瑛然

霧や靄におおわれがちで、雪もどかどか降ります。そんな西和賀に生まれ育った然と、余所から嫁いできた瑛が、ここで生きることのわくわくやモヤモヤを綴ります。イーハトーヴォ西和賀では、光が乱反射してキラキラと人を惑わせるのです。

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霧や靄におおわれがちで、雪もどかどか降ります。そんな西和賀に生まれ育った然と、余所から嫁いできた瑛が、ここで生きることのわくわくやモヤモヤを綴ります。イーハトーヴォ西和賀では、光が乱反射してキラキラと人を惑わせるのです。

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      2020年7月15日にセルフビルドでオープンしたネビラキカフェ関連のノート。

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      SOCIAL INNOVATION Accelerator(SIA)2019のプログラムに参加してのNoteをまとめたマガジンです。 〈SOCIAL INNOVATION Accelerator(SIA)2019〉 https://www.social-ignition.net/2019

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    雪国の暮らしの豊かさ〜すきとおった本当の食べ物をあなたもどうぞ〜

    昨朝は遠方よりわざわざ来てくださった知人を西和賀の凍てつく朝に案内してきた。霧氷や堅雪、ダイヤモンドダスト、サンピラーといった西和賀でも一冬に数回しか見られない現象が同時に見られた朝に。 朝6時から歩きはじめ、7時頃朝日が昇った。戻り始めた8時頃には霧氷はもう溶けかけて普段の日常に戻る。これが一瞬の煌めき。 太陽はもう春になり、多くの地元の人達の高揚感を感じた。それは、雪あかりという年に一回のお祭りがコロナで中止になったにも関わらず、家の前に雪像を作っている人たちの動向か

      • 排雪作業員という立場から感じる全体性

        冬場の仕事の一つであるJR北上線ほっとゆだ駅構内の排雪作業が始まっています。列車と列車が通る間の時間に駅構内に溜まった雪を手作業でホーム内にある流雪溝に雪を捨てていくという作業です。中々入ることのできない駅構内での作業と、作業員である地元の方々との触れ合いが楽しいです。ある意味こういう日雇い労働のような仕事は自由に生きている方も多く、こちらが心を開いていると新しい出会いと発見があったりします。 2人目が産まれてから妻子は妻の両親のところにおり、少しさびしいですが、雪が多い西

        • ネビラキカフェ3rdシーズンを目前にして思うこと

          この2年間で地域に起こった変化寂れてしまった駅前通りにカフェをオープンしてから2周年を迎えました。 自分たちがほしい暮らしから逆算して事業を考え実行してきた2年間。 想像通りに進んだことやそうじゃないことは多々ありつつ、継続することの大変さと、暮らしという遠心力に振り回されない強い意志を保ち続けることへの挑戦の日々でした。 「カフェを開いてから地域の変化は感じられますか?」 と聞かれることがあります。外から見れば色々変化があるのでしょうが、暮らしの渦中にいる我々にとって、そ

          • スモールビジネスから始まる持続可能な地域づくりについて

            持続可能な地域とは何か 自分の育った町が将来的に続いていくだろうか、と憂いたことのある岩手の若者は少なくないのではないでしょうか。私は、岩手県西和賀町で生まれ育ちました。西和賀町といえば豪雪のイメージ、また過疎高齢化が進んで県内で最も早く消滅する可能性がある自治体とも言われています。私が暮らしているのは四季折々に表情を変える錦秋湖の湖畔です。美しい場所ですが、ひとり暮らしの高齢者が多く、空き家はところどころ雪の重みで潰れていることもあります。  2019年に勤めていた会社を

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            雪と理不尽そして希望

            今週の雪の降り方はえげつなかった。 朝起きたときは150センチしか無かった積雪がお昼に200センチを超えたときは少し絶望した。 わかったことは、朝昼晩の12時間除雪が3日以上続くと精神に異常をきたし始めるということ。 江戸時代、私の暮らす西和賀地域は政治犯等の流刑地でもあったそうだ。その中のひとり高橋子石さんという方が書き記した「沢内風土記」という書物があり、その中で『天然の雪獄』という言葉を残してるが、雪を払って埋まっての繰り返しはまるで囚人にやらせる『シジフォスの労

            初心に戻って未来を語ってみる〜ネビラキカフェ2ndシーズン

            2020年はネビラキカフェのオープン&初めての子どもを出産、文字通り「産む」年でした。2年目の今年は「育てる」年。これからが本当に大変で、やりがいがあって、楽しくなっていく、予感。 簡単なふり返りと今おもうこと4月からのカフェ再開まで一ヶ月を切った。焦る。昨年作ったメニュー等のベースはあるけど、同じことを同じやり方ではできない。例えば、昨年はたった11個のパンを毎日手捏ねで焼くという非効率的なことをしていて、それだって売上を作る上でバカにできなかったんだけど、今年はもっと要

            ネビラキカフェが目指すこと・ネビラキの3シーズン目にやりたいこと

            2020年7月に始めたカフェを11月に一旦閉じ、春の予感感じる季節に入り、再びカフェを開ける準備を始めた。去年の11月に生まれた長男は間もなく4ヶ月になる。そろそろハイハイやつかまり立ちといった予測不可能な動きを始める時期に近づき、また、ツアーガイドの仕事も入れながらの家族経営カフェは一段とハードルが上がるな〜と少し憂鬱な気持ちも湧き上がってくる。カフェの1年目の振り返りがきちんと出来ていなかったのと、ネビラキの3シーズン目に突入する抱負と展望のまとめnote。 どういうカ

