三木谷社長の「拒否権」が消滅する楽天にこれから起きる重大な変化

三木谷社長の「拒否権」が消滅する楽天にこれから起きる重大な変化


 相変わらずモバイル部門の巨額赤字ばかりが騒がれる楽天グループ(以下、楽天)であるが、ここは数多くのレポートも出ているため最小限として、本日は全く違った観点から「これからの楽天に起きる重大な変化」について考える。

 楽天は5月16日の引け後に巨額増資を発表したが、それで三木谷会長兼社長(以下、三木谷社長)と夫人と資産保有会社(複数)を合わせた共同保有分の持ち株比率が減少することになり、2000年4月の上場来初めて「拒否権」が消滅する。

 「拒否権」とは会社や三木谷社長に不利な重要提案を株主総会で「単独で否決」できる持ち株比率のことで(正確には議決権の比率であるが、楽天は議決権の無い自己株がほとんどないため持ち株比率のことと考えてよい)、全発行株数の3分の1以上が必要となる。

 SBGが2020年3月~2022年11月の短期間に3.9兆円を投入した巨額自社株買いと償却の結果、発行済み株数が減って孫社長に「拒否権」が発生した。つまりSBGは今後、孫社長が反対すればSBGにとって(というより孫社長にとって)不利な重要提案を株主総会で「単独で否決」できる。結果的に傘下企業も含めたSBGのグループ全体が孫社長の「所有物」となったことになる。

 孫社長はアクティビストを含む外部株主の目を気にする必要が無くなり、積極的な拡大政策も新たな自社株買いも必要なくなり、「ひたすら」事業の整理と資産の縮小・資金化に専念できる。つまりここからのSBGは、孫社長以外の株主から見ると「全く魅力のない会社」となってしまう。

 これと全く逆のことがこれからの楽天に起こる。楽天が三木谷社長以外の株主から見て「魅力ある会社」になるという意味ではないが、少なくとも「変化を引き起こせる可能性がある会社」となる。最も考えられるケースは三木谷社長を経営の表舞台から「引き釣り降ろす」ことで、少なくとも楽天あるいは楽天の株主にとってプラスとなる。

「そんな極端な!」と思われるかも知れないが、ここからの解説をよく読んで頂きたい。


その1  5月16日に発表された楽天の巨額増資の持つ意味


 楽天は5月16日の引け後、公募増資と第三者割当増資を発表した。公募増資は国内発行が2億3405万株、海外発行がオーバーアロットを入れて最大2億3405万株、第三者割当増資が7879万株の最大5億4690万株となる。こういうケースのオーバーアロットは必ず行使されるため、ここからは「最大」を省いて解説する。その結果、現在の発行済み株数の15億9239万株が21億3929万株となる。実に34.3%の希薄化である。

 一方で第三者割当増資の引受先は、三木谷社長および親族が支配する資産管理会社である三木谷興産と有限会社スピリットが2814万株ずつ、サイバーエージェントが1876万株、東急が375万株である。

 増資発表直後には楽天の手取り調達金額が3300億円規模と報道されていたが、それは発表前日(5月15日)の終値である643円で計算して引受手数料に相当するディスカウントなど諸経費(全体で5~6%程度)を控除した概算金額である。実際はそこから値決め日(5月24~29日のいずれかであるが、普通は初日に決まる)に向けて株価がさらに下落するため当然に調達金額も目減りする。

 今回の増資が予定通り払い込まれたとして、発行済み株数に対する三木谷社長と共同保有分を合わせた持ち株比率は34.25%から28.10%に低下する。つまり株主総会において重要決議を否認できる三木谷社長の「拒否権」が2000年4月の上場来初めて消滅する。

 尤も三木谷社長も共同保有分の所有株の大半は、悪名高い「上場寸前の1円増資の繰り返し」で膨らませたもので、実質コストは「タダみたいなもの」である。しかし実質コストがどうであれ、これまでの三木谷社長は株主総会で不利な重要決議を単独で否決できる「拒否権」を維持しており、楽天の「所有者」とも見なされていた。

 だから三木谷社長は上場来、モバイル事業の巨額損失で赤字に転落しているここ数年も含めて「いわゆるアクティビスト」を含めた外部株主から攻撃されたとか、辞任を要求されたことは皆無である。2023年3月30日に開催された定時株主総会でも、三木谷社長は90%近い株主の信任を得て取締役に再任されている。

 つまり三木谷社長はこの状態が「普通」と考えているはずであるが、それは三木谷社長が上場以来、共同保有分を合わせてずっと「拒否権」を維持していたからで(会社を「所有」していると見なされていたからで)、別に三木谷社長の人望や経営能力が評価されていたからではない。

