ノア・スミス「高学歴専門職階級はアメリカの現実から遊離してる」(2024年11月10日)
「俺が,現実離れ?」
「いや,現実離れしてんのは,大学院も出てない連中の方だろ」
トランプ勝利から得られる教訓その三
先週の共和党大勝利選挙から民主党が学ぶべき教訓について書いてきた.一本目では,アイデンティティ政治ではヒスパニック系有権者に訴求できていない件をとりあげ〔日本語記事〕,二本目では,民主党が雇用ばかりを気にしすぎてインフレへの注意がおろそかだったことを語った〔日本語記事〕.そして三つ目は,アメリカの階級についての教訓だ.高学歴専門職階級は,他の同胞たちから遊離しつつある.価値観・信念・情報の取り方で,彼らは他の人たちから距離が開きつつある.
ほんの数年前まで確実視されていた人口統計的な傾向の多くが,今回の選挙ではひっくり返った.トランプ派,ヒスパニック系有権者たちを共和党支持に大きく転換させたようだし,大都市圏は他の地域よりもいっそう強く共和党支持に傾いた.でも,今回の選挙でもひっくり返らなかった重要な傾向がひとつある:教育の二極分化だ.大卒でない有権者のあいだでは,トランプ支持が過去2回の選挙をさらに上回る圧倒ぶりを見せている.他方で,ハリスが獲得した高学歴層の支持は,バイデンと同程度だった.
年月を経るうちに,民主党の支持基盤は労働階級から高学歴専門職階級へと決定的に転換を遂げている:
この転換によって,ハリスの選挙運動は敗北を余儀なくされた.非大卒者の方が大卒者よりもずっと多いからだ――2024年時点で,大卒者は有権者全体の 43% しかいない.
それに,この弱点は長期的な問題になりそうだ.かつて,大卒者が安定して増えていたときには,大卒の有権者が未来のカギとなると考えやすかった.でも,近年,大学入学率は横ばいになり,下がりはじめている:
しかも,2022年に新規大卒者の人数は減少した.アメリカの総人口は増えているのに,だよ.
大学教育を受けるアメリカ人が減りつつある理由については,この7月に記事を書いた.
かいつまんで言うと,大学を出ることで得られる収入ブーストが大幅に減少したにもかかわらず学費は高騰しつづけて,大学進学の値打ちが下がってしまったんだ.これは,大学じたいが大学行政の職員や施設への支出を増やしたのにともなって学生により高い学費を請求しなくてはいけなくなったことと,大いに関係がある.
大学が各種コストを切り下げ,学費を安くし,お買い得感を高めれば,いずれ入学者数は増えるかもしれないけれど,すぐに実現するとは思えない.その一方で,社会主義者たちが提案している大学無償化は,実現の見込みゼロだ.バイデン版の気前のいい新学資ローン返済免除ですら,一時的なもので終わるかもしれない.財政コストが巨大すぎるからだ.そういうわけで,納税者のお金をバンバン注ぎ込んで教育水準向上の傾向を復活させることにはならないだろう.
言い換えると,民主党の教育プログラムは現状のままだ.非大卒有権者たちを取り戻す術を民主党が見つけ出せないかぎり,当面は選挙で巨大な不利におかれる見込みが大きい.
ただ,非大卒有権者を取り戻すためには,民主党支持基盤の屋台骨となっている高学歴専門職タイプの人たちと進歩派運動が,そこまで高学歴じゃない大衆とうまくつながりをもてる語り口を見つけ出す必要がある.彼ら大衆の心配事をとりあげ,彼らの価値観に語りかけ,彼らの言葉で万事を語らないといけない.これは「言うは易し」というヤツで,ソーシャルメディアでぼくが目にする反応の多くは,控えめに言って,すごく心許ない:
さすがにいま引用したのは極端な例だけれど,総じて,高学歴専門職階級はこの二~三十年のあいだに他の人たちからかけ離れた存在になってしまっているように思える.
ズレた問題意識
高学歴専門職と他のアメリカ人たちでなにより重大なズレはなにかと言ったら,日々に直面している問題がまるっきりちがっているところだ.トランプ支持の有権者たちが挙げた問題のほぼすべてが,専門職階級より労働者階級にずっと深刻な打撃を与えるものばかりだった.