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            種苗法改正について考えたこと

            もはや改正案は通ったから今更感すごいんだけど、私の周りの人たちの中でも賛成反対がわかれていたこの問題。以前話題になった際に少し調べたところ、特に反対する理由はないように思えた…が、しかし最後までNOを言い続けた人たちがいる。しかもいつもなら自分に近しい考えや主張を持っている人たちに反対論者が少なくない。そんなに危ない問題が潜んでいる…のか?改めて考えてみた。素人@勉強中なので間違いもあるかもしれません。 個人的な結論から言えば、反対派の主張する問題点は種苗法の改正内容の外に

            25歳、農水省退職。なんの取り柄もなくて不安だった12年前のわたしへ。

            2021.2.8 rewriteしました (タイトルを書いてからもう12年も前なのかと驚いた😳) 去年(2020年)、個人事業主登録&カフェを開業して、来し方を振り返ったら、25歳で次の仕事も決めず農水省を退職したとき 心細かったなぁ! と思い出し。しかも道はまるで見えてなくて。 何年も迷走してた気がしたけど結果、すべて今につながっていた。 でもここに至るまで、道は全然一本道じゃなくて、出口も将来像も自分が本当には何をやりたいのかさえ暗中模索。だけど言えるのは一寸先

            過疎の町にカフェを開業してから3ヶ月経って思うこと

            カフェがオープンしてから約3ヶ月。地域に起こった微妙な変化と今後について記します。 風の音を聴く通り我々がカフェを始めた場所は駅から徒歩3分。商店がある通りからちょびっと外れた場所にあります。湖沿いには民家が並び、閑静な住宅通りです。 錦秋湖がよく見えるデッキの席を勧めると大抵の人はそちらに行きます。 デッキに抜けるにはお隣さんと我がカフェの間の狭い通路を抜けていかなければなりません。カフェ表の県道側からは想像ができないのですが、狭い通路を抜けると視界が一気に開けます。

            過疎の町のカフェ

             「カフェじゃ食っていけないよ」。地元の方にそう言われながらも、今年7月中旬、ほっとゆだ駅から徒歩3分の場所に自分たちでカフェを作りました。名前はネビラキカフェ。  西和賀町の高齢化率は51.4%、人口減少率も県内屈指に高い町です。仕事が無くて給料が低いからと、地元に可能性を感じられない同級生たちは町外へ出ていきました。一方、個人的に西和賀の魅力をSNSで発信していたところ、首都圏や周辺地域の人たちの中に西和賀のファンが増えました。町に魅力がないわけではないのです。  カフェ

            誰にでも始められるカフェになりたい 〜個人事業の規模感って?

            個人事業を始めるのに適当な規模ってどれくらいなんだろう。 もちろん人それぞれの考え方だけど、PC1台で起業できる時代としては、店舗を持つということは投資額の大きい、リスキーなことに見えるかもしれない。 地方だからなのか(?)、ネビラキカフェの開業にあたって融資も補助金も受けていないと言うとびっくりされたりする。けど、勇気と背伸びは必要かもしれないけど、一応これくらいなら自力でできる範囲じゃない?ということを先日お店に来てくれた20代男子と話あってみた。 私自身、店を持つ

            Vision と Bench

            ビジョンとベンチ。 この町に必要だと思うもの。 過疎の町、岩手で一番最初に消滅する町、と言われる西和賀。 JR線の駅前のデフォルト風景はこんな感じ。 シーズンにもよるが、駅前を歩いている人はまばらで、高齢者が多めである。(きのこや紅葉、水没林の見えるGWなどはもっと人がいる) この駅から徒歩3分のところにカフェをオープンした。 年齢層若め、女性多め、家族連れ多め、という光景はなかなかに珍しい。 この写真を見せて「カフェは儲かりまっせ」と言いたいわけでは決してなく(

            カフェを始めて1ヶ月経って思うこと

            ネビラキカフェが7月15日にスタートしてから約1ヶ月。想定通りのことや思いがけないこと、カフェという「場」が持つ力のようなまたは萌芽のようなモノコトについて感じたことをまとめてみる。 なぜカフェだったのかなぜカフェだったのかについては前回のnoteにもまとめましたがオープン前の記事では言語化ができてなかったことがやり始めると見えてくるものです。 そもそも自分は半年前までコーヒーも淹れたことがなかったし、どういうカフェだったら居心地がいいのかなんてさっぱりわかりませんでした

            カフェオープン前夜に思うこと(独り言)

            準備が悪く往生際も悪いのでこの時間(23:35)までセコセコと仕込みをしていた。以前の自分なら、こんなnoteを書く時間があれば、もう一つ仕込みをしていただろう。そわそわしている時は手を動かすに限る。 そもそも私はあまり記録に頓着しない質で、海外旅行にいってもほとんど写真を撮らなかったり、撮っても見返すこともなかったり(現像したのかも怪しい)。 だけど、今日仕込んだモノが何かなんて、どうせすぐに忘れてしまうし、明日になれば誰かの胃の中だけど、書いたことは残るだろう。こんな

            コ◯リでつくったカフェ

            去年の12月から自分たちの手で作り始めたカフェがようやく完成を迎えました。自分たちの手で作るカフェがこんなにも大変なことだなんて、作り始めたときは全然想像できなかったけど、7月15日のグランドオープンを目前にして少しずつでも手を動かしているとオープンの日は必ずやってくるものだと新しい気づきを得られました。 正直に言うとカフェづくりを舐めていました。カフェなんて簡単につくれるだろうと。だけどそれは間違いでした。 雇われだったけど、飲食店で働いたこともあったし、カフェの雰囲気