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ここ最近、愛が必要だと何かから言われている気がします
人との関わりの中でとか、地球人類の存続のためとか
個人の問題から、大きな問題まで
全部に愛がいるって
愛がいるというか、感じていると、ほしいものがふってくるような感覚になるんですね、フシギ
クサい話じゃなくて、現実的な話なのです

まず、愛の定義とはなんでしょうか
一般的な愛の定義はこんな感じです

そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持。
かわいがり、いつくしむ心。「子にそそぐ―」。いつくしみ恵むこと。「神の―」。いたわりの心。
 「人類―」
大事なものとして慕う心。
 「母への―」。特に、男女間の慕い寄る心。恋。
その価値を認め、大事に思う心。
 「真理への―」

Oxford Languages


べつに間違っているとは思いませんが、切り取りすぎていると思います
わたしが一番近い感覚なのがエーリッヒ・フロムの定義です
これも少し切り取った感じがしますが

愛とは他者の中に能動的に入っていくことである。 「結びつく」行為においてこそ、私はあなたを、自分自身を、そして他のすべての人を知る。 愛の行為、私自身を与え、他者の中に入っていく行為において、私は私自身、相手と自分の両方を、さらには「人間」を発見する。

それから、まったく切り取らずに言った場合の愛はこれです
わかる気もしますが、わからない気もします

愛は万物の命の根源であり、また、命が各々の魂を成長させて向かうべきところでもあります。
人間や動物、植物など、この世に存在するすべての命、その1つ1つが、大いなる魂のふるさとからやってきた1粒1粒の粒子。この1粒1粒の粒子は、魂を成長させ今世での使命を果たすと、また大いなる魂のふるさとへ帰っていきます。
つまり、すべての命、すべてのエネルギーの根源であり、すべての魂のふるさとが「愛」である。

ホギホギ編集部


わたしは結構最近まで、愛について考えたりすることを
意図的に避けてきました
なぜかと言うと、わたしは愛に対してコンプレックスがあったからです
わたしは愛を感じる能力を欠いていると思っていたし、だからこそ愛は必要なものではないと思っていたし、そもそも愛について考えるには経験が足りなさすぎて、捉えきれない
と、思っていました
愛について真剣に考えるとなると、精神状態が良くない場合は、どんな情報も心底な絶望感へと変化してしまうというリスクがつきまといます
そのようなことも理解して、また愛について考えるということの恥ずかしさなどから、意図的に避けてきたのだと思います

愛について理解したと言える日はまだ遠いと思いますが
愛の必要性については、ここ最近でかなり理解したと思っています



愛が必要だと何かから言われている気がする
と表現しましたが、これを言葉のまま理解されると
妄想かなにかの精神症状かと思われそうなので
この感覚についてもう少し詳しく書きます

ここ最近で、いろいろな物事、出来事に対して
愛の必要性を説かれていると感じることが多いのです
なにか特別なことがあったわけではなくて
それは、わたしが理解したいと望み始めたため
様々なことを愛の必要性という視点で見ることになったから
気がついたという言い方になるのでしょうか
ただ、愛の必要性を理解したいと望み始めた
というのは、なぜなのか分かりません
それが必要だったからだと思いますが
その判断をしたのが、過去か未来かわかりませんが、自分なのか、それとももう少し大きな意識なのか
そこがわからないので、何かから言われている気がする
という表現になりました
詳しく書いた方が、妄想っぽくなりましたか
わかりませんが、正常な感覚にて
愛が必要だと感じるに至ったという主張がしたいのだと
思ってください
ほんとうはそんなことはどうでもよくて
わたしが愛の必要性を理解したという事実が大切なのですが、やっぱりまだそういう細かいところへの執着は少し持っているようです


これから、愛の必要性を感じた具体的な場合についていくつか書きますが
なにか特別なことがあったわけではないので
書き尽くすことはできないし、とくに脈絡もないですがご了承


1.YouTubeからの情報
主に、ナオキマンシショーの動画ですが、これまで視聴したことのある動画ばかり、なぜかおすすめ欄に出てくるようになりました。Googleなどで自ら調べ物をしていたわけではありません。最近よく言葉にしたことが、ツイッターや、YouTube、広告などに出てくるのでアイフォーンに盗聴されているなと思ってはいましたし
思考していたことがそれらに出てくることはよくあったので脳みそとアイフォーン(電波)が繋がっているんだろうなとは
思っていましたが
言葉や思考よりも先をいかれた感覚でした
愛に直接触れているもので、以前は
よくわからないも思えた動画から、必要性を感じたり
全く関係ないと思われる動画も
愛の必要性の理解を深めました

