『僕の事』
「ヨーロッパではさ、人間を創るみたいな、神がやるべき行為と同じことをやってはいけないっていうキリスト教の考え方があって、人間型のロボットを作ろうとはしないらしいよ。この国ではよく二足歩行で、顔が人間みたいなロボットが開発されてるのにな」
毎週一度行われる健康診断の待ち時間に、Bはそう言った。この国は人型ロボットを世界で初めて作った国で、その分野では、最先端らしい。
「次––」
Bは僕の一個前に並んでいたので、僕に手を振りながら、部屋の中に入っていく。
週に一度は健康診断がある。ここにはもう一年くらいいるから、100回以上は健康診断を受けてきた。すっかり習慣化して、辛くも何ともなく、新鮮さが無い。
この寮に入ってから、生活は一変した。自由奔放な生活を捨て、大人たちに管理された生活になった。決まった時間に起床して、健康的な生活を送り、学びもする。
都会からはちょっと離れたここで、寮生活を行うというのは、最初は抵抗があった。自由に社会と触れながら暮らしたかった。でも、社会から隔絶されたこの地で生活するのも悪くないとやがて思うようになった。これは、大人たちに洗脳されたからそう思っている訳じゃないと、思う。
なぜ人間は人型のロボットを作るのか、考えたことがある。もし仮に、人間が人間そっくりのロボットを作ったことで、人間を超越してしまったら、もう人間の存在する意味は無くなってしまう。あのアニメのように、実権をロボットが握り、労働も消費もロボットがおこなっている世界は、人間にとって恐ろしいはず。
人間にそっくりなロボットを作る理由は、「人間という明確な目標」があるからだと、とある研究者が言っていた。でも、ロボットを人間に近づけようとすればするほど、永遠に近づけない。しかし最近は、コンピュータの進化で、ロボットが人間とコミュニケーションを取ったり、高性能になっている。
そんなことを思い出していると、
「次––」
と呼ばれ、僕は部屋に入って行く。
その日から、ふとした時間になぜか人型ロボットについてずっと考えていた。Bの教えてくれたことがなぜか忘れられなく、人間とロボットの関係をずっと考え続けた。
あれから二週間が経ち、もうあれから二回も健康診断を受診した。もちろん異常は無し。ちなみにBはこの二年間で一度も不良の無い、優等生だ。
寮の庭で遊んでいる下級生の姿を眺めながら、ベンチに座っている。こうしてここで落ち着いて過ごすことは、この寮での生活の、ほんの少しの安らぎの時間だ。他の時間は、常に何かに神経をすり減らしながら生活している気がする。
いつもこの時間、隣にはBがいる。彼のせいで僕はここ二週間、ずっとロボットと人間の関係について考えることになった。このことはもうずっと考えているから、そろそろ結論を出したいが、そんな簡単な問題じゃない。
また頭を悩ませていると、不意に隣にいるBが僕の肩を叩き、
「突然だけど俺、とうとうここから出て行くことになった」
と、僕の顔を見ながら言った。
「俺、かなり健康体だから、普通よりも早くここを出て行かないといけないらしい。異常がないのは喜ばしいことだけど、急に別れが来るなんて思ってなかった」
返す言葉が見つからなかった。入寮からずっと一緒に過ごしてきたBとの別れが突然に来るなんて夢にも思っていなかった。本当は三年間、ここで過ごすはずなのに。
健康体だから早く出ていくなんて、どういう気持ちになればいいのか分からなかった。
「俺たちロボットはさ、一つもエラーのない優良な個体がどうしても重宝されてしまうんだよ。しょうがないんだ。だから悲しまないでくれ」
その言葉で、僕は自分がロボットであることを思い出し、悲しまなかった。