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『成仏(フィナーレ)は劇場で』第1話(全6話)

1. 廃劇場

ピアノのある、誰もいない小劇場。
村松(35)がひとり芝居をしている。

村 松「いいえ、終わりなものですか!まだ
 終わりではありません!さあ行くのですイ
 ザベラ!二度と戻ってはなりません!」

   物が落ちる音。
   イオリ(22)が棒読みで相手をする。

イオリ「こんな姿でどう生きて行けとーって
 オッサン!またポルターガイスト起きて
 る!」

村 松「それでは私の飾り羽をあげましょう
 (羽をちぎる芝居)。私には、いつでも飛ん
 で行けるだけの翼があれば、飾りなんてい
 らぬ!」

   また物が落ちる音。
   翼を広げて羽ばたくようなダンスをす
   る村松。下手。見かねてイオリがお手
   本。めちゃくちゃうまい。

村 松「みなのもの!さあ続くのです!自由
 という名の大空へ!自分の力で羽ばたいて
 行くのです!ついて来なさい!この孔雀の
 女王、マゼンタの導きに!」

   村松、ピアノに移動して適当に弾く。

村 松「(主題歌を歌ってる。下手である)」

   村松、主題歌を歌い終え、立ち上がっ
   て 満面の笑みでお辞儀。エアカーテ
   ンコールである。イオリはあきれ顔で
   拍手。

イオリ「よくもまあ飽きずに…もう、今日で
 10年だよ。いい加減成仏しようよ」

村 松「できるもんならしたいわ。だがな、
 この役はまだ完成してないんだ。神様がま
 だ成仏するなって言ってるんだよ」

イオリ「神様はあんたを成仏させるために私
 をよこしたんだけど」

村 松「うるせぇ。舞台はな、観客いてこそ
 の舞台だ。大舞台で拍手を浴びるまでは、
 おれは成仏できねぇ」

イオリ「なんでこんなのの担当になったんだ
 ろ、私…」

村 松「イオリ!もう一回付き合ってくれ」

イオリ「嫌よ。死ぬまでやるつもり?」

村 松「もう死んでんだからいつまでだって
 いいだろ。それに共演者は最後まで付き合
 うもんだ。どうせヒマだろ、ずっとここし
 かいれないんだから」

イオリ「あーはやく成仏して!」

村 松「できるもんならしたいわ!」

   また物が落ちる音。

女の声「きゃっ!」 
  
   村松と伊織、声に警戒してピアノの下
   に隠れる。
   そっと出て来たのは、おとなしそうな
   若い女、藤川歌手子(19)である。
   劇場を見回し、歩きまわり、二人を探
   す。村松とイオリ、警戒している。
   若い女がピアノの下を除く。

村 松「(小声でイオリに)見えてないよな」

イオリ「(小声で村松に)と思うけど…」

歌手子「あの…」

   村松とイオリ、びっくりして腰抜かす。

歌手子「あの、すいません!お稽古のお邪魔
 してしまって…。私、藤川といいますー。
 すごい聞き覚えのある歌が聴こえて来て、
 それで覗いちゃいました、すいません!私
 全然、怪しい者じゃないのであの、出て来
 てもらえませんか…」

