによって まちまちだ。


かつての家族に会いに来るもの。

今生きる道に迷うもの。

近づいてくる命の終わりの
境目を曖昧に感じていたいもの。



 

 


 
興味だけのものは
撮った写真や動画に

うつくしい風景だけで

期待したようなものは
何ひとつ写っていないのを
確認すると

つまらなそうに溜め息を
ついて
帰ってしまうけれど
 
他の人は
だいたい霧がはれるまで
ほとんど何も話さずに
ここにとどまる。
 
影逹は おおむね
自由気ままにうごめいているけれど

気まぐれで
小さな子どもがヨチヨチと おっかけてくるのに つきあってみたり

ベンチに腰かけ
客人と一緒に
たそがれたりする時もある。

「あなたは生きている間も
口数が少い人だったから
体がなくなっても
そんなに かわらないわね。。。」

ステンレスの水筒で紙コップに
二人ぶんの
紅茶を注ぎながら
笑っている  おばあさんがいる。


隣には杖をついて
背筋をピンと伸ばした影がいる。
 
 「こんな
ヨボヨボなんだけどもねぇ。。
孫逹や子供逹はまだまだ
私に側にいてほしいみたいなのよ。

だから つまらないだろうけど、
まだそっちのお仲間にはなれませんよ。わかってますか??」

影は だまって聞いている。

「でもこの世界での役割が終わったら 私が迷子にならないように
 ちゃんと迎えに来てくださいね。
そしたらここで
あなたと一緒に散歩して、
大きく立派になった孫逹がきれいな花を持ってやってくるのを
二人で おだやかに
待つとしましょう。」

影はだまっているけど

今度は少しだけ

うなずいたような気がする。
 
霧が少しづつ 少しずつ
薄くなってゆく。
 
 「また 寂しくなったら
会いに来るわね。
今度はハーブティーにしましょうか。」

おばあさんは
水筒をしまったバスケットと
日傘をもって
ベンチをたった。

森からぬける手前で
振りかえって

手をふる。

影はやっぱりだまっているけど

また、少し頷いたような気がする。


もうすぐ森の高い木々に 隠れていた
太陽の日が差し込んでくるだろう。

そうすれば体を手放した 影逹は
静かに音もなく姿をけしてゆき

体のある人々は
歩く速さを
すこしづつ すこしづつ
上げて

賑やかな日常にもどってゆくのだ。


さあ この街に

また 新しい1日がやって来る。


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