1年ほど前のこと,とてもいい感じの理髪店を見つけて,髪を切ってもらった.そこの理容師は50代のベトナム系移民の女性だった.その近隣で,窃盗が横行して小規模のお店がさんざん悩まされているんだと,彼女は不満を語った.950ドル未満の窃盗だと犯人が逮捕も起訴もされないせいで,窃盗が助長されてるんだと言う.
実のところ,950ドル未満の窃盗も相変わらず犯罪なんだけれど,2014年の住民投票にかけられた提案47号によって,窃盗は重罪から軽犯罪に変更された.(今年になって提案47号はあらかた撤廃された.カリフォルニア州の有権者が提案36号という別の住民投票案を可決したんだ.) 提案47号がどれほど大きな要因だったのか,ぼくにはよくわからない.ただ,理由がどうであれ,サンフランシスコの窃盗罪は2010年代後半にかなり大幅に増加した:
これは,州全体での全般的な増加とそっくり鏡映しだ [n.1]:
かくいうぼくも高学歴専門職で,街の小企業事業主じゃない.サンフランシスコで車上荒らしが激増してるって話は聞いていたけれど,小売店の窃盗被害がどれほど広まっているのか気づくまでに,ずいぶんと時間がかかった.ぼくにとって,ベイエリアでの強盗襲撃の波が都市の無秩序と荒廃のきざしであり,中心市街の多くの店舗を閉店に追い込む要因だった.
でも,強盗に遭ってる理髪店主や,略奪されてるコンビニ店主にとっては,他でもなく自分の生計の問題だ.そのお金は,子供を大学に通わせる資金にもなるし,住宅の配管を修理してもらう余裕にもなるし,車を修理する元手にもなる.高学歴専門職であるぼくは,強盗や窃盗の被害に遭う機会がずっと少ない.
それに加えて,ぼくは都市に暮らす高学歴専門職だ.高級な郊外住宅地に暮らす人たちとなると,2020年~2021年にアメリカを苛んだ犯罪の大波とはいっそう無縁だ.フロイド抗議デモ後におきた無秩序の爆発的な拡大に大きな痛手を受けたのは,都市やもっと貧しい地域に暮らす低所得層の人たちだった [n.2].
「警察予算をなくせ」運動 (”defund the police”) みたいなのは,裕福で好きなところに移り住める人たち,つまり高学歴専門職の贅沢品だ.誰よりも警察を必要としているのは,低所得アメリカ人であり,小規模事業主たちだ.
インフレについてはどうだろう? バイデン政権の経済運営を擁護するとき,ぼくはよく指摘するんだけど,所得分布の下層にいる人たちの実質賃金ほど,伸びが急速だった.これはインフレ調節した数字の話だけれど,州全体のインフレ率で調節されている.実は,ミネソタ連銀のジェフ・ホーウィックが解説しているように,稼ぎの少ない人々ほど,2021年いらいの物価上昇幅が大きくなっていた.理由は二つある.第一に,低所得層と中所得層の人々が所得のより大きな割合を支出しがちなモノ,とくに住宅費は,他よりもうちょっと値上がりが大きかった:
第二の理由はかなり自明だ:手持ちのお金が少ないと,購買力低下がいっそう耐えがたくなってしまう.ぼくの生活費が 10% 上がったとしても,頭痛の種としては小さなものだ.ところが,労働者階級の人だと,これはとんでもない大打撃になりかねない.低所得層の人たちほど物価の変化に気づきやすかったのも,不思議じゃない:
ぼくみたいな高学歴専門職の人たちは,パンデミック後の高インフレに見舞われても2023年にインフレが鎮まるとすぐに乗り越えられたけれど,おそらく,ふつうのアメリカ人はもっと高インフレの傷みが長引いたはずだ.
「バイデン政権下で国境に殺到してアメリカに入ってきた大量の亡命希望者たちは,どうだったの?」 実は,低技能の移民たちがやってきても,現地生まれの労働階級アメリカ人の賃金はたいてい下がらなかったりする.でも,なぜ彼らの賃金が下がらないかっていうと,移民流入が増えたときにアメリカ生まれの人たちは復学したりスキルアップを図ったりするからなんだ.これには,時間とお金がかかる.