   村松とイオリ、あっけに取られながら
   ピアノの下から出て行く。

村 松「ではでは…」

   イオリ、村松の頭を引っぱたく。

イオリ「見えるの?私たちのこと」

歌手子「見える…と言いますと」

イオリ「私と、このオッサン。見えてるの?」

歌手子「オッサンだなんてそんな。藤川です。
 はじめまして」

   歌手子、手を差し出す。

村 松「村松です…」

   握手しようとするが、歌手子の手が空
   ぶる。驚く歌手子。

村 松「そりゃそうか」

歌手子「え?え?触れない?」

   イオリ、歌手子の体を通り抜ける。

イオリ「ね。見えるの?ってのは、そういう
 こと」

歌手子「もしかしておふたりは…ゴースト的
 な存在ということなんでしょうか」

村松&イオリ「そうなります」

歌手子「そうなんですね…」

イオリ「びびらないんだ」

歌手子「幽霊なんて、初めてだ…ちょっと感
 動…」

村 松「そ、そりゃどうも」

   村松とイオリ、ピアノの下から出る。

イオリ「なんで見えるんだろ。霊感あるの?」

歌手子「わかりません。ないと思ってたんで
 すけど。あるのかな…。ほんとに幽霊なん
 ですか?見たところ全然普通ですけど」

   歌手子、2人を触ろうとするが、まっ
   たく触れない。

歌手子「やっぱり触れない…ほんとに幽霊な
 んですね!」

イオリ「幽霊どうしはさわれるんだけどね」

   イオリ、村松をひっぱたく。

村 松「いてぇな!なぁお前、怖くないの?
 夜で、こんな廃墟で」

歌手子「はい。おふたりとも悪霊っぽくは見
 えませんので…ところで、さっきのお芝居、
 というか歌というか、あれ、「孔雀の女王」
 ですよね?」

村 松「そう!よく知ってるな君いくつ?」

歌手子「19です」

村 松「若っ!」

イオリ「よくこんな昔のマニアックな舞台知
 ってるね」

村 松「うるせえな」

歌手子「今度再演するみたいで。オーディシ
 ョンが開催されるって、テレビでやってま
 した」

村 松「まじか!それ、いつだ?どこでやる?
 何の役募集してるんだ?」

イオリ「聞いてどうするのよ」

村 松「受けたい!」

イオリ「地縛霊が受けられるわけないでしょ」

歌手子「地縛霊…」

村 松「くそー、おれが浮遊霊だったら…」

歌手子「浮遊霊…」

イオリ「どのみち無理です」

歌手子「幽霊にもいろいろあるんですね」

イオリ「そうなの、この人はそのへんフラつ
 いてる浮遊霊と違って、この場所に住み着
 いてるというか、そういういわゆる地縛霊
 だから、この劇場出られないの」

歌手子「大変ですね…お姉さんも地縛霊なん
 ですか?」

イオリ「私はなんていうか…死神的な?この
 人を成仏させる担当というか…」

歌手子「あの世の公務員みたいなものですか」

イオリ「理解がはやいね。そんな感じ。成仏
 させるために来たんだけど、この人とりた
 てて悪い事するわけでもないし、なかなか
 成仏もしないから、お手上げって感じ」

歌手子「どうしたら成仏できるんですか?お
 祓いとか呼びましょうか?」

村 松「やめれ!祓われるのはごめんだ!あ
 れはめっちゃ苦しいらしいからな…」

イオリ「生前の無念が晴れれば、だいたい成
 仏するんだけどね。普通は誰かに何かを伝
 えればいいんだけど、この人の場合は特殊
 で…」

歌手子「特殊というと」

村 松「満員の劇場で、拍手喝采をあびるこ
 とだ!」

イオリ「幽霊ができるわけないじゃんね」

歌手子「そう…ですね。普通の人には、見え
 ないんですもんね…」

村 松「いや…待てよ」

イオリ「なに考えてるの」

村 松「君、「孔雀の女王」のオーディション
 を受ける気はないかね」

歌手子「私がですか?」

村 松「だいじょうぶだいじょうぶ。俺が特
 訓するから。見たところけっこうかわいい
 し、このベルナルド村松が特訓すれば」

歌手子「ベルナルド…?」

イオリ「そうか!」

歌手子「なんで私が受けるんですか?」

村 松「君には才能がありそうだから…」

イオリ「のりうつるのね」

村 松「おいそれを言うな」

歌手子「のりうつる…って、私にですか?」

村 松「そうだ。おれが特訓して、お前がオ
 ーディションに受かる、そいで本番は、お
 れがお前にのりうつって、拍手をあびる!
 完璧だ!」

イオリ「それでオッサンが成仏してくれれば
 私も万々歳だけど…」

村 松「頼む!ここを見つけたってことは、
 そこそこ興味あるんだろ?おれたちにはお
 前しかいないんだよ」

歌手子「わかりました」

イオリ「まじ?」

村 松「イエス!なんてものわかりがいいん
 だ!ほんとにいいのか?」

歌手子「はい。というか…実は、もう応募し
 てて」

村 松「は?」

イオリ「だから「孔雀の女王」知ってたのね」

歌手子「わたし、歌は得意だけどお芝居はど
 うも…だから、特訓していただけるっての
 は、私にも都合がいいというか…」

村 松「これは運命だ。よし、オーディショ
 ンのこと、詳しく聞かせてくれ」

歌手子「はい、えっと…(スマホ出して見
 る)再来週の土曜日にトニーズエンターテ
 イメントで実技審査です」

   村松、驚愕して固まる。

村 松「トニーズ…エンターテイメント?」

歌手子「はい…トニー浅井さんの…」

村 松「浅井…!」

歌手子「お知り合いなんですか!」

村 松「(歌手子のスマホを指して)それ、イ
ンターネットできるのか」

歌手子「はい…地下だから電波悪いですけど」

村 松「よし」

   村松、スマホに飛び込んで消える。

歌手子「あれ、消えちゃった」

イオリ「幽霊ってね、いわゆる生態電気のな
 ごりだから、電気とか電波とかには入った
 り泳いだりできるの」

歌手子「すごい…」

×  ×  ×

   スマホを通じてネットの中で村松が見
   ている情報たちがあらわれる。
   メレンゲの気持ちとかごきげんようの
   ような、複数ゲストのトーク番組。
   司会者と、トニー浅井(45)、そして
   アイドル、まりあ(16)
   動画を見ているていで、そばで見てい
   る村松。

