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恐怖列車と太陽の君(1)

「C組も恐怖列車に連れていかれたらしいよ」

朝のざわついた教室は、その一言で一瞬だけ静かになった。
ざわめきはすぐに戻ってきたが、さっきまでのにぎやかな雰囲気とは違い、それぞれのグループが声を潜めるように話し込んでいる。

10月の空は明らかに秋めいていて、1日1日と大学受験日に近づいていることがいやでも思い知らされる。

朝のホームルームまでのわずかな時間も無駄にすまい。
私は使い込んだ参考書と、字でびっしりと埋め尽くされたノートに目を落とし、くだらない噂話をシャットアウトした。


「おはよ!」

集中のスイッチが入りかけた瞬間、右上のほうからやけに明るい声が響いた。

「佐藤君…おはよう」

声の主は、夏休み明けの席替えで初めて隣の席になった佐藤君だ。


彼とは2年のクラス替えで同じクラスになったが、隣の席になるまで話らしい話は一切したことがなかった。

彼について知っている事といえば、中学からサッカーをやっていることと、高校に入ってからもサッカー部で活躍していることくらい。

うちの学校は志望校のランク別にクラス分けがされているので、このクラスにいるということはある程度難関大学を狙っているのだろう。
けれども彼はずいぶん前に引退したはずのサッカー部に今でも顔を出しているらしく、毎朝、後輩の朝練に付き合ってから汗だくで教室にやってくる。
もう10月にもなるのに、まだうっすらと日焼けしている。


「どう思う?恐怖列車のこと」

彼は汗をぬぐいながら、キラキラした目で尋ねてきた。

彼について最近知ったこと。
意外とおしゃべり。ちょっとうるさい。

「噂でしょ?くだらないし、興味ない。そんなの勉強の邪魔だし」

「ふーん」

私の勉強したい空気を感じ取ったのか、彼はそれ以上何も言わずに席に座り、スマホをいじり始めた。


彼について、本当は入学した時から知っていたこと。
悔しいくらいの爽やかイケメン。


こういう顔を持って生まれて、
勉強もスポーツもできて、
人懐っこい。

そういう人は、どんな人生を送るのだろう。
日々、どんな景色を見ているのだろう。

彼の顔を見るたび、私の頭の中にはそんな考えが浮かぶ。
そうして自分の平凡さ、いや、外見やコミュニケーション能力で言ったら平均以下であることに、絶望にも似た気持ちを抱くのだ。

きっとこの人は、文化祭や体育祭ではクラスの中心になってみんなをまとめて、
目立つところで活躍して、
打ち上げにはしっかり参加して、
おいしいところを全部持っていっちゃうような人なんだろうな。

まるで太陽の人だ。

私とは正反対。

それが最初の印象。

けれども彼は私のような地味な人間にも意外と優しくて、席が隣になってからは何かとコミュニケーションを取ろうとしてくれる。
口下手な私はなかなか上手に会話を続けられないのだけど。

そして、つまらない悪口や噂話に耳を貸さない大人っぽいところもある。

けれどもそんな彼も、さすがに「恐怖列車」のことは気になるらしい。


「恐怖列車」

その言葉がささやかれ始めたのは、夏休み直前のことだった。


7月頭のある日、3年A組の生徒が全員いなくなるという事件が起こったのだ。
とはいえ、A組は私たちD組とは別の棟にあるため、それは噂としてさまざまな尾ひれがついた状態で私たちのもとに届いた。

A組の生徒が授業をボイコットしているとか、
受験勉強に集中するために全員で山奥に合宿に行ったとか、
中には神隠しだとか異世界に飛ばされただとかいう噂もあった。

そうはいっても新聞に載ることもないし、警察が捜査しているような様子もない。
学校から正式な発表があるわけでもないし、当初は「A組の生徒がいなくなった」という話自体がただの噂話だと言われていた。

だが、A組の生徒がそれ以来全員登校していないのは事実だ。

そして、A組の生徒全員が失踪したことが他のクラスの生徒にも事実として受け入れられた頃、どこからともなく「恐怖列車」という言葉がささやかれるようになったのだ。

ある日クラス全員のスマホに「恐怖列車への招待状」が届く。
そのメッセージには、集合場所と時間だけが記されている。
A組の生徒はそのメールを無視したことで、罰として消された。

そんな噂だ。

最初は怪談話や学校七不思議のように面白おかしく語られていたが、夏休みが明けてからは少し様子が変わった。

夏休みが明けると、B組の生徒も全員が失踪していたからだ。

さすがに2か月程の間に2クラスの生徒が全員いなくなったとなれば、もはや大事件だ。
けれどもニュースになったり、警察が捜査しているような様子は皆無だった。

こうなると私たちは、「恐怖列車」よりなにより、学校関係者が事実を隠蔽していることのほうに恐怖を覚えるようになった。
A組の生徒が校長か誰かの横領を知って消され、それを調べているB組の生徒も校長に消されたんだ。そんな噂すら流れるようになった。

