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月のない夜に

零(レイ)は月のない夜が好きだ。

月のない夜になると、彼女は決まって浜辺の尖塔へと走って行き、クジラ姫を呼び出して一緒に遊ぶ。クジラ姫は、月の光が届かない時だけ、塔を出て外の世界で過ごすことができると言っていたのだ。

「もしお月様にバレたら、私はクジラに戻されてしまうの。そしたら、もう零に会えなくなっちゃう。」

その言葉を聞いて、零は思わず泣いてしまった。もう二度と会えなくなるなんて、想像するだけで耐えられなかった。それ以来、零は決して約束を破ることなく、月のない夜だけクジラ姫に会いに行くようになった。

今日も月のない夜だった。

クジラ姫は零の上着の裾をそっと引いて歩き、二人は前後に並んで砂浜を散歩した。月の光がないせいで、波はまるで深淵の底から伸びてきた白い手のようだった。しかし零は怖くなかった。クジラ姫が隣にいてくれるからだ。クジラ姫と一緒なら、零は何も怖くない。

しばらく歩いて、疲れた二人は砂浜に寝転がって星を眺めることにした。クジラ姫は、零に海の底の話を聞かせた。

「ねぇ、私が昔住んでいた深海にはね、とても大きなタコが暗い溝の中をうろうろして、獲物を探してるの。その目は海底の穴みたいで、暗闇からじっとこっちを見ていて、ぬるぬるした足を振り回して、いきなり目の前に飛びついてくるのよ!」

クジラ姫は、零が油断した隙に後ろから抱きしめ、タコの触手の真似をしてくすぐり始めた。

「キャー、やめてっ!くすぐったい!やめて!」

零は砂浜の上で転げ回りながら叫び、クジラ姫とじゃれ合った。しかし、少女二人の体力はそう長くは持たず、すぐに息切れして砂浜に倒れ込んだ。じゃれ合いにはクジラ姫が勝ったようで、零を後ろから抱きしめたままだった。彼女の吐息が温かく、しっとりと感じられる。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、二人にとって月のない夜はいつも短すぎるものだった。零がクジラ姫を塔へ送り届けると、並んで歩く零の顔に、クジラ姫はそっとキスをした。そして、振り返ることなく、小走りで塔の中へと消えていった。

零の頬は、一瞬にして真っ赤になった。彼女は戸惑いながら、まるで小さなウサギのようにしゃがみ込み、しばらくの間、家の方向も忘れてしまっていた。

次の月のない夜はいつなんだろう? 零は海岸線を漫然と歩きながら、月の満ち欠けを頭の中で計算する。どれくらい歩いただろうか。世界の果てが少しずつ赤く染まり始め、少女に新しい一日の始まりを告げた。


作品を読んでいただきありがとうございます!今回は、「塔」「鯨」「月」をテーマにした三題噺でした〜如何でしょうか。
最近はLofi音楽を聞きながら創作していますので、なんか言葉使いもふわふわになりがちです(笑)。
では、次回も楽しみにしてください!さよなら〜

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