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第13話 契約書の中で、当事者をどう呼べばよいでしょうか?

略称を作る(「定義」する)


日本語の契約書では、たとえば「株式会社甲東醸造所」という当事者の名前を、出てくるたびに全部繰り返すことはせず、(以下「甲東」と呼ぶ)といったように、略称を作ってそれを使います(このようにすることを、一般的に「定義する」といいます。以下ではそう呼びます)。

英文契約書でも同じことが行われます。次の例を見てください。カッコの中の "..." の部分が定義(略称)です。

当事者の略称(会社名)

契約書での定義の作り方

作り方には、幾通りかが考えられます。

① その当事者の会社の名前の一部を使う
上の例がそれに当たりますね。Inmarsat Global Limited が Inmarsat、ORBCOMM INC が ORBCOMM とされています。会社の正式名はそれぞれ3語、2語ですが、それが1語になっています(会社の正式名については第10話でお話ししました)。

なお定義を作るときにInmarsatのように頭文字だけを大文字にするか、 ORBCOMMのように全部大文字にするかは好みで決めて構いません。ただ、大抵は契約書を通じて、すべての定義語をどちらかの方法で書きます。このことは、定義する言葉が固有名詞でも、普通名詞でも同じです。

上の契約書では「発効日」は Effective Date、「当事者」は Party、Partiesとしているのに、ORBCOMM は全部大文字で、統一が取れていないと言えなくもありませんね。

② その当事者の契約中での役割、立場を反映した名前
次の例を見て下さい。カッコの中(ここでも "..." の部分)が定義です。これは当事者の契約中の役割にもとづいて作られています。

当事者の略称(役割)01

この場合は、それぞれ買主、会社、売主を意味する普通名詞に、この契約書中で決まった当事者を指す、という特別の役割を与えるのですから、頭文字を大文字にして、いわば「固有名詞化」することによって、もし契約書中に同じ言葉が出てきたときに区別できるようにしてあります。(☚これがポイント)

Purchaser、Company、Seller の各々はもし大文字で始めていなかったら、定冠詞の the があるとはいうものの、普通名詞にしか見えないことに注目して下さい。そう言えば Agreement もそうですね。

③ その当事者の会社の名前の、各語の頭文字を選び出す
広く知られている IBM という会社名は、International Business Machines Corporationという会社の定義、略称です。一般の取引の中でも、契約書の中でも IBM としているようです。NTT は日本電信電話株式会社の英文呼称である、NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION を定義としたものですね。
 
分かりやすければ、①②③のどの方法でも構いません。

1人の当事者には、定義は1つしか作らないのですか?

普通はそうなのですが、当事者が取引の中で複数の役割を持っている場合、たとえば「売主」でもあり、ノウハウの「使用許諾者」でもあるというときに、Seller と Licensor という2つの機能上の定義を与えて、適宜使い分けることもあります。読み易さが増すならよいでしょう。

色々な契約書に出てくる「守秘義務条項」では、その条項に限ってほかで使われている定義を使わず、開示者を Disclosing Party受領者を Receiving Party などと呼ぶことがよくあります。

8.1 Confidential Information
Confidential Information means any information obtained by a Party (the “Receiving Party”) to this Agreement from the other Party (the “Disclosing Party”) under this Agreement including, but not limited to, …       

和訳:
8.1 機密情報
「機密情報」とは本契約の一方当事者(「受領者」)が、他方当事者(「開示者」)から本契約下で取得する、以下のような情報をいう……

この条項中では両当事者とも、情報の開示者、受領者のどちらにもなりうるので、固有の定義では作文しにくいからです。もし固有の定義にこだわったら、いちいち「ライセンサー、またはライセンシーが……」などと繰り返さなければならなくなるでしょう。

そのほかに、当事者に各々固有の名前を与えつつ、それとは別に「当事者(Party)」という名前も与えることもあります。正確に言えば「本契約当事者」という意味です。

上の①と②でふれた実例がどちらもそうです。この場合も、もし party とだけすると、契約内のみならず、契約外のすべての当事者までを指すことになってしまいます。そこで大文字で書きはじめてあるのです。他の定義と同じです。

なお party の場合、1人の当事者に言及するときは、冠詞は a 、原則として全員のときは the とします。この冠詞の使い方についてはしばらく後の回で、詳しくお話しします。

<予告>
ちょっと寄り道ですが、次回から3回続けて、契約の準拠法についてお話しする予定です。


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