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ノア・スミス「アメリカに労働者階級は存在しない」(2024年11月19日)

アイデンティ政治は失敗したけど、階級政治ものぞみ薄だ。

2017年、僕はバークレー大学で開かれたホームパーティーに参加していた。皆、ヒラリー・クリントンはどうしてドナルド・トランプに負けたかについて議論していた。カリフォルニア大学バークレー校の法学部に通っていた女性が、ヒラリーは「労働者階級」を無視したからよ、と断言した。僕は、彼女に、労働者階級とはどんな人なのかについて説明をうながした。彼女の想定にあったのは、学生ローンを抱え、学んだ人文学の学位を活かせないでいる「セックスワーカー」だった。

彼女の想定があまりに意外だったので、この件は心に残っている。労働組合に加入している自動車産業や鉄鋼業で働く労働者や、ヘルメットを被ったアメリカ中西部のステロタイプな男性を挙げると思っていたし、アメリカの民間部門労働者で組合に加入している割合がいかに少ないか製造業に従事するアメリカ人がいかに少なくなったかについて説明しようと待ち構えていたからだ。そうじゃなくて、彼女が自身と同じ教育を受けた進歩的な社交界にいる人を挙げたのに、本当にビックリした。しかしこれは、いっぱしの真実だ。彼女のような法学部の学生にとって、「労働者階級」とは、単に一番アンラッキーだった友人のことなんだ。

民主党はアイデンティ政治から階級政治に移行しないといけない、という話を聞くたびに、この時の彼女との会話を思い出す。例えば、先日の大統領選でカマラ・ハリスがドナルド・トランプに負けた件にバーニー・サンダースは次のように反応した。

バーニー・サンダース上院議員は、民主党が2024年の大統領選に負けたのは、人種、ジェンダー、性的志向の話題にこだわりすぎたからだと語った。ハリス副大統領は、最低賃金の引き上げや医療費の引き下げによって労働者階級のアメリカ人を支援する方法について話すのに十分な時間をかけなかった、と。
「アメリカ国民の多くが苦しんでいるという事実に対して、ハリスらはどう対処するつもりだったのか? 強欲なアメリカ企業について一言でも口にしたのか? 全てを欲している億万長者が、政治システムも我が物にしようとしている事実については? 一握りの人たちがこの国の所有し、さらに多くを欲しがっており、普通のアメリカ人のことなど気にかけてもいないことに誰も持ち出さなかったのか?」とサンダースは語った。

民主党支持者や進歩主義らの多くは今、過去10年間に失敗したアイデンティティ政治の代わりに、この手の階級政治を採用することに強く惹かれてるに違いない。前々回の大統領選を覚えている人がいるなら、特定の人種に入れ込まず、階級を重視するバーニー・サンダースのような人ならトランプに勝てたんじゃないかと考えているんだろう。そして、最近まで民主党が低所得者層や低学歴層の有権者を獲得していたことも知っているから、階級政治をやればそうしたかつての有権者を取り戻せるかもしれないと思うのも当然だ。

でも、僕はこれがうまくいくとは思えんないんだ。

たしかに、前々回の大統領選だと、バーニー・サンダースはドナルド・トランプを倒せたかもしれないと僕も思ってみたりする。あと、民主党は経済問題――特に最低賃金や健康医療保険みたいな得意とする分野に注力することは良いんじゃないかな。でもね、バイデンは労働者寄りの政策を大量に実施して低所得者層に多くの恩恵を与えたんだよ。それでも低所得者層は大量にカマラ・ハリスから離反していった。豊かな国だと、家計の問題よりも、文化的・社会的な問題が優先されることが多い。まあそれでも、経済をアピールすることはいいことだけどね。

でも、バーニー・サンダースが推進するような階級政治をアメリカで実施するのは本当に難しいと思う。さっき持ち出した、2017年のカリフォルニア大学バークレー校の法学部の学部生と僕との議論がその理由を教えてくれる。アメリカ人は単に、「労働者階級」とは実際にどんな人を指すのかについてハッキリとした認識を持っていないんだ。

