落語家の色気 其の二
落語家の仕草にキュンとする。
と書いた記事がこれである。
高座に上がる際の落語家の足元にキュンとする。
それだけのことを長々と綴った。
最近もうひとつキュンとする仕草を見つけた。
キュン・ポイントである。
今回は短くまとめる。
扇子の扱い!
これである。
落語家が出囃子と共に高座に上がる。
座布団に正座して手前に扇子を置く。
そしてお辞儀をする。
この際、扇子は落語家と客を隔てる結界と言われる。
結界!
カッコいい!
キュンキュン……て、いやそうじゃない。
お辞儀をした落語家は、顔を上げて話し始める。
その時、手前に置いた扇子を脇に置く。
位置は人によって異なる。
座布団の横の線に対して並行に置く人がいる。
扇子の半ばを座布団の下に差し入れて直角または斜めに置く人がいる。
いずれにせよ自分が取りやすいようにするのだ。
その際、手元は全く見ない。
客席を見て話しながら手を動かすわけである。
先日こんな落語会に行った。
WonderWoman'sWorks
~春の白鳥の湖~
女流落語家だけが出演する会である。
三遊亭白鳥師匠が女流のために書いた新作落語を演る会である。
落語会の内容については、いずれ書くかも知れないが。
今回はこの出演者、鈴々舎美馬の扇子扱いについてである。
例によってお辞儀をして顔を上げると話し始める。
手は口とは関係なく扇子を前から脇に動かしている。
どの落語家もやる仕草である。
けれどこの時、美馬さんは脇に置いた扇子の位置をちょっと直したのだ。
一度では程よく収まらなかったのだろう。
より良い位置に直したわけである。
この時の仕草が、何と言うかもう……!!
頼りになる相棒に、
「ここにいなさい」
と優しく話しかけるかのように扇子に触れたのだよ。
そこがね……それがねっ!
もうもう!!
萌え~~~~~!!
だったのよ!!
(冷静になれ! BBA!)
ということです。以上。
……って、それはないか。
いや、つまり高座に上がった落語家は孤独なわけだよ。
我々が思う以上に孤独なのだよ。
つい先日、浅草演芸ホールでトリの師匠が絶句してしまった事件があった。
高齢ゆえに(90才オーバーと聞いた)台詞が飛んでしまったらしい。
噺を忘れて絶句して、話し始めたと思ったら違う噺が混じっていたりして……
かなり長い間、噺をさまよっているような状況だったらしい。
その時の孤独さたるや、どれ程のものだったろう。
一方、楽屋はもう大騒ぎだよ。
どうするか!
時間ばかりが過ぎて行く。
師匠はフリーズしている。
どうすればいいんだ!?
何しろ90才オーバーの大御所である。
その高座を止め得る先輩などいないのだ。
楽屋はみんな後輩ばかり。
結局、後輩落語家が高座に出て、
「すみません師匠。もうお時間です」
と謝るように言って、幕が下りたという。
私は現場にいなかったけれど、
TBSラジオ〝問わず語りの神田伯山〟3/15回で聞いた。
さすが講談師の語りはリアルである。
定年のない落語家はそれこそ90オーバーでも当たり前に高座に上がる。
高座に上がればただ一人。
何があっても自分一人で何とかするしかない。
唯一相棒と言えるのは、扇子だけである。
懐に手拭いを忍ばせて傍らに扇子を置いて、噺家は一人で高座という戦場に臨むのだ。
扇子は別に蕎麦をすする仕草の時に箸にするだけじゃない。
美馬さんがマクラを話しながら、ちょいと扇子の位置を直したのは、
「頼むぜ相棒!」
といった仕草だったかも知れないし、
「がんばれ私!」
と自分を励ますための仕草だったのかも知れない。
何しろこの時演った「ナースコール」は白鳥師匠が女流のために書き下ろした伝説の新作落語なのだ。
美馬さんの先輩にあたる女流落語家は殆ど演ったことがあるだろう。
そんな試金石のような噺なのである。
それを当の白鳥師匠の前で演るのだ。
緊張もしよう。
そんな時、傍らに寄り添ってくれるのがマイ扇子なのだ。きっと。
あの時私がキュンキュンしたのは、孤独さを乗り越え高座で戦う落語美少女戦士の気高い心を見たからだ!!
なんちゃって。
短くまとめるつもりが、既に1,800文字になろうとしている。
すんまそん。
つまり、まあ扇子は噺家の頼れる相棒である。
ということで……どっとはらい。
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