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知らない男の妊娠と、煮え切らない私。

いつぶりだろう。久しぶりに会った彼のお腹は、大きく膨らんでいた。

ご飯とみそ汁、人参とキャベツと豚肉の炒め物が並べられたダイニングテーブルを挟んで、彼と私は対峙する。

「…最近、どう?」

やっとのことで私の口から出たのは、そんな気の利かない一言だった。

彼は野菜炒めを口に運びながら、何でもなさそうに答える。

「週に1度病院に行ってるよ。もう臨月だからね」

そう言い切った彼の口元は、少しだけ嬉しそうだった。

彼は、私の子供を妊娠している。私はその事実を知りながら、これまでどうしても彼に会いに来る勇気が出なかったのだ。けれども、会ってみてやっぱり確信した。

やっぱり産んでほしくない。

私のあずかり知らぬところで、私の遺伝子を半分も受け継いだ生命体が存在することが恐ろしい。
まだまだ遊びたいし、仕事だって恋愛だってやりたいことばかりだ。

そんな私の気持ちなんて知ったことではないという風に、彼は大きくなったお腹をさすったり、微笑みかけたり、話しかけたりしている。

気味が悪い。

「ねえ、仕事は?」
「辞めたよ。だって子供が生まれるんだから」

私の問いに、彼は当たり前といった風に答えた。私にはそれが
「生活費は君がしっかり稼いできてね」と言っているように聞こえた。


翌日。
久しぶりに彼の家に泊まった私は、朝から部屋の掃除をしていた。

彼は病院に検診に行くといって、朝早くに嬉しそうに家を出て行った。

空っぽになった部屋の中を改めて見てみると、オムツやらベビーベッドやらがそこかしこに置かれている。

はあ。
これが夢だったらいいのに。
憂鬱な私とは対照的に、幸せそうな彼の姿が蘇ってきてまたため息が出る。


ピンポーン。

チャイムが鳴った。

急いでドアを開けると、そこには会社の先輩が立っていた。

「おう」
「先輩。来てくれてありがとうございます。中へどうぞ」

5つ年上の先輩は、仕事もできて優しくて、誰からも慕われる存在だ。信頼できて、しかも2児のパパでもあるため、彼が妊娠したとわかった時に一度相談したことがあったのだ。

「今日はどうした?」

先輩の優しい声に安心して、私は自分の想いを全てぶちまけることにした。

「私、怖いんです。突然私の子供ができたなんて言われて。信じられなくて、とにかく逃げたくて、しばらくは彼と連絡すら取っていなかったんです。でもやっぱり気になって。
久しぶりに訪ねてみたら、彼のお腹すっごく大きくなってるんです。もう今月中に生まれるって…。
彼すっかりパパの顔になっていて、私、なんだか気持ち悪くなっちゃって」

先輩は否定も肯定もせず、私の目をじっと見つめている。

「それに…」

私は気づいてしまったのだ。今までは、彼が妊娠したことに対する戸惑いばかりに支配されていたが、それを吐き出すうちに、別の疑問が存在することに。

「…彼は、誰なんでしょうか」

先輩の顔色が少しだけ変わったように見えた。私は続けた。

「先輩なら何か知っているんじゃないですか?私、昨日一晩よく考えたんです。そしたら思い出したんです。私には、他に夫がいなかったかって。本当の夫はどこに行ったんですか?今妊娠している彼は誰なんですか?ねえ!」

先輩の顔に戸惑いの色が見える。

「先輩は、私と夫の結婚式に出てくれたような記憶があるんです。なのに妊娠した彼は、自分と私こそが夫婦だって言うんです。じゃあ、私の記憶にかすかに残るあの夫は誰なんですか?そもそも、私は彼の職業も知らなければ、名前すらも知らないんです。そんな人間がなぜ、私の子供を妊娠しているんですか?」