信じられないなら、世論調査をみてほしい。アメリカ人のほとんどが自分を「中流階級」とみなしているのは皆も知っているだろうけど、自分を「労働者階級」ともみなしている。下は、2024年の最初に行われた世論調査の結果だ。

共和党支持者は民主党支持者より労働者階級を自認している。
赤:共和党支持者
青:民主党支持者
出典:ピュー・リサーチ・センター

驚くべきことに、大卒の共和党支持者の51%が、高所得層の共和党支持者の59%が「労働者階級」を自称している。民主党の数値は共和党より低いけど、それでもかなりの割合が「労働者階級」だと自認している。アメリカ人は、どれだけ稼いでいようと、どんな学位を持っていようと、自分を「労働者階級」とみなすのを好んでいるんだ。

なぜそうなのかについて僕は推測することができる。最近の共和党支持者からすれば、「労働者階級」であることは、高学歴アメリカ人のほとんどが信奉している進歩的な文化に同調しないことを意味してるんだろうね。金持ちで大学の学位を持っていても、「労働者階級」を自称したら、「ヘテロノーマティブ(異性愛であることが標準とする)」とか「シスジェンダー」とか「文化的盗用」みたいな言葉にうんざりしたり、困惑を覚えている低所得・非大卒層と文化的連帯を感じることができるわけ。一方で、高所得・高学歴な民主党支持者は、「労働者階級」を自称することで、株や不動産から不労所得を得てるんじゃなくて、働いて収入を得ていることにできるんだろう。

あと、アメリカ人は、アメリカ社会を階層流動性が高いものだと感じているんだろうとも思う。「社会主義がアメリカに根付かなったのは、アメリカの貧しい人たちは、自身をプロレタリアートではなくて、一時的に困窮している億万長者と思っているからだ」というジョン・スタインベックの言葉としてよく引用される(でもスタインベックはこんなことを言っていない)ものがある。この流布している言葉の裏返しとして、裕福なアメリカ人の多くは、自分の力で栄達したプロレタリアートだと思っている。億万長者は、子供の頃の質素な家庭を思い出して、自分を労働者階級だと思っているかもしれない。なにせ、それがルーツだからね。原注:1

事実、アメリカは階層流動性が高い社会だ。過去の10年間、評論家の多くや、経済学者の少数は、「アメリカンドリームは死んだ」と主張してきた。でも、実際の数値はそれを裏付けていない。低所得者層のアメリカ人のほとんどは、最終的には親より多くの収入を得ている

成人後に親世代より総家計収入が多い人の割合
出典:マイケル・ストレイン

特に高所得者層の収入はボラティリティ(変動性)が激しく、最近になってさらにその傾向はもっと強くなっている。実際、2016年の研究によると、アメリカ人の11%がキャリアのどこかでトップ1%に達することが判明している。世代を超えた、貧乏人から金持ちに、あるいは金持ちから貧乏人へのストーリーは珍しい話じゃないんだ。

階層流動性(モビリティ)――機会とリスクの両方を含むボラティリティ(変動性)があることは、おそらく特定の社会経済階層に所属しているという感覚を薄れさせてしまう。産業革命の前だと、農民階級という分かりやすい階級があった。農民は代々農業を営んで、子供らも農業を続ける運命にあった。他の階級、職人や貴族なんかもそうだった。昔はみんな、自分の職業、収入、社会的地位は子供に引き継がれたんだ。産業革命後の社会だと、この世代をまたいだ永続性は大幅に減少している。

もちろん、工業化時代には、プロレタリア階級――都市部の工場労働者がいたことはみんなも知ってるよね。でもアメリカだと、そうした裾野が広かった工場労働者は年々消滅していっている。アメリカの労働者の大部分はもう製造業で働いていない。原注:2

青:製造業労働者
赤:サービス業労働者

今のアメリカは、仕事内容はあまりに細分化されていて、まとまった階級を形成することはできなくなっている。レジ打ち、バリスタ、販売員、ウェイター、カスタマーサービス担当、パーソナルトレナー、受付、医療アシスタント、倉庫作業員などなど、サービス業はあまりに多岐にわたっている。こうした仕事に共通点は必ずしもあると言えない。工業化時代のように階級意識のあるプロレタリアートを形成するには不十分だ。

