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関心領域 The Zone of Interest

A24制作の映画「関心領域」を観て、そのときに感じたことを忘れたくないと思ったので残しておきます。ネタバレや一部の詳細な描写を含みます。

あらすじ:
アウシュビッツ収容所の所長とその家族が、収容所に隣接した邸宅で”理想的な生活”を築こうとしているーー。

感想:
“日常”を描くことに徹底的にこだわっている作品。

幼児を抱きながら庭に咲いた薔薇の香りを嗅がせる母親、ケーキを食べる間ずっと泣きつづける乳児、部屋に入っていく飼い主を追いかけて不安気に鳴く犬、おぼつかない手で小さなフィギュアたちを並べる少年。夫婦は眠る前にイタリア旅行の思い出話をしながら「またイタリアに行きたいね」と微笑み合う。週末には、手づくりプールに招かれた近所の子どもたちが楽しげに声を上げる。

裕福なことは明らかだが、穏やかで、しかも完璧すぎない日常がそこにはある。

ただし、子どもが並べていたフィギュアはすべて銃を抱えた軍人で、階下のリビングではセールスマンが熱心に収容所の新たな設備を父親に売り込んでいる。美しい庭には収容所と邸宅を隔てる高い塀が設けられ、夫婦が談笑を交わした次の朝にも収容所からは悲鳴が轟く。悲痛な声の多くは、子どもや女性のもののように聞こえる。

ある時、夫が転勤と転属を命じられる。美しい邸宅と庭での安定した暮らしを築きあげた妻は激昂する。ヒトラーに直談判してよ! 「馬鹿げたことを言うな」。 あなたは単身赴任して。私はここで子どもたちを育てる。と、あくまでも生活を変えたくない妻。10代の頃から思い描いていたような生活だと言う。「子どもたちもここで生活して健康で幸せだし」。

日常って、これでいいんだっけ? 「関心領域(The Zone of Interest)」というタイトルが、そのすべてを物語っている。

「ブドウの木をもっと植えて塀を覆うつもり」。目を逸らしていたい。塀の向こうがわで起きているであろう現実に気を向けければ、日常を演じてさえいれば、こちら側の世界は満ち足りているから。

この作品で、塀の向こう側が直接的に描かれるシーンはほとんどない。それなのに観ている側はずっと塀の向こう側に気が向かい、一家の日常を皮肉的に見つめてしまう。塀の先では、非道理的に理不尽に命を奪われている人、いつ自分の番かと怯えている人が大勢いるのに何を呑気に、グロテスクな振る舞いだ、と。

そうして気づく。これを観ている現在の私たちの”日常”は、塀のこちら側にある。一家に向けていた冷ややかな目線は、途端に自分に返ってくるのだ。

作品の終盤に映るのは、現在のアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館を清掃するスタッフたち。この物語がフィクションでないことを知らしめるように。殺された人たちの大量の服や靴が飾られる中、清掃は淡々と進む。私はまたそこで、”日常”の歪さに打ちのめされる。

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