 SBGの孫社長はその「拒否権」を発生させるため2020年3月~2022年11月の短期間に(会社資金であるが)3.9兆円もの巨額資金を自社株買いに投入した。日本の株式市場では株主還元として自社株買いが「無条件に」評価されるため、孫社長は誰からも批判されることなく「白昼堂々とSBGの拒否権=所有権」を得てしまった。

 三木谷社長は楽天の3300億円の(当然にそこから目減りする)資金調達のために、その「拒否権」を手放すことになる。現時点でご本人がそこまで認識されているかは不明であるが、この資金調達により楽天における三木谷社長の「立場」は格段に不安定なものとなる。

 そうは言っても三木谷社長を支援する株主も大勢いるはずで「そんなに深刻に考える必要はない」と思われるかもしれない。

 確かに楽天の株主には2021年3月の第三者割当増資と自社株売却に応じた日本郵政(今回の増資後の持ち株比率が6.13%)、テンセント(同2.74%)、ウォルマート(同0.68%)、今回の第三者割当増資に応じるサイバーエージェント(同0.87%)など、「楽天や三木谷社長を引き続き応援する株主」が大勢いるように見える。

 しかし日本郵政、テンセント、ウォルマートが応じた2021年3月の払い込み価格は1145円、その前の2015年6月に行った9960万株の公募増資の払い込み価格が1905円であり(そこから分割しているわけではない)、5月19日の終値は607円と格段に安い上に、まだ値決め前なので「さらに」下落するはずである。

だいたいの5月19日株価水準は、リーマンショックから約1年後の2009年10月以降の「最安値圏」であり、その間に取得したまま保有している「すべての株主」が評価損となっている。

 つまり株主というものは、持ち株の価格を回復させるためなら「簡単に昔からの関係など見捨てるもの」である。さらに付け加えるなら「安全な身内」であるはずの共同保有者でも「裏切るケース」が結構ある。身内を含めて圧倒的多数の株式を保有していたはずの大塚家具やユニバーサル・エンタテインメント(旧アルゼ)の創業者が、身内に裏切られて追放されている。

 他にも「こんな悲劇」が結構あるため、余計なお世話であるが三木谷社長も「もう手遅れかもしれないが」奥さんと子供さんを大切にして「罪滅ぼし」を心がけるべきである。


その2  楽天の株主軽視の本質がよく表れている今回の増資


 少し横道に逸れたので話を今回の増資に戻す。そもそも増資はコンプライアンス的に好ましくないという「訳のわからない批判」は無視するとしても、「腑に落ちない点」が2つほどある。それぞれに楽天の(三木谷社長の)株主軽視の本質がよく現れている。

 1つは、東京証券取引所には「25%以上の希釈化を伴う増資については既存株主の利益を損なう恐れがあるため、株主総会において既存株主の承認を得るべき」という大変に立派なルールがある。

 ところが今回の楽天の増資は、一流法律事務所のリーガルオピニオンは準備しているようで、また増資発表のIR資料も「これでもか」というほど丁寧に作成しているが、余計なところにコストをかけて言い訳しているだけで肝心の株主保護には全くなっていない。

 それどころか楽天は3月30日に2022年度(12月決算である)の定時株主総会を開催し、5月12日の引け後には2023年1~3月期の決算短信を発表しているが、ともに今回の増資については「おくび」にも出していない。この株主総会における承認は特別決議となり、出席株主のうち三木谷社長ら「会社側株株主」以外の3分の1以上が反対すれば、否決されてしまう。

 客観情勢から考えて否決の可能性もあったため、楽天は無視して強行し、東京証券取引所は「見て見ぬふり」を決め込んだ。楽天も東京証券取引所も「株主保護」の観点から大いに問題がある。

 もう1つは、それなら「よっぽど」秘密保持が厳格なのかと思いきや、発表より丸1日以上も前の5月15日午後には「公然」と今回の増資が囁かれ、外電の一部に至っては「関係者2名の話」として増資の詳細まで報道していた。このタイミングで関係者から話が漏れていたなら明確な金融証券法違反で、楽天は調査して市場と当局に届ける義務があるが、全く騒ぎになっていない。後からも出てくるが、この「関係者2名」とは公募増資の海外分の主要引き受け先となったモルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスの国際部門の人間のはずである。

 これに対して楽天は同じ5月15日に「本日の一部報道について」として、現時点では何ら決定したものはないとIRしている。ここは海外主要引き受け先(2社)が意識的にリークしたもので、その目的は主要顧客であるヘッジファンドに「一刻も早い」貸株調達と「1円でも高い」空売りを成約させるためである。そのすべてが今回公募される新株で決済され、主要引き受け先(2社)には引き受け手数料と貸株調達手数料が入るからでもある。

