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遠い海辺の図書館。

私の一番好きな場所。それは青が透き通るような、海と空が見渡せる場所だ。けれども今では忙しすぎるせいか、随分と遠のいてしまったようだ。たぶん、あの頃よりたくさんの時が流れたせいかもしれない。

今の私が好きな場所。それは街の小さな図書館。さっき、その場所にいて、私はふと、そう思った。それは初めて探し当てたような、とても新鮮な驚きだった。

この静けさ・・・あの穏やかさ・・。

まるでいつものせわしない時間が、お行儀よくちょこんと座っているみたい。それでも不思議に寂しさを感じさせないのはなぜだろう?誰もが黙っているというのに、誰もが見知らぬ他人だと言うのに、本の世界に入り込んでいるその姿は、まるでやさしい詩人のようで、心、潤す旅人のよう。寂しくないのは、きっとその旅人がまわりの人たちに、言葉なく語りかけるからだろう。

本のタイトルを眺めるだけで、私の心は楽しくなる。たとえどんなに売れなかった本だとしても、それをひたすら書いた人が、心を一文字も込めなかった本など一冊もないと私は思う。たくさんの想いを、たくさんの想い出を、たくさんの言葉に変えて、そして、たくさんのページを作って・・・やがてそれが、一冊の本になってゆく。

それでも本のタイトルは、たったの一行分しかない。その一行に込められた想いは、計り知れないものになる。そう思うと、私にはそのタイトルが、まるで詩のように思えてくる。特に心動かされた詩に、私は手にとってそのページをめくる。でも、めくるだけじゃ物足りなくて、いつしか静かに腰掛けて、ゆっくりと文章を目で追っている自分に気付く。

まるでアルバムをめくるような想い。それが、きっと本との素敵な出逢いなんだろう。

ここでは誰もが詩人になれる。誰もが心やさしくなれる。愚痴をこぼす人もいない。タバコを吸う人もいない。化粧を直してる人もいない。お金を心配してる人もいない。忙しそうに電話をしてる人も、時間を気にしてる人もいない。

ただ、本を読んでいる。余計なものは何もない。
それはまるで、誰も知らない海辺のようだ。

そうか、いつしか私は知らないうちに
図書館という静けさの中で
あの遠く離れた海辺を
眺めているのかも知れない。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一