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『成仏(フィナーレ)は劇場で』第3話(全6話)

4. 特訓モンタージュ

   村松が芝居を、イオリがダンスを教え、
   たまに歌手子が歌を歌うモンタージュ
   的な一連。歌手子が芝居をしてみるが、
   首が水平でいまいち堂々としていない

歌手子「いいえ、終わりなものですか!まだ
 終わりではありません!」

村 松「違う!顔をもっとあげろ!自分が思
 ってるより30度は上にあげろ!」

歌手子「いいえ、終わりなものですか!」

村 松「もっとだ!」

歌手子「いいえ、終わりなものですか!」

村 松「今度は声が小さい!」

歌手子「いいえ、終わりなものですか!まだ
 終わりではありません!」

5. 廃劇場

   村松とイオリと歌手子が談笑している。

イオリ「いよいよ明日ね」

歌手子「はい…」

村 松「どうだ、自信は」

歌手子「お芝居って、難しいですね…」

村 松「なにをいまさら言ってんだ。このベ
 ルナルド村松が教えたんだから、自信持て」

歌手子「でも、すごくたのしいです」

村 松「それ、大事。おれなんかここで10
 年毎日女王やってるけど、全く飽きない」

イオリ「ほんと困るけどね」

歌手子「本気で受かりたくなってきちゃった
 な…でも、私やっぱり女王って感じじゃな
 いと思います…」

村 松「そんなのはトニーが判断することだ。
 いいか、まずは堂々とやれ。自分が思うよ
 り30度、上を向け。ハッタリでもいいか
 ら堂々として、女王になるんだ」

歌手子「わかりました…やってみます」

6. 藤川家・リビング

   歌手子の姉、あゆみが怒っている。対
   面で萎縮してる歌手子。 

あゆみ「最近ずっと予備校行ってないんだっ
 て?なにやってるの?」

歌手子「なにって…」

あゆみ「私が必死に働いてお金出してるのに」

歌手子「行きたいなんて言ってない」

あゆみ「(紙を出して)これでしょ」

歌手子「あ…」

あゆみ「ミュージカル「孔雀の女王」オーデ
 ィション実技審査のご案内…受けるの?明
 日じゃん」

歌手子「うん…」

あゆみ「なんで黙ってたの」

歌手子「言ったら止められると思って」

あゆみ「止めるよ。だめ、こんなの」

歌手子「なんで!」

あゆみ「歌手子には無理よ」

歌手子「そんなのわからないじゃない」

あゆみ「わかる。歌手子は甘い」

歌手子「別に主役に受かるとは思ってないよ」

あゆみ「違う。歌がだめなら舞台ってところ」

歌手子「そんなんじゃない。第一、私の歌聞
 いてくれたことないじゃん」

あゆみ「聞いたよ。ネットにのってるのは
 全部。私みたいにはなれないし、なってほ
 しくないの。普通に生きてほしいから受験
 もさせてるのに」

歌手子「別に、お姉ちゃんみたいになりたい
 わけじゃ」

あゆみ「嫌でも比べられるの」

歌手子「悪いけど、いまのお姉ちゃんよりは」

あゆみ「全盛期の私とよ!それでもいいの?」
 売れなくなったらどんなに苦労するか。い
 まの私を見なさいよ」

歌手子「楽しそうじゃん。お姉ちゃんお店で
 歌ってるときすごく楽しそうじゃん」

あゆみ「生活のためよ」

歌手子「…ごめん。予備校辞める。今までの
 お金は何年かかっても返すから。だから…
 だから私、明日のオーディションは、受け
 る」

   歌手子、リビングを出て行く。

7. オーディション会場

   歌手子が落ち着かない様子で座って待
   っている。隣には余裕のまりあ

トニー「次の2名どうぞ」

まりあ「はーい♥」

歌手子「ははははいっ!」

   歌手子とまりあ、立って並ぶ。長机の 
   向こうにはトニー浅井

歌手子「本物のトニー浅井だ…」

トニー「じゃあ、自己紹介からお願いします」

まりあ「26番、大田まりあです。今日は、
 女王の役をいただきにまいりました♥トニ
 ーさん、よろしくお願いしまあす」

トニー「はいはい。じゃ、そちらの方も」

歌手子「27番、ふ、藤川歌手子です。私も、
 女王役を狙ってます…」

まりあ「歌手子だって…」

