学術論文を書くには
学術論文、通称「論文」を初めて書いたのは大学院生のときでした。当時参考にしたのが酒井聡樹先生の「これから論文を書く若者のために」。
論文執筆ビギナーにはまずこれをおススメしたいですね。この本、私の手元にあったはずなのですが、なぜか見当たりません。誰かに貸して返ってこなかったんだろうな。
「論文の書き方」で検索するといろいろヒットしますが、論文執筆上級者の話はビギナーにはあまり参考にならない気がします。料理初心者がようやく野菜を切れるようになった段階で、「アロゼはこうやるとうまくいきます」という説明を聞いてもねえ。
なので、ビギナーにも参考になる(かもしれない)私の論文の書き方をご紹介。(きわめてローテク。)
まずは論文ネタに関するデータを集めます。片っ端からかき集めます。研究を始めたばかりの大学院生ならそれほど多くないかもしれませんが、いろんな実験を並行して細く長くやっていると、十年近くやっていたりします(しかもやったことすら忘れている場合もある)。棚卸しのつもりで、とにかく数年分のノートをくまなく見て関連しそうなデータを拾い上げ、いちいちコピーします。とりあえずデータを一堂に集めるわけ。
次に集めたデータをまとめます。日々の実験では少しずつ進めるのでノートでは数ページにわたっていても、まとめてみると1つの図になったりします。そうやってFigure(図)とTable(表)を、そのまま論文に掲載されるつもりで作ります。図はパワーポイントで作り、1つの図は1枚のスライドにします。(表も、1枚のシートに1つのみにします。)
作った図表を全部印刷します。図表の数の枚数が印刷されますね。これを紙芝居のようにいろいろ入れ替えながら、どういう順番で説明したら他の人は理解しやすいだろうかと考えます。これがつまり、「論文のストーリー」です。その結果、「これは無駄」と判断される図表は(どんなに渾身の作であっても)カットします。
人によっては手書きでざっと図表を作るとか、あるいはストーリーを考えてから図表を作るのだと思いますが(せっかく作った図表をカットするならその方が確実に時間は短縮されるのですが)、私の場合は時間はかかっても結局この方法がいちばんスンナリとストーリーが作れます。図を作るときにかかる労力がもったいないとはあんまり思わないので、性格によるのですかね。ただ、本文には載せないまでもやっぱりSupplementaryで入れた方がいいかも、と後から思う場合もあるので、その時にはすでに作った図表があると助かります。
というか、論文に掲載されるつもりで図表を作成しようとすると、どうしたってデータを精査して再解析することになります。その過程で実験当時は気が付かなかったことに気づいたりするのです。そう考えると、「気づき」が増える分、ストーリーが作りやすいのかもしれません。
ちなみに、ここまでは本文は一文字も書きません。図表が揃ってからいよいよ書き始めます。
ある程度ストーリーが作れたら、ターゲットにする学術誌を考えます。投稿経験が少ない場合は指導教員にお伺いをたてますが、ある程度経験を積んで来たらまずは自分で考えます。たくさんの論文を読んでいる人が近くにいれば、こういうネタなんだけど、どこがいいかなあ、と相談に乗ってもらうのもいいと思います。イマドキは目が飛び出るほど投稿料が高い学術誌もあるので、その辺は研究室のお財布事情で。
どの学術誌もフォーマットが決まっていて、Materials and Methodsの順番がResultsより前だったりDiscussionより後ろだったりしますし、文字のフォントやサイズも指定があったりします。特にReferenceのスタイルは学術誌によってかなり違うので、先にフォーマットを調べてからの方が無駄がありません。
ただ、リジェクトされて再投稿するときにReferenceをいちいち組み替えるのは発狂しそうなくらい面倒なので、酒井先生のご著書にもあるように、Endnote(文献管理ソフト)の導入を強く強く勧めます。
本文の書き方は、まずMaterials and Methodsから始めて、そこからResults、Discussion、Introduction、最後にAbstract。この辺の話も前述の本に載っているのでそちらを参考に。
上級者のサイトを見ると、ハイテクツールを使いこなせば論文なんてパパッと書ける的な話があります。まず日本語で書いて、それをchatGPTとかdeepLで翻訳してもらうというもの。へーと思って私も試したことあるのですが、母国語であるはずの日本語で正しくデータを説明するのが案外難しいのです。翻訳された英文を見て「いやいや、私の言いたいことはそういうことじゃない」と憤る(画面に向かって)。
つまり、英語的な発想で日本語を書かないと意図する英語にならないのですね。一部の上級者は自然と出来る(日本語でも英語的発想で文章が作れる)のでしょうが、これは論文を数多く書くうちに身につけた一種のスキルだと思います。そんなわけで初心者でも英語でたどたどしく書いてから上述のハイテクツールを使って直してもらうほうが結果的には早い気がします。
「日本語をそのまま直訳したような英語の論文」も確かに存在するのですよ。でもヒジョーーーーに読みにくいです。この「読みにくい」という感覚は、それまでにどれだけ論文を読んできたかという経験に基づくものなので、つまりこういうのを書いている人はあんまり論文を読んでないんでしょうね。以前にも書きましたが、アウトプットも大事だけどインプットも大事。
とはいえ、ハイテクツールは今後も進化するでしょうから、データを入れて「論文書いて」と指示したらパパッと英語が出てくるようになるんでしょうね。長い年月をかけて獲得した「論文を書く能力」もまた、陳腐化していくのかしらね、ははは(乾いた笑い)。