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コンパスの虹。

ある朝のこと。まだ人の少ない朝のホームで電車を待っているとき、誰もがぼんやりとケータイを見ているのに、赤いマフラーの女の子だけが空をじっと見上げていた。

「なんだろう?」と思って私も空を見上げてみた。

するとそこには、どこまでも透き通る青空の中、七色の虹が、まるでコンパスで書いたようなきれいな半円を大きく描いていた。

それはきっと今朝降った、気まぐれな雨の贈物なのだろう。

なんだかこれからあの女の子に、新しい物語でも始まるような、そんな素敵な朝の風景だった。あの赤いマフラーの女の子は、何を想ってあの虹を見ていたのだろう?

この広いホームの中、私とあの女の子だけが、あの虹に気づいている。やがて、電車の到着を知らせるベルが鳴る。人々が動き出す。人波の中、僕たち二人はまた見知らぬ他人に戻る。

あんなにきれいな虹なのに、雷みたいにその存在を知らしめることもなく、短い命の中、静かにそこに存在している。なんて儚い人生なんだろうと私は思う。

でも、虹のような生き方も、ひとつの答えなのだろう。たとえ誰にも知られずに、ひとりきりになったとしても、たとえどうしようもないくらい短い命であったとしても、その美しさにきっと気づく誰かがいる。

あの赤いマフラーの女の子のように。

発車のベルが鳴る。
また、日常が動き出す。

コンパスの虹は、もう見えない。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一