トニー「まりあ」

まりあ「だって…ふふ、ごめんなさい。ぷぷ」

トニー「まず、お芝居を見ます。渡した大異
 本をやってみてください。まずは、大田さ
 んから」

まりあ「いつも通りまりあでいいですよ」

トニー「とにかく、やって」

まりあ「はーい。(咳払いして)いいえ、終わ
りなものですか!まだ終わりではありませ
ん!さあ行くのですイザベラ!二度と戻っ
 てはなりません!」

   なかなかうまい。焦る歌手子。

歌手子「やばい…さすがだ…」

トニー「はい、じゃあ次は藤川さん」

歌手子「はい。いきます。いいえ、終わりな
 ものですか!まだ終わりではありません!
 さあ行くのですイザベラ!二度と戻っては
 なりません!」

   やりきってはいるが、どうか。

トニー「はい、どうも。次は歌ですね。大田
 さんからどうぞ」

まりあ「いきまーす。」

   まりあはスピーカーからインストを流
   して、アニソンぽい歌を歌う。
   ノリノリだが正直カラオケレベル。

トニー「はい、どうも。次は、藤川さん」

歌手子「はい…あの、キーボードお借りして
 もいいですか?」

トニー「どうぞ」

   歌手子、オーディションルームのキー
   ボードのところにいき、スタンバる。
   歌手子、歌い出す。

歌手子♪街灯のあかりが町を包み
    光が粒になって流れてゆく
    帰りの切符はポケットの中
    夜行列車に揺られ揺られ
    君のもとへ

    君のもとへ

歌手子「以上です…」

   トニーが見とれてる。まりあ焦る。

トニー「あ、ありがとうございます。結果は、
 通過者のみ1週間以内に電話でお知らせし
 ますので」

まりあ「トニーさん、私には直接教えてくだ
 さいね」

トニー「通過者のみ電話でお知らせします」

歌手子「あ、ありがとうございました」


8. 廃劇場

   村松とイオリがそわそわしている。

村 松「どうだったかなあいつ」

イオリ「祈るしかないでしょ。やるだけやっ
 たんだから」

村 松「まぁな…おれが教えられることはす
 べて教えたし…」

イオリ「じゃあ落ちたらオッサンのせいだね」

村 松「…そうなんだよ」

イオリ「冗談よ。何まじになってんの」

村 松「あいつの芝居は、おれの芝居だ」

イオリ「でも、生きてるときに受けたのはい
 い線いってたんでしょ?」

村 松「あ、ああ。まぁそうだな。だから、
 おれが教えたんだから、歌手子が受かって
 なきゃ、おかしいんだ」

イオリ「ふーん…あ、来た!」

   歌手子がやってくる。村松とイオリ、
   かけよる。

イオリ「おつかれさま。どうだった?」

歌手子「どうですかね…」

村 松「はっきりしろ!」

歌手子「たぶん…だめだと思います」

村 松「は?なんでだよ!結果はいつわかる
 んだ?」

歌手子「通過者のみ1週間以内に電話で…」

村 松「ぬー!もどかしい!」

イオリ「歌は?聴かせられた?」

歌手子「はい」

村 松「歌は心配してねぇよ、芝居は?感触
 どうだ?ちゃんとやれたか?」

歌手子「はい…出し切ったと思いますが、感
 触は、あんまり…」

村 松「そうか…まぁ、やりきったなら、あ
 とは祈るしか…」

   歌手子のケータイが鳴る。

歌手子「すいません、(見る)しらない番号」

村 松「出ろ!出ろ!」

イオリ「通過したのかな?」

歌手子「それにしては早い気が…」

村 松「いいから出ろ!」

歌手子「はい…(出る)もしもし。…はい。え!
 …もちろん!はい!明日ですか。はい。わ
 かりました。よろしくお願いします」

   歌手子電話を切る。放心。

村 松「なんだ明日って!再オーディション
 か!うーんそうかさすがに1回じゃ決まら
 ないよな、よくあることだ」

イオリ「うっさい!歌手子ちゃん?」

歌手子「役…もらいました」

村 松「うおーーーーーーーーーーー!!!」

イオリ「すごい!まじ?ほんとすごいよ!」

歌手子「女王じゃ、ないですけど」

村 松「へ?」

イオリ「女王は、やっぱりまりあ?」

歌手子「はい…」

イオリ「じゃ歌手子ちゃんは…アホウドリ?」