それに,低技能移民たちは,学歴が高くないアメリカ人たちと住宅をめぐって直接に競合している.亡命希望者たちはたいてい貧しい.だから,低所得に向いてる地域の集合住宅や住宅に住もうとする.すると,そういう地域のそういう住宅タイプの賃料を高める影響は,都市全体や州全体で見た影響よりも大きくなる.アメリカの労働階級にとっては,賃料が値上がりしてしまうわけだ.すると,州レベルで全米レベルの統計でとらえられる数字とはちがった影響が,彼ら労働階級の購買力に及ぶことになる.
なので,バイデンはインフレを鎮めたし,犯罪を減らしたし,ついには国境管理も厳格にしたけれど,あれこれと心強い好調なグラフが出てきたところで,2020年~2022年の時期に労働階級アメリカ人が味わったトラウマが払拭されようもなかったのは理解できる,それに,高学歴専門職の方が,パンデミック関連のいろんな混乱やバイデンが2021年にやらかした失策にともなう混乱からずっと強く守られていた.そのせいで,他のみんながどれだけしんどい目にあっていたのかを認識する必要すら感じなかったのかもしれない.
こういう認識のずれがあったせいで,おそらく,大卒でない人たちはのけ者にされてしまった.認識がズレていたために,多くの進歩派は「警察予算をなくせ」みたいな不人気運動にソーシャルメディアで首ったけになってしまったし,民主党の政治家たちは高学歴の進歩派に語りかけるのに慣れっこになって,他のアメリカ人同胞がなにに苦しんでいるのかについて歪んだ理解を得てしまったんだろうね.
情報の仕入れ方もかけ離れていた
2週間ほど前,Uber の配車を頼んだら,その運転手が猛烈な勢いで憤慨を語った.インフレはどうにも手に負えねぇ,ワクチンなんぞ効きゃしねぇし,なんもかんもヒデェ健康問題を引き起こしてやがる,もう仕事なんぞありゃしねぇしよォ――などなど.彼の雄弁を聞きながら,ぼくがまるっきり接触をもっていないアメリカ人の巨大な層があるんだってことをつくづく痛感した.
もちろん,彼が語ったことはほぼぜんぶ事実に反している.インフレが低水準に下がってから,もうずいぶん経つ.雇用は史上まれにみる高水準だ.ワクチンは安全で効果がある,などなど.でも,彼がこういうことを信じてるってことから,ひとつ垣間見えることがある.ぼくの常食してる情報源であるブログやら『ワシントンポスト』やら知識大好きオタク向けポッドキャストやら経済系 Twitter やらとは,もう完全にかけ離れた情報の生態系が存在してるんだ.
というか,この情報の仕入れ方の乖離も,おそらく,トランプ勝利の一因だ.ぼくが知ってるような好調なデータ(このブログでしょっちゅう語ってるデータ)を承知してる有権者たちは,ハリスをとても強く支持した.その一方で,さっきの Uber 運転手と同じ誤認をしている有権者たちは,トランプをとても強く支持した:
こういう世論調査で,回答者がとにかくデタラメを言っているおそれもある――とある研究によれば,こういう事実を正しく答えた場合に報酬を与えると,人々は正しい回答をする傾向があるそうだ.「インフレはまだ高い」という回答は,実はたんに「自分はトランプが好きだ」と言ってるだけかもしれない.
それに,さっきの4つの設問では,正解がどれもジョー・バイデン政権の実績について好評価を語ることになる言い回しになっている.もしも設問が「全体として,殺人率はトランプ時代よりバイデン時代の方が高かった」(事実)だったり,「2021年以降にアメリカのインフレ率は 1970年代以来のどの4年間よりも高かった」(事実)だったり,「2021年以降の不法入国者数は,2000年代序盤以降のどの4年間よりも多かった」(事実)だったりしたら,事実を誤ったのは共和党支持者ではなく民主党支持者だったかもしれない.(もちろん,本当のところはわからないけれど,経済問題に関して民主党支持者は党派的なバイアスを示しがちだ.)
