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素敵な生き物たぬきです

 一部界隈でたぬきについてのエピソードが盛り上がっているので私からもひとつ。


 今は亡き爺ちゃんが片田舎で農家をしていた頃のお話。お米やお野菜、果物など多くのものを栽培していた。毎年我が家に収穫物が送られてきていたが、当時生きるうえで生じるあらゆる障壁から守られながら生きていた私は「ほーんまた来たか」くらいの感想しか抱けなかった。歳を重ね独り暮らしを始めた今となればそのありがたみは筆舌に尽くしがたい。

 お米やお野菜の値段高騰も、定期便を送ってくれた爺ちゃんに足を向けて眠れない理由のひとつではあるが、商品として育て上げたその手腕にもそれらは幼少期の私同様、守られなければ育ち切らない。サルやイノシシ、ハクビシンが何処かしらから現れ、眼を離した隙に食い散らかして帰ることも少なくなかった。まだ伸びしろのある芽がいくつ食われただろうか。腕についた蚊を追い払いもせずに思う存分自分の血を吸わせるような心優しい爺様だったが、自分の商売道具に手を出されてはさすがに生活に困ると、ある日寝ずの番をしたのだった。

 夜も更けてきた頃。早朝の畑仕事のため日々5時に起きている爺様にとっては辛い時間帯だ。うつらうつらしていると門戸から何やらガサガサと音がする。はっと目覚め足音を殺しながら素早く音のする方へ近づく。周りに民家はひとつもなく、その日も月がよく出ていたそうだ。月明かりが「何か」の姿を浮かび上がらせる。

 察しの良い方なら気がついただろう。そう、たぬきだ。たぬきが玄関でゴソゴソしている。しかし特段畑を荒らしているわけでもない。それはそうだ。通常、動物が食料を漁るときは敵に見つからない程度の環境で行う。雲一つない艶やかな月夜の下では、わざわざ食べ物を取りに来ない。このたぬき、畑や果物畑には目もくれず、玄関へ迷い込み、たまたま見つけた靴で遊んでいただけだったのだ。爺様はたぬきは害獣だと認識していたため、慌てて追い払おうとした。するとたぬきは一時はおしりをふりふり外へ向かうが、辺りをキョロキョロ見回すとまた家の中へ入ってきてしまう。何回も繰り返すうちにこれはおかしいと感じた爺様。もしやと思い、たぬきを外へ出した後、山奥へ繋がる道を先導した。後ろを見ながら歩いていると思ったとおり、嬉々としてついてくる。やはりそうだ。このたぬきは道に迷い自分の住処へ帰ることが出来なかったのだ。闇に溶け込む後ろ姿を見送りながら、爺様は良いことをしたと少し得意気な気分になり、眠りについた。

 不思議なことに、この日から畑が荒らされることは無くなった。数日後、玄関には山盛りの木の実が置かれていたそうだ。


 どこからが本当でどこまでが嘘かは分からない。ただ、このたぬきは悪者ではないのだろう。皆も道で出会ったたぬきには意地悪しちゃあよくないポンよ。

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