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連載『アラビア語RTA』#7

エジプト留学中の冬休み、1ヶ月間全くやることがなかった。この機会を使って、アラビア語の勉強をすることにした。雨の降り頻る冬のアレクサンドリアにて未知の言語にこれまで得てきた知識を使って立ち向かい、そして敗れた1ヶ月間の記録。

#1はこちら


2022年の12月31日はあまりにも唐突に訪れた。それは私が驚異的な集中力で勉強していたとか、現世に頓着しなくなったなどという理由ではない。日本ではクリスマスから一気に年末ムードがあちこちに漂い始め、いやでも一年の終わりを感じるようになっているが、ここエジプトでは、クリスマスもさして祝わないし、年末も重要ではないため単純に気付かなかったのだ

テレビではいつもと変わらずサッカーの中継をしていた。おじさんたちは街のアフワ(カフェ)でシーシャを吸いながらそれを見守っていた。街には申し訳程度のクリスマスの装飾がなされている。

この日私は、年を越すために幾つかの目標を立てた。

1. 溜まっていたレポートを書き上げる
2. シーシャを吸う
3. 美味しい夜ご飯を食べる

その年のうちのその年のことを書いておこうなんて思ったわけではないが、記憶が鮮明なうちに書いておきたかった。そしてそれが終わったら前々から吸ってみたかったシーシャを試してみようと思った。自分にとってシーシャは日常的に必要なものではなく高級なものであり、特別な日に吸うものである。吸おう吸おうと思っていながら、ずっと吸っていなかったので今日吸うことにした。

あとは洗濯物を洗濯屋に、17:00に取りに行かなければならなかったので、それまでに1と2を済ませて、洗濯物を洗濯物を取りに行った後、美味しいご飯でも食べようと思った。

朝10時ごろに起床し、オールドストリートカフェに向い、レポートを書き始めた。午後の4時に差し掛かる頃には書き上げることができた。もちろんその間ずっと集中していたはずもなく、グソゲー、インスタ、LINE、WhatsAppを行き来しながらやっとの思いで書き上げたのだった。年末ということもあり両親にも電話をかけたが、時差があり、そこにはもうすでに酔っ払った両親と兄の姿があった。「そうか、日本では着々と年を越す準備を終え、最後の仕上げにアルコールを摂取しているのか」と感心した。「そういえば今日は大晦日だったな」と起床してから気がついた私とは極めて対照的だなと思った。

レポートを書き上げた後には、シーシャを頼み、ぶくぶくしてみた。なるほど。こんなもんか。特になんの感動もなかった。唐突にディズニーランドでジャンボリミッキーを踊りたいような気分になっていた。通俗的で商業的な空間に身を置きたかった。エジプトのアレクサンドリアでシーシャを吸っている自分をうまく受け入れることができなくなっていた。


黄色の部分はレモン味で、緑はミント味である。

それはあまりにも日本から離れた結果だった。それは大晦日に何も感じていない自分への最後の警告だった。それは受験や大学、そして就活、さらに新年、大晦日といったものからの決別しようとする自分と、それに対する最後の反発だった。

”今ならまだ間に合う”

16:30になると私は勘定を払い、洗濯屋へと向かった。街は人通りが多かったがそれは多分土曜日だからで年の瀬であることとはあまり関係がない。洗濯屋は入り組んだ小道の先にあるが、私はもう迷わない。店先には若い店主がいた。浅黒い肌と短く切り揃えられたヒゲは左右のもみあげを顎髭を経由して繋げていた。綺麗な二重と、鋭い眼光が特徴的だった。

「俺の洗濯物できてる?」
「ああ、できてるよ。ちょっと待ってな。はいよ」
「ありがとう。一個聞いていい?」
「何?」
「もし、乾燥だけじゃなくて洗濯も頼んだらいくらになるの」
「料金を倍もらうよ。だけどね。僕はもう今日で店を閉めるんだ。新しいキャリアを追うのさ。だから君の洗濯物を洗ってあげることはできない。残穢んだけどね。
「洗濯屋をやめて何をやるのさ」
「まだ決めてないよ。だけど、今日店を閉めることだけは決めてるんだ」
「英語が喋れる洗濯屋がいなくなるのは残念だよ。だけど、君の将来を応援しているよ。じゃあ、また。」

返却された洗濯物からは、アラブの匂いがした。自分の持ち物の全てがこの土地の匂いに染まった。

私は夕食をできるだけちゃんとした店で食べようと思った。年末なんだ。ちょっとくらい贅沢してもいいじゃないか。そう思って、近くの有名なシーフードレストランへと足を運んだ。

レストランの一階には、大量の氷が敷き詰められた台があり、その上にさまざまな魚介類が所狭しと並んでいる。客はその中から好みの食材を選んで、任意の調理方法で料理をしてもらえる。私は大きなエビを4匹とイカを一杯注文した。両方とも揚げてもらうように頼んだ。

2階の席に座り、しばらく待つと続々と料理が運ばれてきた。フライ以外にも前菜としてサラダやパン、タヒーナなどがついてきた。目の前に並べられた色とりどりの料理は寂寥感しか生まなかった。なんたってこんな身の丈に合わないことをしているのだろう。こんな贅沢な料理を一人で食べても全然美味しくなかった。確かにエビのフライは世間的に見ると美味しい部類の食べ物に分類されることだろう。頭はパリパリで香ばしく、中にはぎっしりミソが詰まっていた。身の部分も殻がむいてあるため食べやすく、シンプルな味付けが旨みをより際立たせていた。イカも同様に美味い。美味いのだが食事としての満足度は極めて低かった。


食事が終われば、帰路に着く。クラクションが鳴り響く夜の街を、洗濯物を抱え一人で歩いた。この世界に別れを告げたいような気分になった。グッドバイ、世界。

私はきっと2022年から2023年に進むことはできないのだろう。そんな予感がした。その夜、私はカウントダウンを待たずして眠りについた。


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編集後記
まあ、こんなこと書いてますが、私は無事に2023年にいくことができました笑。なんなら今は2024年ですね。この時はおセンチな気分だったんですよ。とにかく。それでも色々思うところはありました。現実世界から乖離していく自分の感性や常識といったものを今までは無自覚的にやり過ごしていましたが、この年末というタイミングでそれが顕在化したわけです。ここからだいぶ時間が経って、サファリホテルという安宿に寝泊まりするようになっからは、そんな状況をむしろ楽しむようになっていきました。しかしそれはまた別のお話。

サカナクションのグッドバイという曲が好きです。


この曲は、大衆、つまり「常識的」な価値観やそれをもつ人々と決別し、マイノリティとして生きていく決意の曲でもあると解釈しています。そんな曲がこの時の自分に勇気をくれました。一度聴いてみてください。

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