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第21回絵本まるごと研究会

はじめに

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 第21回絵本専門士による絵本まるごと研究会を担当させていただきました 第6期絵本専門士の森慶子です。徳島大学医学部にて専門研究員・非常勤講師、鳴門教育大学嘱託講師をしております。絵本の読み聞かせの研究にて、兵庫教育大学博士課程を修了し、博士号を取得いたしました。今回はその研究の内容の一部を発表させて頂きました。鳴門教育大学大学院の余郷裕次教授に師事し、絵本の持つ効果を学ぶ中で、絵本の読み聞かせを行ったのち、リラックスしたことを、鼻の温度計測という生理的指標を用いて、明らかにした増田梨花(2010)や、読書療法として、入院患児に対して絵本の読みあい活動を行い、心のケアを行っている村中李衣(1998)などの報告を知ったことより、絵本の読み聞かせには、リラックスできる効果があるとの仮説を立てました。そこで、絵本の読み聞かせの効果を科学的に検討したいと考えました。徳島大学医学部教授の主人が脳機能研究を行っていることより、共同研究として、絵本の読み聞かせを聞いている時の脳活動を計測しました。

NIRS 写真

 また、教育現場において、中学生に対し、教師による絵本の読み聞かせを継続的に授業の開始時に取り入れたところ、不登校がなくなり、学力を育てるのに有効とした谷木由利(2011)の実践を踏まえ、実践研究にも取り組んだのです。まず、ボランティアが中学生に対して長期間継続的に絵本の読み聞かせを行った後に、中学生によって書かれた感想文の分析を行いました。さらに、教師が授業の初めに5分間絵本の読み聞かせを行い、2か月後に中学生によって書かれた感想文の分析を行いました。これらを、質的研究の一つである修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified-Grounded Theory Approach以下M-GTA)により分析しました。

1.脳機能研究

 近赤外光トポグラフィ法(near-infrared spectroscopy以下NIRS)を用いた絵本の読み聞かせ聴取時の計測を行いました。従来の研究では、好きな音楽聴取した際(須田一哉ら 2006)や、快情動の写真を見た際(星詳子 2010)に、脳活動の指標である酸素化ヘモグロビン濃度(oxy-Hb)が減少したとの報告があります。反対に、不快な写真を見たときや、音読や計算をした時には、増加するという報告があります。
 我々の実験では、『だいじょうぶだいじょうぶ』(いとうひろし作 講談社)を使い、絵本の読み聞かせを聴取した際の前頭前野の脳反応を、NIRSを使用し計測し、解析しました。その結果、前頭極において、oxy-Hb濃度の減少が見られ、同時に行った心拍変動解析や、心理尺度の結果と合わせて考察すると、絵本の読み聞かせ聴取時に、精神の安定がもたらされ、リラックスしていることが明らかになりました。

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『だいじょうぶだいじょうぶ』(講談社 1995)
文・絵:いとうひろし

 前頭極は、DMN(Default Mode Network)デフォルトモードネットワークの中核をなす部位であることより、前頭極におけるoxy-Hbの減少はDMNの抑制を反映している可能性があることが示唆されました。絵本の読み聞かせに没入することで、マインドワンダリング(雑多な思考)が抑制されると考えられたのです。このことより、絵本の読み聞かせを聴取することは、DMNの働きである自己内省や、過去の記憶の参照などによる負の情動を抑制して、意識の切り替えが可能であり、ストレス軽減の可能性があると考えられました。つまり、絵本の読み聞かせを、学校において行えば、ストレスによる不登校等を予防する可能性があると考えたのです。そこで、学校における実践を行いました。

キャプチャ

2.絵本の読み聞かせ聴取後、中学生によって書かれた感想文の質的研究

 中学生に対する読み聞かせは十分に浸透しておらず、その効果の分析研究もほとんどありません。また中学生は、不登校の増えてくる時期で、精神的な支援が必要とされる時期でもあります。中学生に対して、絵本の読み聞かせ活動を行い、中学生の感想文を質的に分析することにより、中学生にどのような影響がもたらされたかを明らかにし、絵本の読み聞かせ聴取時の脳反応の結果を学校教育へどのように応用することができるか検討しました。
学校における絵本の読み聞かせの実践の教育的効果を明らかにするために、継続的に絵本の読み聞かせを聴取した中学生が書いた感想文をM-GTAにより分析しました。