司会者「本日のゲスト、トニー浅井さんより
 お知らせがあります。トニーさん!」

トニー「はい、ミュージカル、「孔雀の女王」
 を、私トニー浅井プロデュースで再演する
 ことになりました。当時はすべて男性キャ
 ストでしたが、今回は女性キャスト中心で、
 オーディションを開催することにしまし
 た!応募者は全員、会ってオーディション
 しますので、奮ってご応募ください!お待
 ちしてます!」

司会者「まりあちゃんも参加するんですか?」

まりあ「もちろんですー。女王のマゼンタ役
 は絶対譲れません!でも、アホウドリと
 かガチョウとか、いろんな役があるんで、
 いろんな女の子たちと一緒に舞台に立てる
 こと楽しみにしてまぁす!」

司会者「ということで今日のゲストはハイパ
 ーメディアプロデューサー、トニー浅井さ
 んと、トニーさんプロデュース、今をとき
 めく美少女まりあちゃんでしたー!」

   村松は見ているうちメラメラしてくる。
   
×  ×  ×

   もとの廃劇場に戻る。村松、スマホか
   ら出て来て地団駄。

村 松「ハイパーメディアプロデューサー…」

   劇場がガタガタ震える。物が落ちる音。

歌手子「地震…?」

イオリ「オッサン!ごめんねーこのオッサン
 ね、怨念が強すぎて、感情が高ぶるとポル
 ターガイスト起こしちゃうの」

歌手子「ポルターガイスト…」

村 松「あいつめー!!!」

   劇場がガタガタいい、めっちゃものが
   落ちる音。

歌手子「さ、さすが幽霊ですね!」

イオリ「いいかげんにして!」

   村松、落ち着く。音も止む。

村 松「ああ、すまんな。しかしトニーがあ
 んなことになってるとはな…これは、いよ
 いよ成仏するときが来たかもしれねぇ」

歌手子「トニーさんとはどういう…」

村 松「それよりあのまりあってのはなんな
 んだ」

歌手子「トニーさんプロデュースのアイドルで…
 最近すごい人気なんです。
 だから主役のマゼンタ役はきっとまりあちゃんなんで、
 私は敵のイザベラか、アホウドリの…」

村 松「だめだ!アイドルだかなんだか知ら
 んがそんなデキレース許さん」

歌手子「へ?」

村 松「絶対に女王を獲りに行くぞ…おれが
 お前を女王にしてやる」

歌手子「あ、ありがたいんですがさすがに無
 理かと…」

村 松「無理じゃない!ここで会ったのも、
 トニーが関わってるのも何かの運命だ。お
 い名前なんだっけか」

歌手子「藤川です」

村 松「下の名前は!」

歌手子「言いたくないです」

村 松「言え!」

歌手子「藤川でお願いします!」

村 松「まぁいいや、藤川。明日の朝9時!
 またここに来い。このベルナルド村松が、
 みっちり稽古つけてやる。イオリ!お前は
 ダンスを教えてやれ。死神ダンスだ」

イオリ「死神ダンスとは失礼ね。オッサンに
 成仏する気があるなら協力するけど」

村 松「あるよ。するならこれしかない。こ
 れがダメだったらお前は一生ここでオレと
 いることになるぞ」

イオリ「一生もなにもだけどね…わかったよ、
 オーケー。ダンス担当、イオリです」

歌手子「わあああよろしくお願いします…で
 そんな急に、なんかすいません…」

イオリ「いーのよ、どーせヒマだから」

歌手子「はぁ…」

   村松はひとりでぶつぶつ稽古計画をし
   ゃべってうろうろしている。
   歌手子のスマホが鳴る。着信画面には
   綺麗目の女性(藤川あゆみ(28)
   の写真(実際に登場して表現)。

歌手子「ちょっとすいません、もしもし
 姉さんごめんなさい、もう帰るから」

   歌手子、電話を切る。急いで帰ろうと
   する。

歌手子「帰ります!お邪魔しました!」

村 松「明日9時な!絶対来いよ!」

歌手子「(去りながら)来れたら来ます!」

   歌手子、行ってしまう。

村 松「来れたら来るだと?」

イオリ「ねぇ、さっきの、藤川あゆみだよね?」

村 松「藤あゆ?あの…2000年くらいに
 一瞬すごい売れた…」

イオリ「もっと前から売れてたよ。私が死んだときももう売れてた」

村 松「じゃあもういい歳だな」

イオリ「うるさいなぁ。ということは…あの
 子、藤あゆの娘?」

村 松「藤あゆは結婚してねぇだろ」

イオリ「じゃあ、妹とか」

村 松「かもな」

イオリ「へぇ、藤あゆの妹か…」

村 松「これは…マジでいけるかもしれない
 な…」


〜第2話へつづく〜

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