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【猫や猫⑨】何故いない机の下や棚の上

昨日、ネットで購入したシーツと布団カバーが届いた。可愛い花柄である。
まだ他にも注文して到着を待っている上掛けやカバーがある。
猫めが亡くなった後、ファブリック類は殆ど廃棄していた。
血や涎の跡や匂いが洗っても洗っても取れなかったからである。

というか既に⑨なのに猫めはまだ生きているぞ。
Xデーはいつなんだ?
2022年12月19日ですから。
今しばらくおつきあいください。

ずれにずれた左顎のせいで猫めの下の牙は二本とも抜けて行った。
左下は口の中で横たわっていたので、指でつまんだら簡単に抜けた。
まるで幼児の乳歯が生え変わるようである。
だがこれは爺猫の病歯であり二度と生えて来ない。
右下の牙はぐらついていたので獣医行って抜いてもらった。
ヤットコのような器具で引き抜くのは人間の歯科医と同じである。

下顎の両牙が抜けて痛みが和らいだのか、猫めはペースト状のフードを舐めるようになった。
だがほんの一時の平穏だった。
やがて全く何も口にしなくなった。

以前、猫めは胃炎で自主的に絶食をしたことがある。
その時は一週間何も食べなかった。チュールでさえ舐めなかった。
だが一週間後、突然また食事を再開したのだ。
私にはあの時の記憶があった。
今は何も食べなくていずれ何か口にするに違いない。

毎日、猫の皿にペーストやスープをよそった。
だがまるで食べない。
ウェットフードはドライと違って腐敗が心配である。
毎日よそっては捨てて……の繰り返しだった。

猫めはみるみる痩せて行く。
真っ白だった口元や前脚はどす黒く汚れている。
口から垂れる涎や血を拭うからである。
私も嫌がるのを無理にウェットティッシュで拭うのだが汚れは落とし切れない。
時々風呂場で洗ってみるも間に合うはずもない。
薄汚れた老猫になっている。

足腰は弱り足取りもよぼよぼである。
時々何もないところで脚をとられてへちゃりと腰を落としている。
それでも野生の本能はすさまじい。
私が留守の間、禁じられているガス台に飛び乗っていたらしい。
帰って来たら鍋の蓋が開いていた。
もう猫めが荒らすこともなかろうと油断して、出しっ放しにして行った肉鍋である。

猫の皿にある物は食べられない。でも人間の鍋からはいい匂いがする。
きっとあの鍋には自分が食べられるおいしい物が入っているに違いない。
そう疑って確かめに来たらしい。
鍋の蓋を閉めながら私は、
「偉いねー、ぐーちゃん開けたんだー」
などと褒めている。
いや𠮟るべき行動だろうに。何をやっているのか。

【今はない景色ばかりが鮮やかに】

痩せさらばえた皮膚を摘めば、みょーんと伸びる。
脱水症状である。
かつてママペットクリニックで教わった判別方法が役に立ったが、
嬉しくも何ともないぞ。
パパ動物病院で水分補給の点滴をしてもらう。
11月4日のことだった。

診察台で計った体重は3㎏にも満たなかった。かつては6㎏近くあったのに。
骨と皮という表現はもはや比喩ではなく現実である。
獣医に針の差し方などを教わって、輸液セットを購入して帰った。
その一式がこれである。

L乳酸ナトリウムリンゲル液500ml(1袋)¥1,000
輸液セット動物用(1セット)¥350
翼状針21G(1本)¥50
酒精綿(100枚入り)¥350
合計¥1,750

何とお安い命の綱。
酒精綿100枚入り一箱は、ちょうどぴったり使い切った。
点滴液については何度か追加購入したのだが。

「今日はちゃんとやりますよ」
寄席芸人アサダ二世先生の口癖である。
マジシャンのくせに喋ってばかりでちゃんとマジックをやらない。
自宅で点滴をするようになってから私はこれが口癖になった。

猫めをベッドに乗せて酒精綿で拭き清めてから、
「あのね。今日はちゃんとやりますよ」
と皮膚を摘んで針を刺す。
そして輸液を流し始めると、あら不思議、液は猫めの体内ではなく外に飛んで行く。
ピューピューと見事な放物線を描いている。

やせ衰えた猫めの皮膚は針を体内に留めず貫通させてしまう。
毛に阻まれて私は気づかない。
その度に針を変え、また猫めの皮膚を摘んで打つ。
一回の点滴に三回も針を打ち直したこともある。
猫もたまったもんじゃない。

ファンシーショップで安い毛布を次々贖った。
猫の寝床や私の布団にも敷いていた。
涎や血で汚れるからだが、点滴液もピューピュー飛んだ。
涎や血を拭くウェットティッシュや身体を拭くシートなども、これまでには考えられない頻度で買い求めていた。

対応に迫られてばたばたと買い求めた物もある。
瘦せ衰えて寒さが身に染みたのだろう。猫めはガスファンヒーターの前に陣取って、点火せよとガーガー鳴いた。
(もうニャーニャーと可愛い声も出なかった。癌が喉に広がっていたらしい)
だからヤマダ電機でペット用電気カーペットを買い、件のファンシー毛布にくるんで与えた。

おむつも購入した。
トイレに行こうとベッドから飛び降りた際に漏らしたのだ。
あわててペットショップに買いに走った。
特に抵抗もせずおむつを装着したが、いざ催すと這ってでもトイレに行こうとする。

それは単に野生の獣の習性である。
天敵に狙われないために寝床とは離れた場所をトイレにする。
お陰で猫めは最期までトイレで用を足した。おむつをしていながら。
野生万歳!
……なのか?


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