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ハーバード大学のアファーマティブアクション判決は氷山の一角でしかない

アメリカの公民権運動の象徴の一つともいえるアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)。大学の入学審査の現場では、入学選考で黒人や中南米の人種を中心に合否判定の際にの優遇措置として活用されてきていました。

2014年11月に、公正な入学選考を求める学生団体Students for Fair Admissions(SFFA)がハーバード大学とノースカロライナ大学が入試において行っている人種に基づく積極的差別是正措置はアジア系や白人の入学審査を不利にするものであり、合衆国憲法修正14条の「法の平等な保護」に反するとして訴訟をおこしたのです。

大学側はこれまで「人種は1つの判断要素でしかなく、措置がなくなれば黒人やヒスパニック系の学生が大幅に減り、多様性が損なわれる」と反論してきており、アメリカの連邦最高裁判所がこれまで合憲としてきていましたが、2023年6月29日にこの考えを覆し、連邦最高裁判所は「生徒は人種としてではなく、個人の経験で評価されなければならない」と憲法違反であるという判断を下したのです。

そもそもどれくらい優遇されてきたのか?

米国の大学入学審査は「学力」「課外活動」「出願書類(エッセイ/推薦状/出願者情報)」で評価されます。日本のように「何点以上であれば合格」といった明確な合格基準があるわけではなく、上記を「総合的に判断」しています。ただ、総合的に判断しているとはいえ、ハーバード大学のようなトップ大学は「学力」「課外活動」「出願書類(エッセイ/推薦状/出願者情報)」はどれも極めて高い水準である事が求められます。

例えば、ハーバード大学の合格者データを見ると、合格者の72%が学校の成績(評定)が満点で、93%が4点換算で3.75以上取っている事がわかり、学校の勉強も高い水準で取り組んできている事がわかります。

Harvard University CDS 21-22

さらに下記は各人種ごとの学力指数を表していますが、学力指数の40パーセンタイルに位置するアフリカ系アメリカ人学生が、100パーセンタイルのアジア系学生よりも入学の可能性が高いことを示しています。つまり、他の応募者の99%よりも高いスコアを出しているアジア系の受験生がハーバード大学に合格できず、下位40%にいるアフリカ系アフリカ人が合格していたのです。

連邦最高裁判所提出書類からの抜粋に加筆

これは確かにアファーマティブ・アクションに怒りすら感じる人がいてもおかしくなさそうです。

日本からの海外大学受験生に対する影響

今回の判決によって人種のアファーマティブ・アクションがなくなると、入学審査はよりフェアになります。そういう意味では日本からの受験生にとってはプラスの側面もあるかもしれません。ただし、海外進学に対する考え方が「正解主義」のままの受験生にとってはより厳しくなるでしょう。

海外大学の出願審査は、前述の通り、課外活動や出願書類が大事なのです。日本からの受験生はここが弱く、ユニークなプロファイルを構築する事ができていません。隣国韓国と比較しても、人口比率で換算するとハーバードにいる学部生の数は6倍の差があり、日本からの海外大学進学受験生は未熟である事がわかります。もちろん様々な要因があるが、より厳しくなっている海外大学受験の実態を考えると、日本からの受験生は戦い方を変えない事には、よりフェアな入学審査競争を勝ち抜く事は難しいでしょう。

今回の判決は氷山の一角でしかない

今回の判決はアファーマティブ・アクションに留まらないと私は考えています。次のステップでは、スポーツに基づく入学やレガシー(出身者の子孫)に基づく入学が焦点となるでしょう。

スポーツに基づく入学は、成績が「若干」優れていなくても、その学校が重視するスポーツで才能を持っていれば特別なルートで入学審査が行われ、入学を許可されるのです。ただし「若干」と書いているように、依然高い学力水準は求められています。一方で、レガシーに基づく入学は長い間論争の的となっています。学生が学問的に全く優れていなくても、裕福な親がその学校の卒業生であり、多額な寄付をしている事が理由で入学が許可されます(一般的に10億円以上で効果があると言われています)

米国のNational Bureau of Economic Researchによって発表された研究では、ハーバード大学に入学した白人学生の43%が、スポーツ特待生、レガシー(出身者の子孫)、教員やスタッフの子、または学長リスト(ハーバードへの寄付者等で構成されているリスト)であったことが発見されました。この数字は、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニックやアジア系アメリカ人学生では大幅に低く、これらのカテゴリーから来る入学生はそれぞれ16%未満でした。さらに研究では、「このルートで合格した子供たちは、レガシー等のステータスがなければ約75%が不合格で入学は許可されていなかっただろう」と述べているのです。

アファーマティブ・アクションの撤廃を皮切りに、レガシー入試やスポーツ入試に対して訴訟を起こす団体が出てくる事で、これらの入学方法が段階的に廃止される可能性があるわけです。ちなみに、この問題はこれらのエリート校にアファーマティブ・アクションを通して入学したマイノリティにも広がっています。アファーマティブ・アクションで入学したマイノリティはそこから成功を手にして、その子供たちはレガシーの対象となる初めての世代となる可能性がありますが、これが無効になるかもしれません。今後、ここから論争がどう発展していくのか注視する必要がありそうです。

企業の採用やESG投資の在り方にも波紋が

今回のような判決結果は、企業にも影響があります。特に国の財源を一部でも受け取って運営している組織に影響が及ぶ事も考えられます。しかし、それ以上に重要な問題は、AppleやFacebook等のテック企業やExxonMobilなどのエネルギー系の会社に代表されるように、アフリカ系アメリカ人やヒスパニックマイノリティのエンジニアや化学者を引きつけるためのダイバーシティ&インクルージョン採用プログラムを持つ企業にも影響があるかもしれないという事です。その他にも環境、社会、ガバナンス(ESG)への影響も論点に上がってきています。ESGの項目の中にあるダイバーシティ&インクルージョンの項目の違法性も問われる可能性があるのです。

実際に違法かどうかが論点というよりは、今回の判決を一つの前例として、立て続けに訴訟を起こす団体が出てくる可能性があるのです。そうすることで企業も慎重にならざるを得なくなり、この慎重姿勢がESGや採用に与える影響は無いとは言い切れないのです。

今回の判決そのものは、もちろん大学入学審査に大きな影響を与えています。ただし、これは氷山の一角でしかなく、もしかすると、米国の公民権運動の歴史の転換点となる出来事になるかもしれません。そして、米国での動きが世界にどう波及していくのかは注視していく必要がありますし、私たち日本も今後どうしていくのかを考えるきっかけを与えてくれていると受け止める必要があると思います。


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