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マッキンゼーからソマリランドへ。人生の助手席から、運転席に乗り換えたきっかけ

ソマリランドという国をご存知でしょうか。
紛争地域ソマリアの一部にある、未承認の独立国家。数十年前に母国からの独立を宣言してから、独自の政府や法律をもって、驚くほど平和を保っている小さな「国家」です。
そんな謎に包まれた場所に、まさか行くことになるなんて…
自分が一番思ってもいませんでした。

2014年、社会人3年目のとき。
インドとエチオピアを経由して、一人で片道37時間かけてソマリランドに到着しました。
パスポートの入国証明はまさかの手書き。
周りには暗い服を着た目つきの悪い男の人たちしかいませんでしたが、不思議と、心は踊っていたのです。

「今、私、自分で自分の人生を動かしている」
そんなはじめての感覚が一気に全身を巡って、ワクワクが止まりませんでした。

それまでの私は、地図に沿って生きていた

振り返ってみると。
私の親は、色んな選択肢を提示してくれたうえで、学校も部活も就職先も自分で選ばせてくれたので、
「敷かれたレールの上を歩んできた」という言葉はあまりしっくりきません。

でも、例えるとしたら、与えられた地図を見ながら「どっちにいこうかな」「こっちにいったらこんな未来が待っているだろうな」「じゃああっちのほうがいいな」と、なんとなく想像できる未来のうちどっちにいきたいか、というマインドセットで動いていました。

自分から、地図にない道を探しに行ったりはしなかった
だって、そんな変わったことは、私なんかよりももっとぶっとんでて、冒険心があって、すごい人たちがやることだから。
学生時代をふりかえっても、周りがびっくりするような選択や行動は何一つしなかったんじゃないかなと思います。

それが少しずつ変わっていったのが、マッキンゼーでの二年目が終わるころ。
そのまま東京支店に残るか、海外支店に異動するかで迷っていた時に、
ある日突然
<文部科学省で新しく立ち上がる官民協働プロジェクトに出向する]という選択肢が舞い込んできました。
ちょっとワクワクする。でも、どうなるか全く想像がつかない未知の世界に行くのはやっぱり不安・・・
そう迷っていた私をハッとさせたのは、メンターが放った何気ない一言でした。

「迷ってるくらいだったら、飛び込んでみたらいいんじゃないの?」

コンサルっぽく、メリットとデメリットを比べてみて・・とかではなくて
ただただ、勢いと直感。
それだけで、文部科学省のトビタテ!留学JAPANの一員として一年過ごすことを決意しました。

それまでの自分だったら、きっとマッキンゼーに残ることを選択していただろうけど。
初めて、想像できないほうの道を自分の意志で選択できた瞬間でした。

行動したことがきっかけで、新しい道が突然あらわれる

文科省での仕事を通じて、教育って面白い、もっと関わりたい。という思いが強くなっていきました。同時に、どうすればこれを次のキャリアにつなげられるんだろう?というもやもやもありました。

とりあえず行動しなきゃと思い、知り合いに誘われた教育関係のイベントに参加してみたときに出会ったのが税所篤快くん。
バングラデシュなどの貧困地域に、人気の先生の授業をDVDで届けるというNPOを立ち上げた、かなり破天荒な同級生です。

その後、お茶をすることになり、色々と話していたら唐突に

「今度ソマリランドで教育系のプロジェクトやるから来ない?」というお誘いが。

「へ?」
(゜-゜)

ソマリランドというのは先に書いた通り、一言でいうと謎すぎる場所。
しかもどうやら出発するのは2週間後。
予防注射を受ける時間すらありませんでした。

なのに、そんな時にまた「飛び込んでみたらいいんじゃないの?」という言葉がよぎって、
なんだかワクワクしてきて、心臓もドキドキしてきて、気づいたら

「行く」

と答えていました。

滞在期間はたったの3日間。そもそも私が何のために行くのかよくわかっていない状態でした。
でもその時私は、「あ、今自分の人生を変えてしまったかもしれない」と、そう思ったんです。
税所くん的には、かなり軽いノリで声をかけただけだったんだと思いますが笑

ソマリランドでは、一橋大学教授の米倉先生とともに、現地の教育関係者や文科省、若者たちと会って、話して、プロジェクトを進めるための戦略づくりをしました。
そこで、自分がそれまでに培ってきたコミュニケーション力やプロジェクトマネジメント力が、文化も言語も何もかも違うこんな場所でも価値になるんだ、ということに気づくこともできました。
そして、やっぱり、教育って面白い。これを仕事にしたい。そんな決意にもつながりました。

あの時、文科省に出向するという決断をしていなかったら。
教育系のイベントに参加しようと行動をしなかったら。
そして勢いで、ソマリランドに行くという選択をしていなかったら。

・・・正直、想像がつかないです。

もしかしたら、そんな人生も面白かったかもしれないし、
逆に、ソマリランドで事件に巻き込まれたりする可能性だってあったわけだから。

どっちが正解かなんて、その時も、そのあとも、わからない。

なので少なくとも、とにかく飛び込んでみようという意思で勝ち取った「自分で自分の人生を動かした」という感覚だけは、絶対に大切にしていこうと思っています。

私は、ソマリランドにいったあの時以来、
自分で新しい道を書き足したり、道のないところに進んでみたりすることこそがワクワクする人生につながるはずだと、ある意味、取り憑かれてしまったのです笑。

Be in the driver's seat

1年後に留学したスタンフォードでも、その考え方は何度も刻み込まれました。

自分の人生の運転席に座り、自分の手でハンドルを握ることで、いつだって、自分の意志で進む道を選ぼう。

時には、事故だって起きるかもしれないけれど
それも含めて、自分の人生は自分にしか作れないんだ、と。

誰もがレールを外れないといけないわけじゃないし、
レールが敷かれていることが悪でもない。
地図に沿って生きるのだって、きっと幸せです。

でも、誰かが運転する車の助手席に乗ってしまうということだけは、もったいないと思うんです。助手席にいたら、結局は受け身になってしまう。

地図上の道を行くにせよ、そこから外れるにせよ、自分自身がそのハンドルを握っているかどうかなのではないかなと、改めて思っています。
どんな道を見つけて、どんな方向に進んで、どんなドライブを楽しむのか。それは、自分次第なんだと思います。


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