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【日記】弔辞―産まれてこれなかったユーモアたちへ―

「まだ1か月目ってことは、ぴよぴよのひよこやんな」
 大学に、機材の納品を終え、駐車場。取引先が僕に向かってそう言った。なんというか、陽気な大阪のおじさんという言葉がぴったり似合っている方だった。夏の空は、すっきりと晴れていた。
「ええ。早く立派な鶏になれるよう、頑張ります」
 僕は取引先にそう返す。すると、若輩が自分の例えに乗ってきたのに気をよくしたのか、彼は言葉を続けた。
「しっかり成長して、たくさん卵ぉ産まんとあかんなぁ」
 上手い例えだと思った。「卵」とはつまり、「会社の利益」のことだ。仕事についてしっかり勉強し、早く会社に利益を出せるようになれよ、という激励だった。
 同行した(というよりは、僕がさせて頂いた立場だけれど)上司も笑っていた。その場の和を取り持つことが出来て、僕も嬉しかった。


 じゃ、ねんだわ。なあ。もっとさ、もっとあったろうよ。なあ。
「金の卵をね」っつって、「いや、それは鶏じゃなくてガチョウだから」っつってさ。最終的に「まあ、僕らみんな雄鶏なんですけどね」っつって!「産めねぇじゃねーか」っつってオチじゃねぇのかよ!!なあ!!!
 なにおめーら笑ってんだよ!まだユーモアは終わっちゃいねぇんだよ!なあ!!!

 ……でもさあ、わかってんだよ。取引先との雑談でさぁ、そんなことは求められてねぇのよ。取引先が卵の例えを出した時点で「ま、ま、こんなところで切り上げますか」みたいな。暗黙の内に決まってしまうのよ。これ以上続けても「なにお前……ちょっと空気読めてなくない……?」ってさぁ……。古のインターネットなら「必死乙www」ってさぁ……。

 でも。でもよ。
 いつか、俺たちがいたあの場所、あの仲間たちだったら。きっとこんなところで終わらせないのよ。もっと……もっと……僕の想像なんかよりももっと先へ……先の景色を見せてくれたはずなんだよ……。あの時、確かに僕らのユーモアはそこにあったんだよ……。

 さようなら。
 産まれてこれなかったユーモアたち。
 さようなら。

 夏の高い空。
 空虚な笑い声。
 大人になった僕ら。
 
 8月25日。

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