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#30 「 立山富山 」
8月11日 山の日、立山連峰の雄山に登った。
ぼくとぼくの先輩、得意先の谷やんと幸枝さん。
ぼくたちは年に一度、旅をする。
全員が大の酒好きだから、各地の酒蔵やビール工場などを主の目的地と定め、ひたすら呑む旅だ。
そんな旅に、登山という過酷な選択肢が追加されたのは2019年8月の定例会(4人の吞み会をぼくたちはこう呼んでいる)でのこと。
谷やんと幸枝さんが筋金入りの登山愛好家であるという話から、よせばいいのに「山登りって楽しそうだよねー」とその場のノリで言ってしまったぼくの発言が発端だ。
まあまあ自業自得。
あれよあれよという間に「よし!山に登ろう!」と話がまとまってしまった。
2か月後、ぼくは愛媛県の石鎚山の山頂でピースサインをしていた。
時は流れ、2023年3月。
新橋の焼き鳥屋での定例会で、「厄災も落ち着いたし、よっちゃんの膝も癒えた(ぼくには石鎚山を下山する際に膝を痛めて暫く歩くのにも難儀したトラウマがある)みたいだし、そろそろ登る?」と谷やんが幸枝さんに目くばせをした。
「今の時期なら立山がいいわねぇ。景色は最高だし山小屋もきれいで温泉もある。そう言えばよっちゃん、写真撮ってたよね?絶景が撮れるからオ・ス・ス・メ☆」と幸枝さんも甘く誘ってくる。
どうやらふたりの間で打ち合わせはできているようだ。
ぼくの隣で先輩が小さく咳払いをする。
「いや、ぼくらじゃなくていつもの山登り仲間と行ってもらえればいいんじゃないかなあ。ほら、ぼくは膝に爆弾抱えてるし(実際は完治している)、先輩も体力的に無理のような・・・」
ぼくは必死に抗った。
そこらへんの温泉につかって海鮮をつまみに美味い酒を呑む、普通の旅ではだめなのか?
「大丈夫よー。2400mまでは交通機関で行けるし、あとの600mを2時間かけてゆっくり歩くだけだから。この4人で登りたいんだけどなぁ~」
ぼくの話など聞かず幸枝さんがグイグイ押してくる。
「ああ、600mを2時間なら行ける、かな・・・?」
「よし!決まり!」
迂闊なひと言で決まっちゃったよ。
帰り道、「お前、600mっていうのは水平移動距離じゃなくて垂直移動距離だってことわかってるよな?」と先輩に言われて調べたら、水平移動距離は往復でゼロがひとつ多い6000mだった。
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8月10日午前11時過ぎに室堂へ到着した。
「よっちゃん、あれが明日登る雄山よ」と、幸枝さんが無邪気に笑う。
指さす先、はるか遠くの頂きに山小屋らしき黒い点が見える。
登れる気がしない・・・。
「地元では小学生が遠足で来るらしいよー」と、谷やんも無邪気に笑う。
いやいや、小学校は45年前に卒業したし。
雄山へのアタックは明日の早朝からなので、高地に体を慣らすため周辺を散策することになった。
山小屋にバックパックと、電車の中でずっと呑みつづけすでにできあがっている先輩を預けて歩き出す。
空の青さと緑の鮮やかさ、心地よい風に気分が上がる。
はじめのうちは持参したGRⅢで景色や花を撮りながらおしゃべりする余裕があったが、次第に無口になっていった。
谷やんと幸枝さんが言うところの軽い散策・・・それは、ぼくにとってハードなトレッキングだった。
登山愛好家の体力と健脚、恐るべし。
3時間ほど登ったり下ったりを歩いた(歩かされた?)結果、高地には慣れたけどその分、脹脛はパンパンになって体力が削られた。
これがひと晩では回復しないだろうことに絶望しながら山小屋に戻ると、先輩が20代の山ガールふたりと楽しそうにワインを飲んでいた。
なんだか無性に腹が立った・・・。
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8月11日、見事に晴れている。
しっかりと朝ご飯を食べて、前日に山小屋で購入したおそろいのTシャツを着て7時に出発。
危惧したほど疲れは残っていなかったが、ミクリガ池から登山道に向かう坂道で早々に息が切れた。
「慌てずに、ゆっくりね」
ぼくと先輩の後ろを歩く幸枝さんが声を掛けると、谷やんがペースをつくってくれる。
なだらかな石畳の登山道は歩き易とはいえ、日ごろからエスカレーターとエレベーターに甘えている足腰には応えた。
おまけに昨日とは違ってバックパックを背負ってるからなおさらだ。
時折立ち止まって景色を眺めたりはするが、ウエストポーチの中のカメラを取り出す余裕が無い、ので道中の写真も無い。
それでも1時間ちょどで一ノ越に到着した。
ぼくと先輩は山頂を見上げて、深くため息をついた。
深呼吸ではなく、ため息だ。
ここを登れと言うんですかい・・・ぼくらに・・・。
「さあ、ここからが本番よ!」
幸枝さんがぼくの肩をポンっと叩いた。
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最早、多くを語る必要はないだろう(書くのに疲れたわけではない)。
岩場を踏みしめて辿り着いた山頂からの景色は圧巻だった。
雄山神社で祈願してもらった後に、参拝者全員で万歳三唱をした時の一体感ったら、たまらない。
ただ、下りは登りの4倍キツかった(膝がカクカク・・・)。
いや、6倍くらいかもしれない・・・。
前回の石鎚山でも感じたのだけど、
登山道では人とすれ違うたびに「おはようございまーす」とか「こんにちわー」と声を掛け合い、狭い場所では道を譲り合う。
同じ場所を目指しているからなのかもしれないが、
山ではみんなが少し優しくなるような気がする。
下山して山荘でひとっ風呂浴びてから、名物だというピザをつまみにビールを吞んだ。
「楽しかったねー」「来て良かったよー」などと言い合いながら、バスまでの時間をゆっくり楽しんで。
「じゃあ、次はどこに登る?」
幸枝さんの屈託のない声にぼくは苦笑いをして答えをはぐらかした。
でも、きっとまたこの4人でどこかの山に登るんだろうなと予感はある。
ただ、とりあえず今は膝に湿布を貼りたいな、などと考えていた。
おまけ。
山を下りてから富山で一泊した。
魚を食べて日本酒を呑んで、観光して肉を食ってハイボールを呑む。
これだけでも立派な旅じゃん。
これだけでいいんじゃないかとも思うのだけれど。
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