私は早口でまくし立てた。



「いずれ分かる」

先輩はしばらく考えてこう言うと、おもむろに立ち上がり、玄関に向かった。


ついて来い、と言わんばかりの雰囲気を察して、私は慌てて背中を追いかける。たどり着いたのは、近所の公園だった。

子供たちが10人ばかりの子供たちがそこかしこで遊んでいる。

砂場で遊ぶ子供
滑り台を滑る子供
走り回る子供
数人で遊ぶ子供もいれば、一人黙々と遊ぶ子供もいて、十人十色だ。

私たちは公園の隅にあるベンチに腰掛け、ただぼんやりと時間を過ごした。

青い空、
白い雲、
公園の木々、
遊ぶ子供たち、
立ち話をする母親たち

結局私の心のモヤモヤは晴れなかったし、なんの解決もできていない。

それからどれだけ経っただろう。
気づくと日は暮れていて、先輩もいなくなっていた。
母親たちも、子供たちも、誰も。

私にはまだ決心がつかない。
けれど。ただ一つだけ言えることは、
私はあと数日で、きっと母になる。


あとがきと考察と、言い訳

夢を鮮明に覚えていることが、私の特技でもあり困ったところでもあります。現実では想像の域を出ないことでも、夢の中ならリアルに感じ、考えることができてしまいます。

これまで私は数多の人間を殺め、大切なひとを亡くし、自分自身も死んできました。その度に胸が締め付けられ、苦しみ、涙し、何とも言えない息苦しい朝を迎えました。

その気持ちを少しでも軽くするために、印象的な夢はnoteで夢日記として昇華しています。夢なので時には脈絡がないし、物語の起承転結がめちゃくちゃなのでまとめるのに苦労しますが…。今回の「彼は、誰なんでしょうか」から先なんて、ホラー?サスペンス?急すぎる!って感じですね(笑)



今回は人生で初めて「男性を妊娠させる夢」を見ました。自分が妊娠する夢はこれまで何度も見てきましたが、男性を妊娠させる夢は初めてです。ちょっと前にこの漫画を読んだからだと思うのですが。

私は女性なので、妊娠したらパートナーはそれを支え、協力して出産、育児を乗り越えることが当然だと思っています。世の中には、堕胎を強要したり、子供ができたとわかった途端に逃げたり、育児に協力的でなかったりする男性もたくさんいるでしょう。そんな男性は全女性の敵であり、理解できないと思ってきました。

けれども、いざ自分が男性を妊娠させてしまって感じたのは「戸惑い」の気持ちでした。そして、逃げたいと強く感じてしまったのです。あろうことか、妊娠したパートナーを憎みさえしました。

朝目が覚めた時、夢であろうとそんな感情を持ってしまった自分を強く責めました。

責めて責めて責めて、けれどもしばらくしてふと思ったのです。大小はあれど、パートナーが妊娠して、戸惑わない男性がいるものか、と。

夢の中での私の戸惑いは、後半、登場人物の「彼」が現実には全く知らない人だったことが大きいのですが、もしかしてこれは、男性にとっては紛れもないリアルなのではないかとも思いました。(夢の流れ上、結局彼は誰なの?というもやもやが残ってしまったので、ここでつじつま合わせさせてください😂)

女性は、妊娠したらさまざまなことが変わります。肉体が変化し、体調も日々変化します。食事や生活習慣も変えなければならないし、苦痛も伴います。日々体内で育つ我が子の気配を感じながら、心も大きく変化していくでしょう。それが、妊娠した女性にとっては普通のことだと思います。

しかし、男性はどうでしょう。

ある日突然、「あなたの子供が私のお腹の中にいるのよ」と言われる。

喜びはあるものの、実感がわかない。不安もあるし、わからないことだらけだ。

一方、女性は柔軟に変化しているように見える。それどころか、変化しすぎて別人だ。体の中がどうなっているのかも、何を考えているのかも、男性からはもう全くわからない。

自分だけが取り残されている気分だ。

これは想像でしかないのですが、もしかしたら男性はそんなふうに思っているのかもしれない、と思ったのです。

後半、私の夢の軸が大きくずれてしまったので、こんなもっともらしい考察でしめますが(笑)、変わらない男性を責めるのは簡単だけれど、せっかくの大切なパートナーなのだから、出来るだけ慮って、わかりあえたらいいなと。今後の戒めにしようと思った次第です…。

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