そして、ついにC組の生徒までもがいなくなったというのだ。

「興味がない」なんて口では言ったけれど、本当は気にならないわけがない。
3クラス、合計100人以上の人間が3か月ほどの間に全員失踪する、なんてことがあるのだろうか。


結局、朝のホームルームでも担任がC組の失踪事件に触れることはなかった。



「なあ、俺考えてみたんだけど」

一時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り終わるか終わらないかくらいで、佐藤君がいきなり話しかけてきた。
そして、何かが書かれたノートを、断りもなく私の机に広げる。

「え?ねえ、ちょっと何?」

あからさまに不快な顔と言い方をしてしまった気がするが、彼はまったく気にしていないようだった。

「お前も気になるでしょ。恐怖列車。俺、調べてみようと思うんだよね」

彼の一言に、教室中の視線が一瞬こちらに集まった。

「ねえ、やめなよ。何されるかわかんないよ?」

「誰に?幽霊?」

彼は小馬鹿にしたような笑顔でそう聞いてきた。

「そうじゃなくて、その話はあんまり…」

そう言いかけたが、確かにそうだ。
誰に?
もし本当に恐怖列車が存在するとして、いったい誰がその列車を走らせているんだろう。

私が聞く気になった雰囲気を察したのか、彼は自信たっぷりにノートを広げた。

ノートには、下手くそな電車の絵と棒人間が真ん中に書かれ、彼の考察らしき言葉がまわりにちりばめられている。


「…何をする気?」

声を潜めて彼に聞くと、彼も少しだけ声を潜めて言った。

「事件を解決するんだ。だって次は俺たちだろ?」

「私たち?」

「うん。A組、B組、C組って順番に消えてるんだから、次は俺たちだろ」

「いや、そうかもしれないけどさ。でも、そんな噂…」

「でも現実になったら?俺たちは死ぬか消えるかするんだろ?」

「そう…なのかな?」

「多分ね。で、考えてみました」

彼はそう言うと、ノートの図と文字を一つ一つ説明し始めた。
さっきの授業中、やたらとノートを取っているなと思ったけど、これだったのか…。

彼の話によると、生徒の失踪はだいたい月1ペースで起こっている。
A組が7月、B組は多分8月中、C組も、噂がまわってきたのは今日だけど、実際は9月中に失踪していたのではないか。
となると、今月中に私たちにも恐怖列車の招待が来る。

「それだけじゃ何もわからなくない?招待をただ待つしかないの?」

私がそう言うと、彼は待ってましたとばかりの顔で次のページを開いた。

「実はさ、恐怖列車の噂が出始めた頃に、B組の友達から聞いたんだ。A組全員に変なメッセが来たって」

「そのB組の友達は?」

「夏休み中にいなくなった」

「…そっか」

予想通りの返事が返ってきて、恐怖列車は実在するのかもしれない、という気持ちが一瞬だけわいた。

「それで?」

「うん。B組の中には早い段階からA組の失踪事件を調べている生徒がいて、B組に恐怖列車の招待状が来た時点で、調べたことをC組の生徒に伝えてたんだ」

まるで現実味のない話が始まろうとしているのに、彼の落ち着いた口調で、私も俄然真剣な気持ちになっていた。

「今出回ってる恐怖列車の噂は、ほぼ事実だ。クラス全員に招待メッセージが届く。翌日の朝、全員でA駅のホームに集まる」

「A駅ってあの廃線になったローカル電車の?」

「そう。でも、駅に行くと約束の時間に古びた列車がやってくる。これがいわゆる恐怖列車。車内では3つの問題が出題される」

「問題?」

「これはB組もC組も同じ問題だったことが確認されてる。ここにあるオレンジジュースを飲み干せとか、そういうやつ」

「なにそれ」

思わず真剣に聞き入ってしまっていたが、オレンジジュースごときで消されるとは。一気に陳腐な話に思えてきた。

「正直問題の中身は大して重要ではないと思う。けど、どうやら言われた通りにやってもクリアできず、チャレンジした人間はその場で死ぬらしいんだ」

「うそ…」

「途中下車を試みた人もいたみたいだけど、降りた時点で死ぬって。結局問題がクリアできず、全員死ぬ」


まったく現実味はなかったけれど、佐藤君が冗談を言っているようには見えなかった。
その真剣なまなざしに、かっこいいな、とすら思ってしまった。

「それで、どうすればいいの?」

佐藤君の顔に見入ってしまった恥ずかしさを打ち消すように、私は話を変えた。

「多分、もうじきうちのクラスにも恐怖列車の招待状は届く。それまでに謎を解いて、全員で列車に乗る。問題をクリアして全員で列車を降りる。恐怖列車は、俺たちで止めるんだ」

「そんなこと、できるの?謎を解くってどうやって?」

「実はもうだいたい答えは見えてるんだ。だから、あとはクラス全員がひとつにまとまるだけ。大丈夫、俺が絶対成功させるから」

彼が言い終わると同時くらいに、2時間目が始まるチャイムが鳴った。


恐怖列車の招待状が来る。
それを待つしか、今の私にできることはないみたいだ。


窓の外には秋の雲が広がっていた。


つづく

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