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映画館体験

昔、映画はあくまでも映画館で観るものだった。
私にとって、映画館といえば名画座になる。

10歳代、のことは略す。その頃の映画(館)体験は殆ど記憶にない。
なので、20歳代、郷里を離れてからのことになる。1970年代後半から。
川崎で。(今は確かチネチッタとかいう名称になってたかな) 日本映画黄金時代の輝かしい作品の上映特集があった。
小津・溝口・黒沢・市川・木下・成瀬・山田・今村・大島・篠田・吉田・鈴木・ そういった撮影所出身の監督たちの作品を、列に並んで入場して観たのだ。
映画をみるのに列に並ぶなんてのは初めてのことだったし、映画が終わって拍手が起きたのも初めて経験した。 キラ星のごとくの映画監督たちの名前をアタマに刻み付けた。  以後、映画監督の名前でみたいかどうかを判断するような見方を何度かする様になった。
映画の凄さにショックをうけた初めての体験だった、といえると思う。
ATG映画も全盛だった。
村上龍や池田マスオ等が映画をとり、角川春樹が角川映画を出してきた。私にとって、角川映画といったら角川春樹製作映画なのだ。

ATG映画といえば、
眠くなった映画を思い出すな。
やはり、イングマル・ベルイマンだ。日本だと、大島渚のなんかも難しかったと思うし(儀式とか絞死刑とか)吉田喜重、松本俊夫も。

池袋文芸座によく通った。文芸座地下には、通路に映画のチラシが置いてあって、よくもらってきていた。 前売り券とかチケット売場では、映画関係の本とかも売っていた。
その店のわきに、ル・ピリエの入り口があった。 ここで、私は森田童子のライブをみた記憶がある。
ライブといえば、 確か金曜日には落語もやってたし、文芸座の方でも泉谷しげるや原田芳雄とかのコンサートをみた。そういったことをひっくるめて、文芸座体験、これすなわちすばらしい映画館体験、といっていいんじゃないかと、思っている。
五本立てとかの、オールナイト上映にも、何度も行った。池袋文芸坐は、いろんな企画を実行していた。
 池袋の文芸座が多かったが、あの頃は都内に名画座なる映画館がいくつもあり、安い料金で二本たてで映画が観れた。。
 新宿・昭和館、蠍座、渋谷・全線座、五反田?蒲田、 銀座並木座、上野、大塚、上板橋東映、早稲田松竹、飯田橋ギンレイホール、三鷹オスカー、自由が丘推理劇場、
 などなど。
 青砥や錦糸町とかの方へは行かなかったなぁ・・? 
名画座ではないけど。 千石に三百人劇場があって映画上映もしていた。そうそう、六本木の俳優座でも。
 岩波ホールは、?。入場料が高かった、と思う。(名画座に比べて) 
  たまぁにフィルムセンター。
 渋谷の明治通り沿いに天井桟敷があって、そこでも上映会があった。
四ッ谷にアンダーグラウンドセンター(だったか?イメージフォーラム)があった。

 情報雑誌のぴあが、まだ創刊されてから間がなく、ウスッペラなやつで、それをよく買っていた。

とにかく。
東京は、映画を映画館(等)で観ることができる環境が豊かだった。

私の映画教養のベースは、あの頃にある。

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