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自分を許せない人間が選ぶせいいっぱいのハッピーエンド:「マンチェスター・バイ・ザ・シー(Manchester by the Sea)」ケネス・ロナーガン監督

こ…こんなつもりじゃ…
私は癒し系スローライフ映画を…
……あれ?
なんだか癒されてる気がする

 ある日、寝っ転がったまま「なんか美しい景観に恵まれた街スローライフを送る素朴な人々を描いた心安らぐ映像作品でリフレッシュしたいな~」とアマプラの森をうろうろしていたところ、いい感じのタイトルを発見し、なにげなく再生ボタンを押したら、この映画に巡り合えました。
 説明文はきちんと読むべきですね。ちっとも望んでいたような作品ではありませんでした。ほのぼの系とはほど遠い。
 ですが、思いがけない方向で、癒しを感じられる作品でした。あまりにもよかったので、この映画を必要としている人のために、ここにレビューしておきます。あなたが許されないミスをして自責し続けているのなら、この映画はあなた向けです。

海辺のマンチェスターって
どこにあるマンチェスターなわけ?

マンチェスター・バイ・ザ・シー……海辺のマンチェスター……なんかえぇ感じやん……あれ、マンチェスターに海ってあったっけ?
 イングランドの主要都市マンチェスターにはありませんね。内陸の街ですし。マンチェスターという同じ名前の街がアメリカにもありまして、そのうちのひとつがこの映画の舞台であるマサチューセッツ湾に面したマンチェスターです。なんでも、鳴き砂のビーチがあるそうで、どちらかといえば夏の街みたいですね。ニューヨークより北にあるボストン近郊の街なので、冬には雪がどっさり降ります。
 夏には海が涼しげに誘い、冬には雪がひっそりと包む。緑は多いし、人は優しいし、なかなか住みよさそうな街に暮らしていても、やっぱり悲しいことはあるものです。

人間は愛に値する
たとえ自分を許せなくても

主人公のリーがあまり楽しくなさそうな感じで働いているシーンから、物語は始まります。彼の仕事はアパートの便利屋さんなのですが、主演のケイシー・アフレック氏の演技が、この時点からすごい。あとで思い返すと、冒頭のシーンのかったるい働き方だけで、この人物は自罰傾向にあるんだぞ、自分を苦しめずには生きていられないキャラクターなんだぞと、そういう雰囲気を醸し出していた気がしてきました。
 心臓を患っていた兄の訃報を受けたときも、リーのかったるさには変化が見えなかったように思います。お休みを取り、引継ぎをして、車を運転してマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻り、そしてたったひとりで遺された甥っ子パトリックの世話を焼きはじめます。

 アイスホッケーの練習をしていたパトリックを迎えに行き、また父の死を知らせる役目を、あまりにも当たり前に引き受けたので、シングルファーザーだった兄が自分を甥っ子の後見人に指名していたと知ったとき、リーが露わにした動揺と拒絶は、私にとってはちょっと意外なものでした。
 リーはパトリックがひとりぼっちになったことを気に掛けているようでしたし、遺言を預かっていた弁護士が「この街に住んでいたじゃないか」と言ったとおり、ひとりボストンでつまらなさそうに生活していた描写に比べ、マンチェスターに戻ってきたリーは、古くからの友人に支えられ、甥っ子と生活し、兄の死に苦しみながらも、人間らしさを取り戻しているように見えていたからです。

