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違法建築〈セルフビルド〉に泊まろうよ

 二〇二〇年三月、高知県薊野。そびえたつ無骨な白い建造物を前に、私は重いリュックをしょって立ちつくしていた。不思議な見た目をしたこの巨大な建物の名前は、「沢田マンション」(通称:沢マン)。なんと建築を学んだわけではない素人の夫婦が、建築基準法を無視して独自に建てた集合住宅である。ポジティブに言えばセルフビルド、有り体に言えば違法建築だ。増築に増築を重ねたその異様な見た目から、「高知の九龍城」「軍艦島マンション」ともよばれている。その日、私はその沢マンに泊めてもらおうとしていた。沢マンにはもちろん人が住んでいるのだが、空き室に宿泊することもできるらしい。ただその許可を得るためには、この建物の創造主にしてオーナーの沢田さんに会う必要がある。沢田さんがどこの部屋に住んでいるのかも、そもそも勝手に集合住宅に上がり込んでいっていいのかもわからず、途方に暮れていた。一階には無人の野菜売り場や、見たことのない巨大なマシン、マンションの共同掲示板などがあった。掲示板をよく見ると、「コロナ感染拡大につき、ツアーは中止しています」という文言が貼ってあった(ちょうどダイヤモンド・プリンセス号での集団感染が話題になっていた時期のことだ)。これでは、宿泊は断られてしまうかもしれない。

上の階につながるスロープ。

 しかし立ちすくんでいてもしかたがない。勇気を出して二階へ続いているであろう大きなスロープを登っていく。アスファルトも自分で敷いたのか、ぼこぼことして味わい深い坂道である。するとそのとき、私の後ろから自転車を押しながらスロープを上がってくる、マンションの住人らしき女学生があらわれた。このチャンスを逃すわけにはいかない。「すみません、このマンションに宿泊したいのですが......」と声をかけると、よくあることなのだろう、彼女は慣れた様子で「着いてきてください」と、私の前に立って歩き始めた。
 そこから案内された道はよく覚えていない。増築を重ねられたこのマンションでは、今何階にいるのか、今は屋外なのか屋内なのかなんて考えても意味がないのだ。個性豊かな造りの部屋の前をいくつも通りたどり着いたのはマンションの最上階、おそらく屋上へ延びている細い階段の前であった。「じゃあここで」と言われ、恐る恐るそのはしごのような階段を登ると……目を疑った。家がある。目の前にあらわれた広いスペース一面に草木が植わっており、あひるやにわとりが当然のように歩いている。その真ん中に、一軒家がどかんと建っている。そしてその家の縁側で、にこっと微笑んでいるのがまさに、オーナー沢田さんであった。あまりの情報量にフリーズしていると、耳元に生暖かい風が吹いた。ひっと飛びのくと、そこにいたのはケージに入ったミニブタであった。
 心配をよそに、沢田さんは明るく笑いあっさりと宿泊をOKしてくださった。一泊三五〇〇円とリーズナブルな値段である。「すぐ用意するわね」と案内してくださった部屋に入ると、外見からは想像できなかったが、木の壁が印象的なログハウス風のインテリアだった。懐かしい雰囲気のある部屋で快適に眠れそうだ。

泊めていただいたお部屋。

 そして翌朝。出発する前に、個別の部屋以外の沢マンの共有スペースを探索することにした。夜には気づかなかったのだが、沢マンにはさまざまな「遊び」のスペースが設けられていた。例えば四階(?)にはベランダのようなスペースがあり、小さな滝と池がつくられていた。

鯉が悠々と泳いでいる池。ここに住めば毎日いろんな生き物を見ることができそうだ。

なぜマンションの上の階に滝があるのか。一晩泊まった後は、もうそんな野暮な疑問は抱かなくなっていた。ほしいからつくる、ただそれだけである。セルフビルドの魂を感じることができる、貴重な宿泊体験だった。(文・クサナギ)


沢田マンション公式ホームページはこちら


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