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可哀想な姫

 遥か昔、大きな城に双子の姫が住んでいた。

そろそろ世継ぎが欲しかった王は、ふたりの姫に結婚相手に相応しい男を探してくるよう命じた。

 姉のロマニーは社交的で人気があったが、たいそう強欲な女だった。妹よりも早く相手を見つけ城と財産を我が物にしようと考えたロマニーは、宝石で着飾った仮面を被り毎夜舞踏会を渡り歩くと、片っ端から金持ちの伯爵に声をかけた。

 一方、妹のシンシアは刺繍好きの控えめな娘だった。顔こそロマニーと瓜二つだったがその心はとても美しく、すでに心に決めた男がいた。シンシアは充分に幸せだったので、姉のロマニーが幸せな結婚をして城の世継ぎを産んでくれればいい、と心からそう願っていた。

 シンシアの想い人は城下町の小さな演劇小屋の脚本家で名をマルタといった。観覧料の安い演劇小屋は大変人気があったが当然給金は雀の涙ほどだった為、明日のパンにも困る暮らしをしていた。
 それでも、週に一度お忍びでやってくる美しいシンシアと舞台があるだけで彼の人生は充分に幸せだった。

 そんなある日、求婚の申し出はあるものの、まだまだ条件に納得のいかないロマニーは、日に日に美しくなってゆくシンシアを訝しく思い、召使いに彼女の身辺を探るよう命じた。そうしてロマニーはシンシアが密かに貧しい脚本家のマルタと会っている事を知る。召使いはうっとりした表情でロマニーにいった。

『マルタ様はこの街中の女性の憧れの的でございます。あの方の舞台は人気もございますのに、本人はお高くとまることもなく、とてもお優しい方なのです』

 それを聞いたロマニーは、その見も知らぬ男が気になり居ても立っても居られなくなってしまった。シンシアがマルタに会いに行く新月の夜、シンシアにわざとドレスの刺繍をいいつけて城に閉じ込めると、シンシアになりすましいそいそとマルタに会いに行った。

 真っ暗な新月の夜、僅かな灯りに浮かぶマルタの情熱的な振る舞いに、ロマニーは一晩で夢中になった。それと同時に、この情熱はシンシアに向けられているのだと思うほどロマニーのはらわたは煮えくり返るほどの嫉妬に苛まれた。
 マルタは金こそ持っていなかったが、街中の女性の羨望を集めるほどの素晴らしい脚本の才能と、愛嬌を持っている。
 ロマニーはマルタがどうしても欲しくなった。

 翌日、ロマニーは自分の結婚が決まったと嘘をついて、シンシアにウエディングドレスの刺繍を依頼した。優しいシンシアはたいそう喜んで、姉の為に寝食を惜しんで手のかかる刺繍に勤しむことになった。当面逢えなくなるマルタが気掛かりだったシンシアは、マルタに事情を伝えようと召使いを走らせたが、その召使いは何故か忽然と消息を絶ってしまう。ロマニーは自らマルタの元へ赴くと嘘の伝言をマルタに伝えた。

『妹のシンシアは、以前からお付き合いのあったお金持ちのレスター伯爵の元へ嫁にいくことになりました。不実な妹をお許しくださいませ』

 酷く落ち込んだマルタに、ロマニーは更に優しく囁いた。

『私ならそのような不実な真似は致しません。私と結婚したならば、演劇小屋を更に大きくすることも出来ましょう』

 シンシアに見限られたと思い込んだマルタは絶望に打ちひしがれ、言われるままロマニーとの婚約を承諾した。

 それから数ヶ月の時が流れ、いよいよロマニーの結婚式の日がやってきた。シンシアの縫い上げた見事な刺繍のウエディングドレスに身を包み、ロマニーが城のバルコニーにあがる。共に手を振りながら出てきた花婿を見て、シンシアがあっと声を上げた。

 それは強欲なロマニーにとって最高の瞬間だった。国中の女性達の羨望の溜息、国一番の刺繍を施したウエディングドレスと、同じ顔の、いつも自分より幸せだった、妹の絶望。
 ロマニーが悦びに唇を歪ませた時、シンシアは静かに席を立つとその椅子に白の花冠を置いて消えた。マルタはそれを見てたちまちの内に全てを理解した。

 この国の結婚式で、白の花冠を載せている女性は未婚の証。そしてシンシアの薬指には、確かに自分があの日捧げた銀の指環が光っていたではないか。

 マルタは怒りに震えロマニーに詰め寄った。

『謀ったな!謀ったな!何という浅ましい女!』

 花婿のただならぬ雰囲気に、バルコニーの下で見物人達がどよめいた。ロマニーはワナワナと震え、ブーケを振りかざすと金切り声で家来に命じた。

『この男は我が妹と不貞を働いた!投獄せよ!』

それを聞いた見物人達は、拳を上げて口々に叫び始めた。

『なんて酷い男!』『よりによって妹に手を出すなんて!』
『妹君も妹君だ!なんたる不道徳!』『あばずれ女!』
『図に乗った脚本家には制裁を!』『制裁を!』
『制裁を!』
『制裁を!』

 群衆の怒りは次第に大きなうねりとなって、城のバルコニーは大海の舟のように揺れた。ロマニーは自分のした事の恐ろしさに我に返ると、腰を抜かして座り込んだ。

 大変なことになってしまった……

 後悔をしても時はすでに遅かった。西の塔の方角から、女達の叫び声が聴こえる。ロマニーが真っ青な顔で塔を見上げると
妹のシンシアが、その窓から放たれた小鳩のように空にドレスを翻し墜ちていった。
 あまりの出来事に王妃はその場に倒れ込み、王は怒りに泡を吹きながら叫んだ。

『ああ……あの男!あの男!あの男の首をはねよ!』

 広場に城の衛兵が放たれ、群衆の渦は彼等の制服の色で真っ赤に染まった。
 シンシアの元へ駆け付けようと、群衆の渦へ飛び込んだマルタはあっという間に赤い波に呑み込まれた。衛兵達はボロ雑巾のようになった彼を斬首台へ引き上げると、群衆の野次に急かされるようにその刑は執行されたのだった。

 その後ロマニーには、愛する二人の者に裏切られた可哀想な姫として多くの民の同情が寄せられた。
 同時にマルタの悲劇的な最期は、謀らずも彼の脚本家としての名声を上げることとなり、彼の舞台は以前にも増して繰り返し再演された。その舞台はどれもシンシアへの愛に満ちていていたが、それを知る者はもはや、ロマニーをおいて他にはいない。民はロマニーとマルタの恋物語と信じて涙した。

 ひとり、真実を知るロマニーは誰に裁かれることもなく、悲劇の姫君として民の憐憫を糧に生き続けたが、世継ぎに恵まれなかった城はやがて衰退し、苔生していった。
 栄華を失った王家と悲劇の物語に飽きた人々は、やがて城から離れていった。

 その後の彼女の行方を知る者は誰もいない。

(終)