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「越境」〜我々意識の範囲を広げるには〜雪あかり in 西和賀2024を終えて

雪あかり in 西和賀 2024 無事終了しました。

県内各地から助っ人が来てくれ、金ヶ崎高校、大迫高校、北上湘南高校、地元西和賀高校からも生徒多数手伝ってくれたおかげで、ゲストカフェやチャレンジショップ、フードトラックの出店が実現しました。

地元のメンバーの活躍もあり、子供を見ながらネビラキランドの陣頭指揮も取ることができました。

本当に関わってくれた多くの皆様に感謝です。

フードトラックが2台来てくれた。

親ガチャや出生地ガチャという言葉がありますが、大切なのは与えられた環境で自分らしく表現しながら生きるということではないでしょうか。
日本だけ見ても各地様々色んなところがあるのに、あえて西和賀に暮らす意味。もちろん仕方なく暮らしている人もいるかもしれません。
ですが、町内各所に作られたそれぞれの雪あかりを見てると、この町の人はなんて表現豊かなんだと感心されます。

それは怒りだったり、悲しみだったり、喜びだったり、感謝の気持ちが作品に混じってるからかもしれません。つまり、この日は西和賀に暮らしていることを祝おう、愛そう、感謝しよう、という人間が本来持っている感受性が現れる日だと思ってます。
今ここに生きていることに喜びを感じられて自分らしく表現できたら、どこに暮らしていても幸せに生きられるはずです。

今回のネビラキランドのテーマは『即興性』と『創造性』と決めてましたが、ネビラキランドの建設途中に『越境』というキーワードが浮かびました。日中の作業中ふと対岸の半島を見てたら「あそこに灯りがあったら面白いんじゃないか」という意識が内側から芽生えてきた。
計画を変更し、自分のテリトリーを離れ、半島をロウソクで縁取ってみることに。

点灯担当が順番に火を灯していくと、綺麗に半島が縁取られました。

自分らの範囲を超え、我々の意識が広がった瞬間です。

そこでふと思ったのは、本来備わっている我々意識の範囲が自分らはとても狭まっていたんじゃないかということ。

景観や地理的な条件はあるにせよ、本当は全部繋がっていて、他人の痛みは明日は我が身だし、それがわからなくなってしまっているのは、相手を思いやり行動に移す感受性や身体性が落ちているからなんじゃないかと思いました。

雪あかりという一晩限りのお祭りから、ネビラキランドが目指すべきフィロソフィーがまた一つ見えてきました。

感受性や身体性を取り戻す故郷としてのネビラキランド。そして『越境』。

今後は『越境』を一つのテーマにおいてまた思考を深めたいと思います。

zen



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