➀.ボランティアによる絵本の読み聞かせ実践(毎週朝10分)、1年間 総数644名
②.教師による絵本の読み聞かせ実践(毎国語の授業冒頭5分)、2か月間 総数149名 

 その結果、中学生に対し、授業の導入部分において絵本の読み聞かせを継続的に行うことは、以下のようなメタ認知を促す効果があることがわかりました。

・絵本に集中し、心が落ち着き、ゆったりとした気分になり、心が満たされたりし、自己肯定感を醸成する。
・授業にはいるための頭の切り替えにもなり、授業にもよく集中できる。
・教師との心の交流が行われている。
・幼少時は気づかなかった部分に気づき、考えが深まるとともに、多角的な視点から見ることにより、作者の世界観という概念を獲得している。
・自分の成長による考え方の変化に気づき、絵本の読み聞かせの効果に着目し、成長した自分を客観視することによる、実際の自分の行動の変革、将来への展望などの意欲の高まりを生じる。
・ボランティアによる絵本の読み聞かせの場合の効果では、情動面に働きかけ、感謝の気持ちを表明するとともに、自分の内面を客観視する効果が認められた。
・教師による国語の授業で行った絵本の読み聞かせの場合では、読み手の好印象、精神の安定、心情理解、対人理解・実生活への応用、想像力・思考力・理解力の向上などの効果が認められた。
・国語の教科担当教員が読むことによって、教科学習における意欲や認知が高められる効果が認められた。他教科においても担当教員が読むことにより、その教科に対する意欲や認知が高まる効果があると推測される。
・絵本の読み聞かせを教師が行うことは情動知能を高める効果がある。
・絵本の読み聞かせは、中学生の心のケアに効果的であると考えられた。

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おわりに

 絵本の読み聞かせの持つ効果を、脳機能研究というアプローチと、教育現場における実践を通じた質的分析にて、考察してみました。以前は、ただ何となく、絵本の読み聞かせを聞くと落ち着くとか、リラックスするとかの感覚的なものでしか表現できなかったものでした。今回、脳機能測定により、科学的に明らかにすることができました。また、実験室の検査に終わらず、実際の教育現場における生徒の感想文を分析したことで、絵本の読み聞かせの教育的な効果も明らかになりました。  
今後は、より多くの方に実践していただいて、また検証を重ねていきたいと思っております。実験に参加されたい方募集しております。徳島大学まで来ていただけましたら、NIRSにて脳機能測定いたします。ぜひお越しください。

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引用・参考文献
木下康仁(2003)『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践 質的研究への誘い』弘文堂
須田一哉・森 悠太・山岡 晶・八田原慎吾・片寄晴弘(2006)「f-NIRSによる音楽聴取時の没入感に関する検討」『情報処理学会研究報告』 2006(19) pp.41-46.社団法人情報処理学会
谷木由利(2011)「人と学力を育てる絵本の読み聞かせ(ことばの力を育てる絵本と国語教育)」,『国語科教育』,69:pp.9-10
星詳子(2010)「気分の担う前頭葉の働き」『体育の科学』vol.60 No.4 pp.250-254
増田梨花(2010)「絵本の読み聞かせによる幼稚園児の鼻部皮膚温の変化」『自律神経 』192.
村中李衣(1998)『読書療法から読みあいへ―「場」としての絵本』,教育出版.
森慶子(2015a)「絵本の読み聞かせ」の効果の脳科学的分析 - NIRSによる黙読時,音読時との比較・分析-」『読書科学』Vol.56(2),pp. 89 -100 .
森慶子(2015b)「中学生に対する絵本の読み聞かせの効果の研究―ボランティアへのメッセージ文の分析」『月刊国語教育研究』50,No.520,pp.50-57.
森慶子(2017)「絵本の読み聞かせの教育的効果の研究-NIRSによる脳反応の解析と学校における実践の質的分析を中心に-」兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科博士論文
http://repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/17570/1/%E6%A3%AE%E6%85%B6%E5%AD%90%EF%BC%BF%E6%9C%AC%E6%96%87pdf.pdf
森慶子(2019)「読書活動への脳科学的アプローチ」『読書教育の未来』第2章 2 日本読書学会 ひつじ書房

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