灯油とやさしい想い出の香り。
急に寒くなった。ようやくファンヒーターを出した。そして朝からいそいそと、近くのガソリンスタンドに行って灯油を買った。
さっき、ファンヒーターのタンクに灯油を電動ポンプで入れながら、ぼんやりと私は思った。
「灯油っていい匂いだな・・・」
いや、厳密にいえば、灯油の匂いがいい香りという意味じゃない。
その匂いから幼い頃のやさしい風景が蘇るというか、あの頃のぬくもりが伝わってくるというか・・・あぁ、わかるかなぁ。この気持ち。
まだ、家族のみんなが実家に住んでいた頃。朝になると、決まってあったかな石油ストーブの前にいたっけなぁ。ストーブの上のやかんから湯気が出ていて、そして窓ガラスが水滴になりそうなくらい曇っていて、指でへのへのもへじを書いたりして・・・。
遠いあの頃の冬の風景。
そうだよなぁ、冬ってあったかいんだよなぁ。
兄はとても寒がりで、学校に行くギリギリまでストーブの前にいたっけな。私がパジャマから学生服に着替えるときに、兄に「ストーブの前で着替えさせてよ」っていうと「早くしろよ!」なんて言いながらも、ちゃんとよけてくれたっけなぁ。ストーブから離れた兄が「寒い寒い!」って体をゆすっていたのがなんだかとても面白かった。
今はエアコンがあるから、みんなが寄り添ってあったまるなんて、もう、少ないのかな。うちではエアコンの暖房が、私も奥さんもどうも苦手で(部屋が乾燥してしまう感じがするんだよね)もっぱら冬の暖房は、コタツかファンヒーターだ。
あぁ、そうか。どっちも寄り添いあえるんだな。
人のぬくもりが感じられるんだな。
あったかいって、きっと、体だけじゃなく、心も必要なんだろうな。
なんて思っていたら、灯油ポンプからピーって音がした。あぁ、そうか。灯油を入れていたんだった。自動で止まってくれて助かった。
そして、灯油缶のフタをきゅっと閉めた。
私の手から、また、少し灯油の匂いがした。
それはやさしい想い出の香りだ。
最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一