 ところが物語が進行し、リーの元妻であるランディが登場して、別れることとなった夫婦の過去が明らかになっていくと、話が変わってきます。
 彼らがかつて直面したとんでもない喪失を中心に、リーが頑なにパトリックとマンチェスターを拒否する理由が説明されていくプロセスは、まるで謎解きのようにスリリングでした。まるで謎解きのようにスリリングで、それでいてトリックなどはひとつもない、誰の人生にも起こりうる悲劇についての追想になっていました。
 ささやかな幸せをひとつひとつ注意深く避けていくリーに、ほとんどの視聴者は途中でうんざりしてしまうと思います。それでも諦めずにストーリーを辿ってきた努力が実ったような、納得のいくどうしようもない悲劇の解明でした。
 その過去を知ったうえで兄がリーに託した、甥っ子のパトリック。彼にはまだ保護者が必要です。そしてともに時間を過ごすなかで、家族としてのリーとの絆もまた、パトリックは強く必要としていることが分かってきます。パトリックと家族を形成し、マンチェスターに根付くことで、リーもまた癒されていくのではないかという期待を、彼の友人たちや視聴者も抱くようになっていきます。
 そんな期待に、リーは欠格者として向き合い、物語は結末に向かいます。

 この映画はハッピーエンドかと問われても、私はハッピーエンドだと言えそうにありません。でも、バッドエンドでもサッドエンドでもなく、冬の朝日のように冷たい大団円ではありました。
 致命的なネタバレになるので詳しくは語らないんですが、最後にリーがした決断は、決して物語映えするものじゃありませんでした。でも、とてもリアルで、それでいて滋味のある、この映画らしいものだったと思います。
 レビューを検索すると「マンチェスター・バイ・ザ・シー つまらない」なんてサジェストが出たりするんですが、これがつまらない人は、以前にご紹介したイヴァン・コトロネオ監督の映画「最初で最後のキス(UN BACIO)」は見ない方がいいんじゃないですかね。

 主人公のリーは決して自分を許すことができないような過ちを犯した、極めて不完全で、自信のない、寂しいキャラクターでした。それでも人間というのは愛されるに値するし、受け止めきれない愛を拒んでしまうことがあっても、自分なりにせいいっぱいの愛を表明することは可能であるのだと、たとえ誰もが拍手喝采するようなハッピーエンドを実現できなくても、小さな希望が灯ればそれでいいのだと、清澄な港町の風景を淡々と映し出すエンドロールが語っていたように思われます。

こりゃアカデミー賞も獲るわ

 この「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という映画、玄人受けするのか、なんかめちゃくちゃ受賞しているようです。あっちこっちにいろんな部門でノミネートされているうえに、とくに主演男優賞脚本賞はより取り見取りで受賞しているような印象を受けます。そりゃすごかったもの。

 主演は『オーシャンズ』のモロイ兄弟のお兄ちゃんの方を演じていると言われたら、あんまり映画に詳しくない私でも「ふ~ん」となるケイシー・アフレック氏。ごめんなさい、あんまり注目してなかった。次に地上波でやるときにはモロイ(兄)を応援すると誓います。
脚本ケネス・ローガン氏。よし、これは『ギャング・オブ・ニューヨーク』も観なくちゃ。
 あと、この『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の制作陣には、俳優としておなじみのマット・デイモン氏も加わっているのだとか。公式ホームページによると、もともとは自分で主演するつもりだったところが、スケジュールの都合がつかず、幼なじみで親友のケイシー・アフレック氏に任せることになったそうです。誰になにを任せるのか、重要なところを自分で決めて「力ある役者と脚本、そしてケニーの演出によって、この映画は忘れられないものになった」なんて感想を述べられるなんて、なんかすごくいいですよね……。理想の映画作りじゃん。よかったね。

 一から十まで「丁寧に作られた」感じがするというか、いろんな人の愛着が感じられるというか、なんだか滋養強壮になるというか、とにかく致命的にしくじってしまって、自分を生かしちゃおけないような気分になっちゃったときには、一度すべての着信音やアラームを切って『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を観てみるといいと思います。激熱なアクションシーンや濃厚ラブシーンはない(なんだか微笑ましいラブシーンもどきはある)ので、途中で寝ちゃうかも知れませんが、疲れてるならぐっすり寝たらいいでしょう。必要な人に届いて欲しいのでこんなこと言うだけです。魅入っちゃって時間を忘れる人も、必ずいらっしゃるはずです。とりあえず、なんかいいなって思ったら、観てみた方がいい映画でございました。


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