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シンボリズム? 「英語のそこのところ」第100回

【前書き】

 今回、投稿するエッセイは7年前の2016年1月21日に水戸市の「文化問屋みかど商会」のファクシミリ配信誌に掲載されたものです。時節にそぐわない内容はご容赦ください。
 饒舌は銀、沈黙は金と日本ではよく言われますが、Native English Speakerの世界では反対です。というか、沈黙していると組織に貢献していないと断罪されることすらあります。そういう世界で育ってきているNative English Speakerはとにかく話すことが重要ということがありまして、前の会社での年始のミーティングでの話です。(著者)

拙著「英語の国の兵衛門」のkindle版を出版しました。

 2008年に株式会社メディア・ポートより上梓され、その後同社の解散により入手不可能になり、みなさんにはご迷惑をおかけしておりましたが(一時は、古本が2万3万ぐらいで取引されていたようで。いやはや、私には一銭も入りませんが_| ̄|○)、kindle という形で復活させることが出来ました。
これを機にぜひお手に取ってみてください。

【本文】

「徳さんも、あまいですねぇ。さっきのああいう発言は、途中で止めないと時間の無駄ですよ」
 新年会の席でのことだ。徳田にワインを注ぎに来たついでに、内藤大助がからむ。大阪支店長をやっているやり手の男だ。いかにも精力的な脂ぎった、いや、脂ののった顔をしている。
「時間の無駄かぁ」
「そう。時間の無駄でしょ、最後のディックのやつは。年に一度の全体ミーティングなんですよ。社員全員が集まっての会議で質問はありますか? って言ってるのに、わざわざ手を挙げて感想って! いったいどういうことなんです。みんなの時間の無駄遣い。Vice-presidentの徳さんが『質問』はないかって訊いたんですから、ちゃんと質問してほしいもんですよ。質問が浮かばなきゃ、黙ってろっての」
 内藤はワインを注ぎに来たついでにからんでいるのではなく、からむついでにワインを持ってきたようだ。
「そうねぇ」
 徳田は曖昧に返事をすると空のグラスを内藤に押し出した。しぶしぶと内藤が徳田のグラスにワインを注ぐ。

 事の次第は、こういうことだった。
 徳田のマネージメントしている英会話スクールでは、1月に全体ミーティングとして東京・大阪のスタッフ全員を集めてのミーティングを行う。社長から昨年の報告と今後の経営方針、新規事業の内容などが伝えられ、質疑応答などをして共通認識を深めるものなのだが、その質疑応答の際、新人社員のDickが自分の感想を述べ始めてしまったのだ。しかも、延々と。
『わたしは、社長さんの意見は非常に素晴らしいと思います。今の日本は少子化が進んでいますが、お母さんになりたい女性たちはいっぱいいると思います。そんな人たちが安心して子育てできるような、施設を作って、なおかつ英会話もできるのであれば、絶対に人気が出ると思います。そんなところに目を付けた社長さんは、素晴らしいです。私の国のアメリカでは、15歳以下の子供が一人で家にいることは法律で禁じられています。社長さんの素晴らしいアイディアに加えて、政治家にそう働きかければ……』云々かんぬん。

 といった具合に、Dickは延々と自分の感想を述べて、会を凍りつかせてしまった。内藤としては、今年の決起集会の意味もある全体ミーティングに冷や水をかけられたわけで、納得がいかないのだろう。
「ああいう発言は、会の雰囲気を壊すんですから、徳さんももっときっちり注意してくださいよ。Native English Speakerたちだって、ああいうのは良くないって言ってましたよ。アメリカでは、質問が浮かばないときに、ああやって感想をわざわざ手を挙げて言うやつがいるんですけど、おれは嫌ですね。司会者が、途中でさえぎってもいいんじゃないですか?」
 内藤の矛先が徳田にも向く。徳田の司会進行が気に入らないというわけだ。
「まぁ、そうもいかないさ。DickはDickなりに、貢献しようとしてくれてるんだから」
「そりゃ、わかりますよ。でも、発言はきちんと文脈を押さえてくれないと! そこは注意してくださいよ。あんなに軽く『ちょっと文脈から外れてる』ぐらいじゃダメです。しかも、そのまえにDickのこと軽く褒めてるし」
「ちょっとは和んだんだからさ。まぁ、許してよ」
 徳田は、内藤に頭を下げると内藤のグラスにワインを注ぐ。
「これからは、もうちょっと厳しくするからさ」
「そう、厳しくですよ、ビシッとしてください」
 言いたいことを言って、徳田の頭を下げさせたのに満足したのか内藤は席から立ち上がる。次の獲物を探して、きょろきょろするとNative English Speakerのテーブルに向かっていった。
 その後ろ姿を見ながら、徳田はワインを口に含む。
 若いんだなぁ、と思う。
 徳田は恩師の中村雄二郎教授に学生時代、同じように絡んだことを思い出していた。

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