英語のそこのところ 第20回 苦しくったって。
著者 徳田孝一郎
イラストレーター 大橋啓子
独立して、自分で仕事を始めるようになってからはオフィスとして使っている自分の書斎で原稿書きかテレビ電話でレッスンや打ち合わせをすることが多いのですが、週に1、2回は都内や水戸のみかど商会様でお話をさせていただいたり、レッスンをさせていただいたりしています。たまにタクシーで移動することもありますが、原則として電車での移動です。電車は面白いですね。いろいろな人がいて、ああ、もうそういう時期だなということを思い出させてくれる。
ちょっと前まではスーツ姿の男性や袴姿の女性がたくさんいて、ああ、卒業式かと思い出しましたし、ちょうど今は、リクルートスーツの男女がたくさんいて、就活真っ只中なんだなぁと教えてくれます。
電車内にもかかわらず「あそこの面接は○○」とか、「あの質問の意味って何だったと思う?」とか、真剣に話していて、ご本人たちには申し訳ないですがよいことだなぁと思ってみています。いや、よいことじゃない、大学3年から就職活動の準備に追われて、大学4年の夏には内定をもらわないといけない。それができないと就職留年する人もいる。いったい大学で何を勉強するのか? という意見があることも重々承知していますが、やっぱり就職活動は本人たちにとっていいことの気がします。
その日、徳田とNative English Speakerのディックは山手線に乗って丸の内に向かっていた。徳田は三つボタンの二つがけの黒いスーツに薄い黄色のシャツ、緑のレジメンのネクタイという姿。ディックもいつものカジュアルな格好ではなくピンストライブの紺のスーツと薄いブルーのシャツにあずき色の地に薄くドットの入ったネクタイを身に着けている。
「大丈夫かい?」
徳田はディックに話しかけた。
「ああ、準備は万端。やれることをやるだけさ」
「たしかに。自然体でやってくれれば十分だよ。無理して背伸びしてもぼろが出るし」
「大丈夫、そんなことしないさ。おれはおれだから」
多少の緊張感が漂う会話が交わされていたのには理由がある。丸ビルの大きな会社の企業研修のトライアルレッスンをするために、二人は向っていたのだ。このトライアルが上手くいけば大口の契約をとれる。講師の代表として失敗は許されない状況だった。
新宿を出てしばらくすると渋谷駅に電車がつく。とたんに、どやどやと同じ格好をした男女が入ってきた。
「徳さん、あれなに?」
と、ディックが興味深そうに徳田に尋ねた。
「ああ、あれ」
徳田はディックの視線の先を見てにやりと笑った。
「なんだと思う?」
「わからないなぁ。お祭り?」
「いや、あれはリクルートスーツっていうんだよ」
「なにそれ?」
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