でも,それだけでなく,高学歴でないトランプ支持者たちの多くが,政治・経済・世間の問題について得ている情報は〔高学歴の人たちより〕段違いに少なそうでもある.高学歴の連中は,一般にずっと多くのニュースを消費している.それに,ずっと多くの政治ニュースを消費する人たちは,ハリスに投票する傾向を見せた:
また,ニュースを消費するにしても,その情報源が大きくちがっている見込みが大きい.選挙後にさかんに行われた分析では,こんなことに注目が集まった――ブルーカラーのファンを多く抱える人気ポッドキャスト司会者ジョー・ローガンは,ドナルド・トランプや JD ヴァンスにはインタビューしたのに,カマラ・ハリスやティム・ウォルツにはインタビューしなかった.ジョー・ローガンのポッドキャストには, 1800万人の登録者がいる.比較対象を挙げると,いちばん人気のあるケーブルニュース・ネットワークであるフォックスニュースがゴールデンタイムに集める視聴者はだいたい200万人だ.同じくブルーカラー人気の高いニュースメディアのバーストゥール・スポーツはがっつりトランプを支持して,ハリスからインタビューをしませんかと申し出があったのに拒否したと報じられている.
つまり,たくさん政治ニュースを消費している高学歴アメリカ人相手には民主党もまだまだうまくメッセージを届けているけれど,大卒でない大衆にはますます届かなくなってきている.それで,Uber 運転手が政治について語るのを聞いてると,まるで異世界から来た人に会ってるような感覚を覚えてしまうわけだ.
だからといって,ブルーカラーの保守派が事実を誤認している一方で高学歴の進歩派が事実を正しく認識してる,というわけでもない.それどころか,すごく高学歴の進歩派たちは仲間内で話を交わすうちに,とっぴょうしもないことを信じてしまっていることがある.2020年の夏に,とある弁護士の友達が,ぼくにこう言い張った.「警察制度はアメリカの奴隷制度から発展を遂げたんだよ.」(もちろん間違いだ.だって,警察は世界中で独立に生まれてきたからね.) また,ぼくにこう断定した進歩派もおおぜいいた.「警察は犯罪を減らさないよ」(まちがい).それに,「奴隷がアメリカを築いた」という,進歩派のあいだでしょっちゅう繰り返されてる主張も当然まちがってる.奴隷は人口の 10% 未満だったんだからね.ごく一握りながら,進歩派のなかには,政治のために社会科学の研究結果を意図的にでっちあげるのを強硬に擁護する人たちすらいる.
ただ,右派や左派それぞれの迷信がどういうものであれ,その迷信は左右で別々だ.高学歴進歩派の生息している情報生態系はまるっきり他と別物なので,自分たちの物語を大衆に届けて語りかけるにはどうしたらいいか,ほぼ見当もついてない.[n.4]
こういう階級の分断はどうして起こって,それを縮めるにはどうすればいいんだろう
かれこれ数十年にわたって,高学歴専門職階級は,アメリカの他の社会階級からかけ離れていっている.その理由の一端は,アメリカ経済の大転換にある―― IT,金融,生物薬剤学,ビジネスサービスといった知識産業が台頭して,沿岸部の大都市や大学街にアメリカ中から才能ある人たちが引き寄せられていった.経済学者のエンリコ・モレッティが好著『年収は「住むところ」で決まる』で示したように,都市の人的資本,つまり都市にどれだけ多くの高学歴専門職が暮らしているかを見れば,経済的成功だけでなく公衆衛生や幸福度などのいろんな指標をなによりうまく予測できるようになった.
才能ある人たちが陰気な故郷を脱出しようというとき,ニューヨーク,サンフランシスコ,ミネアポリスといった大都市や,アナーバー,マディソン,バークレーといった大学街は魔法のような遊び場に見える.そこには素敵なレストランやお店やバーが軒を連ね,交際相手や結婚相手になる高学歴専門職の人たちがいて,たっぷりお金を稼げるときてる.ぼくも,そういう脱出組の一人だった.
「でも,そうやって才能ある人たちが抜け出ていった場所は,どうなったの?」 才能が稼ぎに直結する時代に,そういう才能たちをヨソにとられた地域は,経済的に停滞した――2020年にバイデンに投票した郡は有権者の半分強を占めるに過ぎなかったのに,アメリカの GDP の 70% を占めていた.それに,地域のお医者さんや教員その他になる才能ある人たちが多くいないために,そういう地域では住民の健康が悪化した――薬物使用と肥満は蔓延した.教育水準が高くない人たちの結婚率が低下している件はたっぷり裏付けられているけれど,その理由の一部には才能ある専門職が地域から逃げ去ったことがあるかもしれない――経済的に成功した高学歴の人たちが結婚してからずっと別れずに二親そろった家庭で子供を育てる見本があんまりないなかで,取り残された街に暮らす労働階級のなかには,そういう慣行を放棄してしまった人たちもいるのかもしれない.
