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高架下の少年

かわいいねえ

息子を連れて街中を歩いていると、声をかけられることが多い。そりゃそうだ、だってかわいいからな。

声をかけてくださるのは、感覚的に95%がおじいさまやおばあさま。残り5%が働き盛りの女性、という印象。

なので昨日、驚いた。

夕方スーパーに向かう途中、涼しく気持ちよかったので高架下公園に寄り道した。
ぼけっとしていると、小学2年生ぐらいの男の子が10mぐらい先からこちらに歩いてきて「こんにちはー」と声をかけてきた。

産後どころか、成人してから、見知らぬお子さんから挨拶してもらうという経験が記憶にない。なのでその時点でまず少し驚いた。お、おう!と、挙動不審になってしまった。

さらに、その少年はずんずん近づいてきて息子の顔を覗き込んだ。お、おう!?

「赤ちゃん、かわいいねー」
少年は、語尾にハートマークがつく声音で言う。横に広げた口から覗く不揃いな歯が、少年らしさを色濃くしていた。息子のほっぺたを、まだ丸みのある人差し指でつついている。

かわいいねー、かわいいねー。息子の眼前で言いながら、自分の頬を両手で思いきり挟んで、おかしな顔を作る。いないいないばあを繰り出す。

一抹の警戒心により、私はその一挙一動を注視するように眺めてしまっていた。一方で息子は、初対面の人に対しては珍しく、うふぁふぁ、とウケていた。

息子の意外なうふぁふぁに少し驚き、私はうっかりスマホを足元に落っことした。少年はサッと拾って「はい!」と渡してくれた。ありがとう、と伝えた。

そして「バイバーイ」と足早に去っていく少年。去り際に「気をつけてねー」とこちらに気遣いの言葉も投げてくれた。彼の後ろ姿に手を振った。
ほんの1分ほどの出来事だった。


ちょっと警戒しちゃってごめんね、少年。息子のことを叩いたりする子だったらどうしよう、とか思っちゃったんだ。これまであんまり、あなたぐらいの年齢の人に話しかけられることがなかったから。


高架下公園を出てスーパーに向かっていると、楽しさとか嬉しさが時間差で去来した。息子と10も離れていないぐらいの年頃の、通りすがりの少年が、当たり前のように挨拶してくれて、息子を可愛がってくれたのだ。


ところで、この話はここで終わらない。パタパタと作用していく。

というのも、くだんの出来事により軽く鼻歌を歌いたくなるぐらいの気分になった私は、仕事から帰ってきた夫に向ける笑顔がいつもの5%増しだったかもしれない。その微妙な変化には気づかなかったかもしれないが、いつもより深く眠れたかもしれない夫は翌日、期限遅れで必要書類をメールしてきた同僚にも、寛容な返信をしたかもしれない。胸を撫で下ろした同僚は、上司の愚痴をいつもより親身に聴いたかもしれない。愚痴を聴いてもらってスッキリした上司は、家に帰ってからいつもより多く家事をこなしたかもしれない。家事負担がいつもより軽くなった奥さんは、いつも以上に子どもにやさしく接したかもしれない。その子は翌日、いつも以上にやさしい振る舞いで人と接するかもしれない。たとえば、にっこり挨拶してみたり。

ただの妄想です。
連鎖を妄想すると楽しい。ピタゴラスイッチを彷彿とさせる。

明日は私が何かのスイッチになってみたい。今日はなれていたのかな、どうかしら。

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