 そして何よりも引け後に正式発表されるはずの5月16日当日の日経新聞朝刊1面トップに「楽天G、公募増資へ」との見出しとともに、100%正確な増資の詳細が記載された。さすがに日経新聞も楽天に直接確認しないと、こうまで大々的に報道できない。

 大手新聞の朝刊記事の締め切り時間は当日の午前1時過ぎなので、日経新聞は正式発表の「半日以上も前」に楽天に直接確認したことになる。ここの解釈であるが、増資の最終機関決定は取締役会でその開催までは正式に機関決定がされておらず、従ってそれまでのあらゆる報道はインサイダー情報ではないとなる。

 そんな理屈はともかくとして、すでに前日(5月15日)の海外市場で巨額の貸株調達と空売りが成約していたため、バランスをとるため国内市場でも(とくに国内の既存株主に対して)日経新聞朝刊の1面トップに掲載させることにより周知させた「確信犯」である。しかしこれを周知されても国内株主に損失を回避する方法は限定的である。楽天は単なる「正式発表前に教えたでしょう?」という言い訳のためでしかない。

それでは5月12日から5月19日までの楽天の値動きと出来高を抜き出してみる。

 5月12日(金曜日)の引け後に発表された2023年1~3月期の決算短信では、唯一の好材料としてモバイル事業のセグメント赤字が1026億円と、前年同期の1323億円(たぶんこれが四半期ベースの最大赤字となるはず)からかなり減っていたことで、一応は市場でポジティブ材料と受け止められた。

 実際に決算発表前となる5月12日終値は707円、出来高は2437万株だったが、その2日前の5月10日終値が670円、出来高503万株(これくらいが楽天の通常出来高である)だったので、決算発表前の2日間は出来高を伴って株価が上昇していたことになる。つまりこの2日間に2023年1~3月期のモバイル赤字縮小が漏れていたことになる。

 引き続き休み明けの5月15日の楽天の株価は朝方に749円まで上昇するが、間もなく巨額増資の噂がほぼ断定的に流れたため急落し、終値は前週末比64円安(9.0%安)の643円となる。実に1日の高値と安値(625円)の差が124円もあり、出来高も5205万株と通常の10倍規模に急増する。

 増資の正式発表は翌5月16日の引け後であるが、その5月16日には日経新聞朝刊の記事が出ていたため一時600円まで続落し(終値は610円)、出来高も9029万株まで増加する。前日の15日に空売りできた海外ヘッジファンド勢だけが、いかに高値で成約できていたかが分かる。

 そして正式発表翌日の5月17日に584円の安値まで続落し(終値は620円)、出来高も8481万株と高水準のままであるが、ここまで来るとそれほど妙味のある価格で空売りできていたわけではない。勝負は15日の海外市場だったはずである。基本的に国内株主にとって損失回避方法は限定的で、株主以外の国内勢は国内に貸株市場がないため信用売りしかない。

 そのまま18日の終値は606円、出来高2854万株、週末の19日の終値は607円、出来高1900万株と落ち着いて来ている。ただ株価(終値)は2週間前の707円から1週間で「ちょうど100円」下落したことになる。

 まだ値決め前なので、この下落はもう少し拡大するが経験的にはここからの下落は少なく、払い込み価格は値決め日の終値から所定のディスカウントを差し引いた570円前後、最終的な楽天の調達金額が3000億円強となるはずである。何と16日の日経新聞朝刊の記事には「3000億円規模」と書かれている。ドンピシャであるが楽天が「値決めまでに株価がこの辺まで下落する」と予想して伝えていたことになる。

 それでも増資の噂が全く無かった5月12日の終値である707円から推定払い込み価格の570円まで137円(19.4%)の下落となり、既存株主の価値が2200億円も「吹き飛んで」しまった。

 つまり楽天は最終的に既存株主の価値を2200億円「吹き飛ばして」3000億円を調達し、三木谷社長が「拒否権」すなわち「楽天の所有権」を喪失することになる。そうやって調達した3000億円は2023年度のモバイル設備投資額にほぼ等しく、社債償還に換算すると2024年度中まで「1年ちょっと分」にしかならない。

 楽天の年度別の社債償還額は、2023年度が780億円、2024年度が3000億円、2025年度が4000億円で、全部で1兆2000億円もある。

 そんな今回の増資も三木谷社長自身の「判断」であるが、その弊害は何よりも「自分自身」に跳ね返ってくることは、ここまで解説した通りである。とくに今回も既存株主を軽視した上に「拒否権」を喪失しているわけで、そのツケは「とてつもなく」大きい。

 結局は、楽天に興味も愛着も長期保有する意思もなく、ただ楽天の新株発行を聞きつけて速攻で貸株を調達し空売りして、安くなった新株を引き受けて貸株を返済した瞬間に「利益が確定」する海外ヘッジファンドだけが儲かることになる。

 それでは三木谷社長の「拒否権」は消滅するので海外アクティビストにとって楽天は「攻撃しやすい会社」になる。そんなアクティビストが「安くなった楽天の海外発行分」を引き受けて攻撃を仕掛けてくる可能性はないのか?