20世紀半ばにアメリカの「労働者階級」で特徴となっていたもう一つの要素は労働組合の結成だ。でも、アメリカの民間部門での組合加入率はほぼゼロに近い状態にまで低下している

出典:ダグ・ヘンウッド

民間部門だと組合加入率は低下しているが、公的部門だと組合加入率は今なお高い。これが相乗効果になって、労働組合に加入している人はかつてないほど高学歴になっている。ファーバーらの研究(2018)によるとなら、戦後アメリカだと、組合加入労働者は、加入していない労働者よりすごく低学歴な傾向にあったんだけど、今やそうじゃなくなっている。

一例を挙げると、僕は組合員だった! 院生時代にミシガン大学で経済学を教えていたんだけど、GEOという労働組合に所属していた。この記事の見出しの写真に写っている人たちみたいに、組合でストライキをやったこともある。でも、ストライキの経験があっても、1950年代の労働組合に加入していた工場労働者と同じ社会階級の一員だと感じたことは一度もなかった。程遠い存在だった。原注:3

バイデンが現職の大統領として初めてピケラインに立った時、そんなに共感を集めなかったのは、このせいかもしれない。典型的な労働組合員は、もう組み立てラインで働くブルーカラーの揺れ動く投票者じゃない。民主党に投票するのをほぼ決めている公務員だ。

なら、経済的に「生活のために働く人」と「不労所得を得る人」に分けるのはどうだろう? 確かに、資本所得は多額で、金持ちのほとんどは株式を所有している。でも、資本所得の数値はおそらく大幅に過大評価されている。資本所得は労働所得よりも低い税率で課税されているからだ。スミスらの研究(2019)によるなら、裕福なアメリカ人の多くが、個人事業主として働いて売上を直接所得(パススルー利益)としているが、彼らは税率を低くするために、所得を個人所得ではなく、事業所得として計上することで、〔法人税として〕低い税率で納税していることを明らかにした。

上位層の所得で主な源泉となっているのは、私的な「個人事業」から直接得た収入であり、税的な意味では、企業家の労働所得に分類できるだろう。(…)1,100万社の企業とその所有者を関連付けたデータによるなら、上位のパススルー利益は、技術集約型産業と密接に関係した中堅企業の現役世代の企業所有者が受け取っているものだ。パススルー利益は、企業所有者の退職か早死すると3/4に減少する。パススルー利益の3/4を、人的資本所得として分類すると、典型的な以上所得者は、収入のほとんど金融資本からではなく人的資本〔自分の労働成果〕から得ていることが判明する。

(そう、この研究からは、労働所得の割合が低下しているという主張が、大げさに誇張されている可能性を読み取ることできる。つまり、労働所得の低下は、不労所得を得ている人が増えているんじゃなくて、労働所得の格差に関係しているというのがおそらく正解だ。)

つまり、アメリカ人のほとんどは日々、長い時間働いている。確かに、過酷な肉体労働をする人もいれば、メールを書くだけの人もいる。ブルーカラー労働者と、ホワイトカラー労働者の間にはまだまだ隔絶がある。でも、今やアメリカではホワイトカラーの仕事をする人がすごく増えたので、社会全体が、ホワイトカラーも「本当の労働者」としてみなすようになった。長時間労働している限り、「労働者」と判断するようになったわけね。ほとんどのアメリカ人は労働者なんだよ。非労働者と労働者を分けるのは無理なんだ。

なら、「労働者階級」を所得で定義できるだろうか? 「労働者階級」と「専門職階級」の対立ついてよく聞くけど、実際のデータ上で、このグループ間に明確な区別はない。所得の分布はかなり連続的だ。

出典:アメリカ合衆国国勢調査

上の分布で「山(ピーク)」がいくつかあれば、それを「階級」として識別できる。でも「山(ピーク)」は一つしかないので、なんらかの「階級」分類をしても、それは恣意的な「区切り」にすぎないことがこの分布図からわかる。評論家だと、分布の下位1/3を「労働者階級」、中間1/3を「中流階級」なんて呼ぶことができるかもしれない。でも、その「階級」に属する人々が、本当に連帯感を持てるだろうか?