歌手子「いえ。イザベラ、っていう、悪役と
 いうか、女王の敵になる役です」

イオリ「そっちか。でも、すごいじゃん」

歌手子「歌が多い役なんで、歌で通ったみた
 いです…」

イオリ「やったじゃーん!歌手子ちゃんの歌
 が届いたんだよ!よくやったねぇ」

歌手子「信じられません…おふたりとも、あ
 りがとうございます。おふたりの、おかげ
 です。でも、すいません」

イオリ「なにが?」

歌手子「女王の役じゃ、なくて…村松さんの
 成仏が…」

村 松「な、なーに、気にすんな。女王じゃ
 なくても、イザベラだって立派な役だ!イ
 ザベラでも全然かまわんさ!おれもいちか
 ら練習する役ができてわくわくするよ!明
 日からイザベラ役に切り替えて、特訓だ!」

歌手子「それが…明日から、合宿稽古だそう
 で…」

村 松「おっと」

イオリ「じゃあ、ここには来れなくなるね…
 まぁ、もともと、受かったらほんちゃんの
 稽古あるか普通」

村 松「そうか。まあ、じゃあおれはここで
 練習してるから、当日の朝にでもだな、こ
 こによってもらえれば」

イオリ「オッサン」

村 松「なんだ?ん?どうしたんだ?」

イオリ「空気、読も?歌手子ちゃんは、もう
 あんたのためにやってる顔じゃないよ」

歌手子「そんなこと…」

村 松「お?おう?そうか、おれがいなくて
 も大丈夫か!そ、そりゃそうだよな、トニ
 ー浅井が稽古つけてくれるんだろ?なら大
 丈夫だあな。そんな、本番だけのりうつら
 せてもらおうなんて、思ってない思ってな
 い!そんな大事な舞台、おれなんかに…」

歌手子「村松さん…せっかくいろいろ教えて
 くれたのに、ごめんなさい」

村 松「いやいや、気にすんなって。早く帰
 って、合宿の準備した方がいいんじゃない
 か?なぁイオリ?」

イオリ「そうね。稽古がんばってね。本番見
 に行けたらいいんだけど…ここ出られな
 いからどうにも。あははは」

歌手子「ごめんなさい。なにか成仏のために
 手伝えることがあったら…」

村 松「ええってええって!こんな地縛霊は
 忘れて最高の舞台演じてこい!おれのぶん
 までな!」

   歌手子、深くお辞儀して去って行く。
   残された村松とイオリ。

イオリ「成仏の機会失ったね」

村 松「いいんだよ。もともと虫のいい話だ」

イオリ「成仏する気、ないでしょ」

村 松「どうだかな。この劇場、好きだから
 な。案外地縛霊も悪くないというか…」

イオリ「トニー浅井と過ごした劇場だからで
 しょ」

村 松「それ、言ったっけ?」

イオリ「いい加減教えなさいよ。成仏のヒン
 トになるかもしれないんだから。トニー浅
 井と、どういう関係だったの?」

9. 合宿稽古場

   トニーのもと歌手子とまりあが稽古中。
トニー「藤川、だめだ、全然だめ。前見るな
 上見ろ。自分で思ってるより30度は上げ
 なきゃ」

歌手子「すいません…」

まりあ「トニーさん私休憩行ってもいいです
 か?」

トニー「だめだ。藤川に付き合え」

まりあ「なんで出来てる私が出来てないこの
 こに付き合わなきゃなんないんですかぁ」

トニー「共演者は最後まで付き合うもんだ」

まりあ「私はトニーさんほど優しくありませ
 ーん」

トニー「おれは付き合ってもらってた方だけ
 どな」

まりあ「ええー、トニーさん落ちこぼれだっ
 たんですかあ?」

トニー「よく怒られてたぞー。そのたび共演
 者に付き合ってもらって、稽古終わっても
 自主練だ。おれもよく言われたよ、自分が
 思ってるより30度は首あげとけって」

歌手子「…(思い当たるふしがある)」

まりあ「変なアドバイス。その人いまも俳優
 なんですか?」

トニー「いや、死んじまった」

歌手子「それ…ベルナルド村松…ですか?」

まりあ「誰それ?ベルナルド笑」

トニー「なんで知ってるんだ?」

歌手子「いやまあ、風の噂で…」

まりあ「トニーさんはその人に教えてもらっ
 たんですか、お芝居」

トニー「教えてもらったというか…」

〜第4話につづく〜


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