ぼくらは細胞である
このノートは、私のやったことについて思うところがあったので、それについて書いたノートです。
毒を吐きます。
先日、私は学校でしていた研究を外部に一部公開し、クラウドファンディング(polca)を通じて制作費の募集をしていました。ありがたいことに支援を何口かいただき、私の元には試作品をつくるのに問題ない程の資金が集まりました。
それと同時に、学校の先生には一切相談せずに即断即決で行動していたため、集まった資金についてゼミの先生に報告をしました。
以下、その時の会話です(記憶を頼りに書いているので正確ではありません)。
……
私「先生。YouTubeに研究の成果を紹介した動画を、一般公開しても良いですか?」
先生「それはどういうこと?それとどうして?」
私(私はYouTubeに動画を上げるのはpolcaで支援してくれた人たちのためであることと、polcaについて説明した)
先生「うーん…それはもうシステムについて全部公開しちゃってるということかな?」
私「いえ、概要についてだけですね」
先生「学校名とかは出してる?もしくは匂わせてる?」
私「それもしていないです」
先生「なら良かった…。あのね、まず研究を外部に公開するなんて話は聞いたこともないし、あり得ないことだよ。そして、学校や企業が主導してやっていることを外部に公開することもやってはいけないこと」
私「はい」
先生「私も職業柄、仕事と趣味がごっちゃになりそうなんだけど…でも、学校の資料を外部に公開したりしたらすごく問題だよね?きみがやったことはそういうことだよ」
私「すみませんでした」
先生「本来ならすごく問題なことなんだけど、そういうことは知らなかったんだよね?」
私「はい」
先生「それだったら今回は目を瞑るから、今後は組織としてやっていることと趣味でやってることは明確に分けるように。そして、集まってしまったお金についてはきみのポケットマネーとして使うように。」
私「はい。そうします」
先生「あと、今回のようなことは企業から見てもリスクになるから、きみのキャリアに悪影響が出るかもしれない。でも申し訳ないんだけど、このリスクについてはきみの行動の結果によるものだから、きみ自身が背負ってほしい。学校側で背負うこともできるけど、その場合は学校長にまで話が通ると思う。どうする?」
私「私の独断でやったことなので、そのリスクは自分が背負います」
先生「わかった。じゃああとはよろしく。引き続き開発頑張ってね」
私「ありがとうございます。すみませんでした」
……
先生はとても困った様子で私のやったことを整理してくれました。私個人としては、当システムは独自性の乏しい、車輪の再発明のようなものであるという認識をしていて、技術のキャッチアップ的なものと考えていました。
しかしそれをシラバスに組み込んでいる学校としては、ステークホルダーとの関係性やリスクマネジメントの観点から、看過できない行動であるのかもしれません。
なんにせよ私は組織で管理している範疇から超えた行動をしてしまいました。申し訳ないです。
学則や校則においては成果物の権利について一切触れられておりません。私がパッと調べて分かる範囲に成果物についての取り決めはありませんでした。なので著作権についてはプログラ厶部分はプログラマが、外装部分は設計者がそれぞれ有しているはずです。それでも学校が「ダメだ」といえるのは、
・問題あると判断したものについて学校長が決定をくだせる
・予算を出したのは学校
・場所を提供してるのも学校
・作る環境を提供してるのも学校
というわけだからで。
振り返ってみると、相談もせずに突っ走った私が全面的に悪いのですが、悪いからこそこうも思います。
群れとはなんと面倒くさいんだろう
と。作ったのは私たちなのに、なぜ他の人に裁量があるのでしょうか。影響力があるからでしょうか。監督する責任があるからでしょうか。
とかく、口では最もなことを何とでも言えます。
しかしそれがダルいです。
何度でもいいますが作ったのは私達です。組織にいるからこそ円滑に作れた側面もありましたが、組織にいるからこそこういった問題が起きます。
さて、私は叱られたときに「組織とはひとつの生き物なのだな」と思いました。そこに所属する私達は細胞です。
細胞が頑張らなければ組織は死んでしまいますが、細胞が頑張った結果は、組織の頭に該当するところが取りまとめて発表していきます。細胞は組織の中を巡り、やがて消えていきます。あとに残るのは「組織の成果物」。
厳密には細胞が作ったものですが、細胞はもはや主張することがないでしょう。いち細胞VS組織……この構図になることで、勝敗に関わらず細胞が大きく疲弊することは目に見えています。
細胞にとって組織に所属することが良いことなのかどうかは、みなさん次第です。一長一短なので良いことばかりではありませんし、悪いことばかりでもありません。
とまぁここまで妄想したのですが、細胞で例えるならば当然単細胞生物もいますよね。フリーランスの人や個人事業主。単独で生きていけそうな方々。
多細胞生物として生きたくないのであれば単細胞生物として生きていけば良いのではないか、となります。しかしこの世界にいる多くの単細胞生物は、本当は単細胞生物ではないのではないかと思います。
この世界のほとんどの単細胞生物は、結局は多細胞生物のもとへと還るような気がしているのです。つまり「単細胞になりたがっている多細胞生物の中の細胞」なのではないかと思うのです。
もうややこしくなってきたので例えるのはやめますが、会社に勤めるのもフリーランスとして仕事を受注していくのも、ライフスタイルとしてはしんどいような気がしているのです。群れるから。
ちょっと突飛ですが、みんな職人になればいいのになぁと思います。職人が単独で生きていけるとは思いません。群れることは人である以上避けられません。でも、組織のことで頭を悩ませる機会は、サラリーマンよりも少ないのではないかと思います。最小限の群れで、価値を創出することに注力できたらな、と思うのです。
今日もどこかで誰かが、嫌な思いをグッとこらえて仕事に向き合っています。
そんな人たちがもう今の場所で働かなくてもいいような世界を作るために、私はものづくりをしていきたいです。
あなたのサポートでHADOシャツを全色買って街を練り歩きます