僕はそうだと思えない。「労働者階級」と「中流階級」の境界を年収4万ドルとしよう。そうすると、年収3万9千ドルの人は、年収4万1千ドルの人と強く共感するじゃないかな。所得の分布が連続的だと「階級」という概念は持ち込めないんだ。

僕が思うに、本当にアメリカで「階級」区分があるとすれば、一つだけある。それは高等教育を受けたかどうかだ。大卒履歴の有無は、将来の収入や就ける仕事の種類だけじゃなくて、健康社会的成果にまで人生で大きな違いをもたらす。なので、アメリカで「大卒の専門職階級」について話すことは理にかなっていると思う。

問題は、アメリカで大卒の専門職階級がかなり統一された文化を持っているとしても、非大卒のアメリカ人が労働社会階級としての連帯感や、階級意識を持っているわけではないことだ。大学は人を統合させる強力な機関で、通った人に特定の文化や態度を植え付け、一つのコミュニティのように振る舞うことを教えてくれる。一方で、大学に進学しなかったアメリカ人は、軍隊に入るか、宗教的に敬虔でない限り、なんらかの統合的な経験をすることはほとんどない。結果、大学に進学しなかった「階級」は非常に分断されて孤立している。僕達が、そうした人たちを「労働者階級」と呼ぶことはできるかもしれないけど、そうした人たちは労働者階級のように振る舞わないし、バーニー・サンダースが応援しても気にもとめないだろう。

アメリカのような脱工業化経済には、たくさんの労働者はいるけど、本当の意味での労働者階級は存在しない。なので、民主党が低所得者層や非大卒の有権者を取り戻したいないなら、そうした人たちを階級闘争の片方のサイドにするんじゃなくて、「アメリカ人」として包摂するアピールをしないといけないと思う。バーニー・サンダースの階級政治は、2016年には、人種的アイデンティティ主義に代わる新鮮な選択肢に感じたかもしれない。でももう過去の産物だ。

なので、民主党は間違いなく手取りの問題に取り組むべきだけど、低所得者層や非大卒のアメリカ人が、労働組合支持政策、医療補助金の増額、最低賃金の引き上げ、億万長者への激烈な文句を組み合わせれば、富裕層に対抗して立ち上がる気にさせられるという考えは、空想的だろうね。階級闘争は、アイデンティティ政治の容易な代替案として少なからず好かれてるかもしれないけど、そうした人が思っているほどうまくいかない可能性が高い。


原注1:その人のルーツが中流か中流上流(アッパーミドル)階級だったとしても、昔の生活水準は今よりもはるかに低いから、振り返ってみると「労働者階級」に思えるかかもしれない。

原注2:この工場労働者の減少の一部は、実は製造業企業の内部業務の外部委託によって誇張されてしまっている。昔の製造業企業では何十年間も、会計や給与計算なんかを、自前の部門でたくさんやってたんだ。そうしたことをやっていた従業員も製造業企業に雇われていたから、製造業労働者としてカウントされていたわけ。今だと、製造業企業のほとんどが、こうした事業を外部の専門業者に委託してるので、そうした仕事をする人は「製造業」の労働者としてカウントされなくなった。まあそれでも、実際に工場え働いてる人の数が、全労働人口割合で、大幅に減少しているのは間違いのない事実だ。

原注3:ストライキによって僕らは最終的に、健康手当の改善やら、もう忘れてしまったけどいろんな改善条件を勝ち取ることに成功した。みんな将来、もっと高収入の仕事に就くことになるつもりだったので、ストライキはちょっと馬鹿げてると思ってたんだけどね。でも、とにかくやってみたわけ。楽しかったし、20代だったから。でも、労働者階級になりきるごっこ遊びをしてるんじゃないか、という点についてだと僕はストを一緒にやった院生らよりも、皮肉的で自覚的だったと思いたいね。


[Noah Smith, "America doesn't really have a working class, November 19, 2024; 翻訳 WARE_buefield]
〔アイキャッチ画像出典元:Neweditor90, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons


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