おすすめ欄から動画を視聴すると、その関連動画が出てくるので、更なる興味を持つことになります


2.新生児をかわいいと思えないことへの疑問
わたしは、新生児に対して無条件にかわいいと思えないのですが、母性看護学実習にて、母と児の関わりを通して
その理由を考えることに徹しました
答えは簡単で、母と児は互いが生きるため、また種としての繁栄のため、関わりの中で必ず愛着形成を相互作用にて促進しているため
というものです
なので、無差別にかわいいー!というおんな達の方がよく分からなくて、わたしの方は、とくに理解しがたい思考ではなかったということです
そこから、親子の関係に愛おしさを感じ始めるました
きっと、以前のわたしなら
新生児、かわいくないし、わたし親から愛なんてもらってないし、親子の看護なんてわかんないし、おもしろくない
と、否定からはじまって、否定に終わっていたと思います


3.SNSを意図的に断った
なんとなく世界での居心地が悪いように思えて
その原因がSNSな気がして、大きなインスタグラムを二週間くらいかな?開いていません
小さなインスタグラムも、連絡用のみに使っています
Twitterも、いがグリオのものだけ、見るようにしています
また、しょうもないだろと決めつけて意図的に関わりを避けてきた人とも関わるようにしました
その結果、わたしはSNSだけでなくて
現実でも案外認められる、さらには求められる
ということに気が付きます
そして、生身の人間、SNSを介さない関わりのなかで
認められる、求められる、求められたことに応えられている
という感覚が、とっても心地いいものだと感じました
それによって、もうすこし深く(濃くというのかな)関わりたいなと思っていた人と自ら距離を詰めようとすることへの恐怖心が消失し、ほんの少しですが、わたしの人との関わり方が変化しました



ここまでの3つは、脈絡はゼロではないように感じます
ですが、わたしができるようになったからふってきた
また、できるようになれそうだからふってきた
ふってきたことを柔らかく感じることができる状態だからふってきた
そのように思えてならないのです
1だと、盗聴や思考の抜き取りみたいなことに不快感を覚えなくなったのはここ最近のはなしです
だから思考よりも先のようなものに抵抗感がなくなった
2だと、もう書いてありますが、以前の状態だと
否定に始まり、否定に終わっていたと思います
否定もない、無理に肯定しようとしたりしない純粋な疑問として持てたから、気がつけたことだと思います
3は、人との関わりについて理解しようとして行ったことではなく、不快な思いを断ち切るために行ったことでしたが、結果的にそうなりました


ではここからは、もう少し脈絡がない場面について書きます
順序もないので箇条書きで並べます

・雨が続くことをありがたいと感じる
・雨の音が素敵だと感じる
・かかわりが愛おしいと感じる
・水と触れ合う時間が長く感じる
・恐怖や不安がない、コントロールできる範囲にある
・自分自身の容姿に対して、貶めるためのものではなく、表現するためのものであると感じる
・食事がたのしい
・手に入れるのではなくて、持っているという感覚


キリがないというか、当たり前のことになっていて
書き出すのが難しいので
あとあと足していきます



現在わたしの愛への理解は
フロムの定義から、もう一歩切り取らないものへと
進みつつあると思います
ただ、理解しようと何か大きな行動を起こしたり
書物を探し回る必要はないと思っています
それらは、不足しているという間違った感覚を呼び起こす原因になるからです
できるようになったときに
必要になったときに
ふってくると思うので

今気が付きましたが
これは、世界はわたしがつくっている論の到達点とも言えるし
すべてはビッグバンの時点でただそこにあるという話の
到達点とも言えますね


何を言ってるんだか
でもポジティブになるから聴いておこうと思って去年の秋か冬ごろからずっと聴いていたこの2曲
やっとすこし理解しました
やっぱりレゲエはラブとピースの音楽です

ライドオンと、オリジナル


あと、わたしが生きている間に
言霊が観測できたように
もっと技術が進歩して
愛が物理的に観測できるようになったら
面白いなあと
考えています
そしたら、AIとかドラえもんとかに愛の感覚を持ってもらえたりして、地球がこわれないために人間を殺すとかそんなこわい予測もなくなるかもしれない
でも地球をこわしそうなところまで来てるわたしたちは
たぶん、慢性的な愛不足、愛を感じる能力不足だから
観測よりも、ドラえもんよりも
まずはそこからどうにかすべきなのかも

あ、はじめはちゃんとした文章にしようと思ったけど
忘れていた
なんか途中からテキトーになった気がする
まあいっか

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