金曜日の魔力

電車にて帰路につく。金曜日の夜、終電近くの頃。沢山の人々を乗せながら電車は動くものであるが、その中でとりわけ1組の男女に目が行った。

つがいの内片方は、愛想のいい女性だった。知り合いに似ている。なんだかわからないけど似ている。愛想がよく、節々のコミュニケーションの中にユーモアを織り交ぜているところが似ている。そしてそのユーモアがおおよそ万人受けするであろう軽い尖り方なのも似ている。にこにこしている、そこも似ている。

男性はどうだろうか。前髪を上げたマッシュヘア。日に焼けた肌。さわやかな印象を受ける。体格は中肉中背といった感じで筋肉が多量に積載しているゴリゴリ系統の感じではない。どちらかというと肉弾戦的なスポーツよりかは、マラソンのようなものが似合うそんな男性だ。

帰りの電車だからか、今日の感想やら、今日あった話題を再度掘り返してそこへのコメントなどをしている2人。和気あいあいとしており何とも心地よさそうな空間が流れている。なお、私はねじれの距離にて観察をしている。女性の家は遠いいらしい。「帰るのが大変、最寄りまで来てよ。で、来てもらったけどそこで解散ね」とふざけて女性がいう。男性はそれに対して何かを言ったが忘れた。とにかくふざけあいというかこじゃれ合いみたいな雰囲気がそこにはあった。帰るのが何となく惜しまれるような掛け合いが繰り広げられていた、という事だ。

とはいえ、あくまでも冗談ベースでの掛け合い。そのじれったさにしびれを切らしたのか、それともその冗談ベースの掛け合いが男の何かを刺激したのかは分からないが、動きがあった。「もういっぱい飲もうぜ」と男がいう。真顔過ぎると空気感に溶け込まないからか少々おどけていう。しかし、言葉尻は確かな意思を感じさせる強さがあった。

たしかにお互いはじゃれあっている、どうなるのか気になるな、とペッティングのようなコミュニケーションを先ほどまでまざまざと見せつけられている私は思った。そしてこれが金曜日の夜の醍醐味だなとも思った。
男の誘いに対してギアの変化を感じ取り断る女。「終電なくなるし、辞めとこうよ」という。男は攻撃を緩めず、「明日休みだしさ、飲もうぜ!」と元気に後押しする。
そのようなコミュニケーションの中で数駅通過していく。どうやらその中で、男は終電をなくしたようだ。女が男が降りるべき駅で降り忘れた事に言及し踵を返すよう促す。しかし、男は終電を逃したことに対してなんの戸惑いもない。むしろしめしめとすら思っている様に感じられる。
終電を逃したという既成事実が第2ラウンドへともつれこむ寄与になることを男は意識的に感じているからだろう。
男は終電を乗りそびれたのではなく、それを拒否したという方が適切かもしれない。
思わせぶりな最寄り駅に来てよ、という発言をしていた女も男が本気になるととにかく断りだす。

二人の間に流れる雲行きには怪しさが生まれる。

程なくして男はあきらめたのか性欲をしまって男は帰ることにするようだ。賢明な判断であろう。しかし、すでに立つ鳥跡を濁した。糞便まき散らし、それでミステリーサークルを作っているかのようだ。
それはいささか言いすぎか。
諦めると一転、気をつけて帰れよと誠実路線。
それが功を奏したのかそうでないのか、立つ鳥濁しているといえども二人のこれまでのの時間の中で、しっかりと気持ちはグリップはしてあったようだ。男が駅に降りて別れる際も車窓からもアイコンタクトをする女。
健気だ。いきなりの関係には断ったが、真面目な関係の発展の検討はしているということかもしれない。

別れたあとの女の素振りを見る。急激に早いタイピングは対比的であり機械的でドライな印象を与える。かと思えば毛先を撫でる仕草は急に少女の様に幼くも見える。女が動いた。イスを狙っている模様だ。ふと見えた緑のトーク背景は間違いなくラインであるが男に対して放たれたメッセージなのかそうでないのかは私の管轄外である。できることならトーク内容を見たいものだ。
この様に金曜日にはそれぞれの物語がある。それが私は好きだ。

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