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伝説の営業マン、実はハンターではなく農耕型?【Our Stories vol.4】

<メンバーインタビュー>
会議でいつも鋭い視点の質問を連発。伝説の営業マンこと茂木さんはどんな青春〜リクルート時代を過ごしたのか。

ハンターと思われて実は農耕(濃厚?)型営業の茂木さん

<茂木 慎司(もぎ しんじ)さんプロフィール>
株式会社シー・ブリッジ・コンサルティング 代表取締役。1985年、慶應義塾大学法学部卒業。同年㈱リクルート入社。企業の人材採用支援事業に配属。特に国内を代表する超大手企業の「新卒・中途採用」のプランニングから実行支援を中心に担当。その後、複数のマーケティング支援事業の責任者を歴任。同時に企業の「営業組織強化コンサルティング事業」の新規立ち上げを担当。2005年に独立し、現在は主に「企業の営業組織力強化およびそれに付随するマネジメント強化」のコンサルティングサービスを提供している。

Q.茂木さんというと、サプリ随一の「切れ者」という印象ですが、いつ頃からその片鱗があったのでしょう。どんな学生でしたか?

僕は切れ物では全然ないです。普通の、むしろ目立たない生徒だったと思います。地元の進学校だった前橋高校にはなんとか受かりましたけど、学年400人中350番以上に上がったことはなかったですね。ただ、野球が心の支えでした。甲子園にも出場できましたし、高校生活は野球一色という感じでしたね。
そのまま慶應大学でも野球を続けたんですが、当時はまだ強烈に厳しい規律が主流の時代。まさに軍隊という感じでした。そこで根性がついたというのはありますね。色気も全くなく、野球と麻雀の日々。最終的にベンチにすら入れなかったんですが、それでもとてもいい仲間に恵まれて、僕の礎になっています。

Q.野球一色の青春時代だったのですね。その後どんな経緯でリクルートに入ったのでしょうか

本当は行きたい会社が他にあったんですけど、なんの準備もせずにいたら最終面接で落ちてしまって・・・。どこにも行く当てがなくて困っていたら、知人からリクルートの人は色々な会社を知ってるから、一度話を聞いてみたらどうか。と言われOBを紹介してもらったのをきっかけに拾ってもらったんです。親にもリクルートなんて聞いたこともない会社だと驚かれましたけど、そこしか受からなかったんだから仕方ないですよね(苦笑)
ただ、当時はまだ江副さんもいらっしゃった時代で、おそらく江副さん自ら営業同行に行ってくれた最後の年だったと思います。

Q.リクルート創業者の江副さんもいらっしゃったんですね。何か思い出はありますか

当時超大手企業のトップインタビューを掲載したリクルートブックがあって、その取材の同行で丸の内に本社がある大企業に行ったんですが、社長室フロアについたとたん、江副さんが「トイレどこだ?」ってなって。入ったっきりしばらく出てこなくて「どうしたもんだろう」と焦ったのを覚えています。

Q.リクルートではどのようなお仕事をされたのですか

入社して1年半ぐらいの時に広報企画部というところに配属されたんですが、そこは新卒採用向けの広告を売っていて、日本の超大手しか担当しないんです。先ほどの江副さんのインタビューもその部署でのことですが、社内の花形部署ではあるものの、実際はリクルートを使わなくても採用できる会社ばかりで。成績はボロボロでした。
そこにある時すごい部長が異動してこられて。後に専務までなった方ですが、その方に本当に鍛えられましたね。
目標は行って然るべき。達成しなければ意味がない。というのを叩き込まれました。

Q.目標達成は簡単ではないはずです。どのように達成していったのでしょうか

それまでの広報企画部での営業は、先ほどもお話したようにクライアントが超大手企業ばかりですから、前年と同じ内容の広告内容を掲載させてもらっている状態でした。それだと業績は伸びないんですよね。そこで、きちんと提案営業という形で付加価値をつけた営業、例えば特集ページを増やしてもらったりだとか、一つのメディアしか使っていないクライアントには2つ、3つと利用してもらうための提案を練ったり。当たり前の部分もありますが、前年の実績から刈り取るような形では伸びないというのを徹底的に教えてもらいました。
また、僕はよくハンター型と見られるんですが、実際は全く逆で、農耕型営業です。どういうことかというと、顧客との接点回数がとにかく多い。一発で勝負を決めようとは思わないです。一つの会社で何人会えるかが大事だと思っていて、一社で300人に会うこともありました。とにかくその会社の情報をたくさん知りたいんです。工場にもいきますね。そういう時間をじっくりかけた営業スタイルを得意としていました。

Q.茂木さんが農耕型というのは驚きです。当時のギネス記録も多数お持ちと伺いましたが

そうですね。それについては前出の当時の上司が「トップ営業マンは一発屋ではダメ。常にトップでなくてはいけない」という考えを持った人で、その指針に応えようと試行錯誤した結果だと思います。
「週リク」という毎週リクルートの営業成績が載る冊子があるんですが、その中で最も目標が高いヘビークラスで2年間上位をキープしました。当時の社内のギネス記録も達成できたんです。もちろんそれらの記録は一人の力で達成はできません。上司含めチームに恵まれていたことが大きいです。また、僕自身のことで言うと、自分の今の営業の仕方、提案営業の仕方は間違っていない。という確信に近い自信がその時に芽生えました。この経験は大きいですね。

Q.とても順風満帆な会社員時代に聞こえますが、転機のようなものはありましたか?

確かに、営業出身としてはトップの速さでマネージャーになりましたが、その分すごく嫌な上司だったと今では反省しています。というのも、自分自身の成功体験、セオリーがあるので「おれの言う通りすればいい」というのが前面に出ていたんですよね。
僕の率いていた部署は、部下がみんな優秀で業績はすごくよかったんですけど、ある時その中でも特に優秀な部下が「茂木さんの下でやっていても楽しくない」と言ってきたんです。
あれは堪えました。
そこから「部下の話を聞く」というのを徐々にではありますが、体得していきました。簡単ではなかったですけどね。この経験で管理職の気持ちがわかるようになったので、今のサプリでの仕事にも生きています。

Q.営業のプロとして、サプリのサービスのどのような点が強みだと思いますか

サプリは受講生そのものが主役になる研修です。受講生自身が学び、実践する。そしてそれを支える仕組みがあることが強みです。
ただ、そのためには受講生がやらされ感でやってしまうといけません。
サプリコーチのスキルはもちろん、受講生へのサポート、モチベーションアップなどの仕組みも整えて支えていく必要があります。僕個人としては、サプリそのものをどう成長させていくかっていうことを考えることが楽しく、やりがいを感じています。

茂木さんありがとうございました!写真は昭和52年、対東海大相模高校との一戦。常に全力、本気。今の茂木さんに通じるかっこいい一枚ですね。
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