これが,分断の理由その一だ.理由その二は,制度的なものだったとぼくは思う.かつては,いろんな社会階級の人たちを定期的に集める制度がたくさんあった――主な例を三つ挙げると,教会・会社・軍隊がそうだった.でも,ベトナム以後のアメリカでは,軍隊は大衆が徴兵で集められる組織から転換して,エリート専門職の志願制組織になった.企業はますます細分化されていき,ブルーカラー労働や低レベルサービス労働の多くは外部委託されたり自動化されたりしている.それに,アメリカでは教会への所属率が低下してきている [n.5].もしかすると,インターネットの影響かもしれない.
これに加えて,車とインターネットでアメリカ人の社会生活が地元離れしたこともあって,極端な階層分化が進むお膳立てが整った.タイラー・コーエンが『大分断』で書いているように,アメリカ人は教育・所得その他の特徴をもとに自分たちを分類するのにますます上達してしまっている.
その間もまだ広範な機能を維持できている公共制度がひとつあった.それが,大学だ.アメリカの大学は多様な背景をもつ人たちを集めて交わらせようとつとめて,健やかで社交的な習慣を彼らに教え,地域社会での濃厚な生活を提供しようとしてきた.そうした生活は,のちのち大人として過ごす社会での見本にもなるはずだった.そして,これはかなり有効にはたらいた.
でも,それだって人口の4割を相手にうまくいったにすぎないんだよね.アメリカ人の過半数には,4年制大学で学位をとるだけの才能も学習習慣も意欲も時間もなかったし,(ひいては)お金もなかった.だから,幸運な4割の人たちにとって,大学は教会と軍隊とお仕事チームをまるごと兼ねた存在だった――車とインターネットの現代経済に滅ぼされた緊密な村の代替として,まずまず悪くない代用品だった.
そんな大学に行かない過半数の人たちには,なにもなかった.あったのは,昼間のテレビ,テレビ伝道師,覚醒剤,各種の陰謀論だ.NASCAR と,ヒップホップと,マーベル映画はあった.フォックスニュースとラッシュ・リンボーとマイケル・サベージはあった.安い土地,大きな家,安い車,巨大なサービス産業の雇用はたくさんあった.でも,彼らより上の階級は,大学と大都市と Google のカフェテリアという遊び場へ抜け出してしまっていた.
それでも,彼らだって高学歴専門職と同じ国の一員であることにかわりはない.彼らも,同じ選挙で投票しつづけてきた.そして,ある日,ドナルド・トランプが現れて,選挙による民主制で彼らの階級が結集した――すごく不快で痛みの大きいかたちではあったけれど.
今回の大敗北を受けて,多くの高学歴進歩派は,実に見事に失敗したアイデンティティ政治にかわる選択肢を求めて,きっとバーニー・サンダース流の「階級」政治のアイディアに目を向けるだろう.でも,それもきっとうまくいかない.
なにより,バーニー当人が,今年の選挙でカマラ・ハリスを下回る結果になっている.第二に,こちらの方が重要だけど,バイデンはこの数十年でいちばん労働者寄りで労組寄りの大統領だったのに,民主党になんの成果ももたらさなかった.バイデンは時間外労働の賃金を引き上げ,いろんな新法で労組を強化し,産業政策で工場建設を復活させ,連邦契約で労働組合員の雇用を義務づけた.ピケの現場を歩いた最初の大統領になったし,職業教育・見習い制度に資金を提供したし,競業避止義務を禁止した.他にも,バイデンはブルーカラー労働階級を支援するいろんな方策をいくつもとった.
労働階級の賃金は堅調な伸びをみせたし,格差は縮んだ.それに,バイデンはバーニー流の政策だってたくさん実施した――学資ローンを免除し,大規模な気候変動対策の法案を通し,医療への助成金を増やした.
これのどれひとつとして,カマラ・ハリスの助けにはならなかったんだよ.チームスターズ労組は支持を差し控えた.東海岸港湾労働者労組は,選挙のほんの数週間前というときに,経済を麻痺させかねないストライキをうつ構えを見せた.全米各地で,鉄鋼労働者その他のブルーカラーの組合員たちが労組指導部に背いてドナルド・トランプ支持の運動を展開した.ハリスが獲得した組合員票はかろうじて過半数に達したけれど,それだって大半は高学歴専門職からの票,とくに公務員組合の票によるものだ.