 2017年11月にゴールドマン・サックスがアレンジした東芝の6000億円の増資が、結果的に多数のアクティビストを呼び込み、東芝が「いいように」食い尽くされる「きっかけ」となったが、楽天にも同じことが起きるのか?

 結論だけ書くと「今回はそうはならない」と感じる。その理由は今回の増資は金額が小さいことと(海外分だけなら1300億円ほど)、楽天は今後も資金繰りが苦しいため「近い将来もっと安い価格でより大型増資に頼る」可能性があるからである。

 最後に付け加えておきたい話題は多いが、紙面の関係3つだけに絞る。


その3  最後に付け加えを3つ


 1つ目はワイドショー的な事件だったが、楽天モバイルの現職部長(当時)が基地局などの工事代金を大幅水増しして差額を仲間とともに「山分け」していた事件があった。当初の報道より不正額が大きくなり、全体で200億円の工事を100億円水増ししていたが、この200億円の工事自体も「不正工事」で、不正総額がやはり300億円になるらしい。

 よくこんな出鱈目が続けられたと感心するが、同時にこうも考えられる。

 楽天モバイルの設備投資は累計1兆円を超えているが、この300億円はその3%である。しかしこんな出鱈目が本社のチェックが働かない現場で続いていたなら、残る9700億円の工事の中に類似の不正工事(大幅な手抜き工事や本来必要なかった工事)や、水増し請求など類似の不正がないとは「絶対に」言い切れない。

 つまり総額1兆円を超える楽天モバイルの設備投資の中に、かなりのガラクタが混じっている恐れがある。案外、楽天の通話音質がなかなか改善しない理由や、モバイル設備投資予算が際限なく増えている理由も、その辺にありそうである。

 2つ目は楽天の2023年3月末の貸借対照表には4.5兆円の「現金及び同等物」が記載されているが、この大半はフィンテック事業に分類される銀行、証券、保険、カード会社のもので、さすがに楽天が流用できるものではない。同時点におけるモバイルを含む楽天本体の「現金及び同等物」は300億円程度しか無いらしい。今回の増資で多少は潤うが、見てきたようにモバイル設備投資の1年分、あるいは社債償還額の「1年ちょっと分」でしかない。

 その楽天銀行は4月21日に東証プライムに上場し、楽天も100%の持ち分から37%を売却して717億円を調達した。これで楽天は余計に楽天銀行をアテに出来なくなった。2023年3月末の楽天銀行の総資産は11.6兆円、預金残高は9.0兆円である。

 問題は資産の中に2.1兆円の買入金銭信託があるが、そのほとんどが楽天モバイルの設備を信託化したものである。つまりガラクタが混じっている恐れのあるモバイル設備を楽天銀行が肩代わりしたもので、仮にガラクタでなくても将来モバイル事業が収益化しなければ巨額減損の対象となる。総資産の2割弱が減損対象となれば経営が傾く。

 3つ目は、楽天グループの中で「ほとんど唯一」の有望とされている事業が楽天モバイルの完全子会社である楽天シンフォニーである。楽天シンフォニーはモバイル基地局の機能をクラウドに飛ばして開発・運営するもので、基地局への投資額を大幅に軽減すると宣伝している。

 楽天シンフォニーはこの技術を海外モバイル会社に販売しており、すでに大きな受注残を抱えているとも言われる。将来的には楽天シンフォニーを分離して海外で上場させ、楽天モバイルの累積損失を一気に解消する目論見であるが、少し冷静になって考える必要がある。

 だいたいこれからモバイル設備を揃える新興国のモバイル会社でない限り、既存の基地局をクラウド対応に置き換える先進国のモバイル会社のニーズは「非常に限定的」であるはずで、「掛け声倒れ」となる恐れが強い。すでに楽天シンフォニーには巨額の開発資金を投入しているが、モバイル事業の巨額損失をさらに積み上げる結果にしかならない恐れもある。

 SBGに続き、楽天も長文となってしまったが、両社の(孫社長と三木谷社長の)立ち位置は正反対である。読み比べて頂くとまた理解が深まるはずである。