なにより,アメリカは1950年代みたいな工業社会でなくなってる.幅広いブルーカラー製造業労働者階級は,もはや過去の存在だ.いまも断片化して残っているその階級は,純粋な生計の問題よりも社会文化的な問題に関心を注いでいる場合が多い.アメリカの非大卒人口の大半は,労組に入っていない郊外のサービス従業員で,本物の階級意識なんてもちあわせていない.
根本において,アメリカは病んだ社会を抱えたすごく豊かな国だ.この地球上の他のどこよりも多く,史上類を見ないほど消費している.それでいて,いまなお機能しているひとつの制度〔大学〕から地域社会と健康の祝福を受けることのかなった幸運な一部の人たちをのぞいて,アメリカ人は社会的に孤立した薬物中毒者だ.
こういう有様をまとめて正す解決策はどうかって言うと,安直な方法はない.長期的には,アメリカは新たに仲間はずれをつくらない各種制度を構築する必要がある――社会のいろんな階級が交わり合っていっしょにはたらく場をつくらないといけない.でも,それには長い時間がかかる.当然,労働階級の人たちが大都市に暮らせるようにする YIMBY 政策〔建設を阻む規制や地域エゴの横槍を排除して住宅供給を増やして安くすること〕を実施していけば,物理的に近接していろんな階級が暮らすようになって,少しだけ助けになるだろう.でも,階級を統合する制度なしでは,その効果は限定的なものにとどまるだろう.
それに,テック業界にいる右派系の高学歴専門職たちは,自分たちに新しくできた労働階級の政治的同盟者たちが進歩派よりマシでもないのを理解している.ドナルド・トランプ当選の助力になり高学歴進歩派どもをゲンナリさせるまではよいとして,SpaceX で働く才能のない人たちを助ける計画なんて,彼らは持ち合わせていない.
短期的に民主党にできることは,これだ――問題の大きさを認識して,大学に進まなかったアメリカ人たちの文化と情報生態系を探索するためにできるかぎりのことをすること.ローガンでもバーストゥール・スポーツでもなんでもインタビューを受けること.でも,たんにインタビューされるだけじゃダメだ.その文化に我が身を浸さないといけない.ふつうのアメリカ人について情報を得るのに,自分たちのスタッフにもとに来訪する活動家や,古くさいマルクス主義理論をまくしたてる二十代そこそこの社会主義者みたいな手合いをあてにしてはいけない.自分から出向いて,実際にふつうのアメリカ人たちにあって見るんだ.相手がどんなことを求めているのかを聞き出して,それを彼らに提供する方法を考えるんだよ.
アメリカの階級大分断を正すには,長い時間がかかるだろう.でも,着手するならいまよりいい時はない.
原註
[n.1] このグラフでは,万引きが減少しているけれど,おそらく通報率低下がその理由だ.警察が万引きになんの対応もとってくれないと思ってるときに,万引きが起きても通報なんてしない.すると,記録数も減るわけだ.
[n.2] さらに,今年の夏以降に略奪被害に遭ったのは,ヒスパニック系・アジア系・黒人系の小規模店舗に偏っていた.白人以外の有権者がトランプ支持に傾いたのも,ムリはないよね.
[n.3] 〔リベラル系の〕NPR でいちばん人気のある “All Things Considered” の週間リスナー数は 1億 4700万人.ショーン・ハニティ〔保守系評論家・司会者〕は約 1400万人だ.
[n.4] もちろん,これはぼくにも当てはまる.確かなことはわからないけれど,おそらく,ぼくの読者層もほぼ大卒ばかりだろうと思う.
[n.5] 定期的に教会に通う人たちはかなり安定していて増減していない点に注目.実は,教会に所属している人たちは,定期的に教会に通っているとウソを回答している.これは,携帯電話の追跡でわかる.でも,たまにしか教会のミサに出ない人たちも相変わらず教会との関わりは続けていて,少なくともたまになら,他の社会階級のいろんな人たちと接触する機会をもっているはずだ.
[Noah Smith, "The educated professional class is out of touch with America," Noahpinion, November 10, 2024; 翻訳 optical_frog]
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