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ジョセフ・ヒース「“BIPOC”なる言葉は、カナダにおける人種問題にまったく相応しくない言葉である:アメリカ発の文化政治による社会改良運動を輸入すべきでない理由」(2021年5月28日)

カナダ政治における最大の問題の一つは、国民の大部分がアメリカに住んでいると錯覚してしまっていることだ。MAGA〔メイク・アメリカ・グレート・アゲイン:偉大なアメリカを取り戻す〕帽子を被って走り回り、トランプ支持のデモをやっている間抜け達は、この理由以外で説明できないだろう。私は時々、間抜け達の肩を揺すって「おい! お前らはカナダに住んでるんだぞ!」と叫んでやりたい気分になる。

残念ながら、“BIPOC問題”で、カナダ人もこの語句を当たり前に使うべきだ、と話題にしている人々に対して、私は〔トランプ支持の間抜け達と〕同じような類であると感じ始めている。BIPOC(“Black、Indigenous、People of Color:黒人、先住民、有色人種”)は、アメリカで、国内人種関係を議論するために作り出された頭字語である。イギリスのBAME(“Black、Asian、Minority Ethnic”:黒人、アジア人、民族的少数派)も似たようなものだ。

自国の人種関係や多文化主義の現実を反映した独自の頭字語を作らずに、アメリカの用語をそっくり流用するのを選んでいる人があまりに多い。このような、アメリカの社会正義言説への“認識的逃避”は、いろんな意味で、右派によるMAGAの左派版でしかない。

B、I、POCの頭文字の3要素は全てにおいてカナダの文脈では問題を孕んでいる。まずは“Black”から始めよう。アメリカでは、黒人は人口の12%以上を占めており、最も重要なマイノリティグループであるため、"B"を最初に置くことには十分な理由がある。さらに、黒人達のほとんどが、奴隷にルーツを持っており、数百年前のアメリカの子孫に遡ることが可能な存在である。

カナダの状況は完全に異なっている。私が生まれた1960年代だと、カナダの黒人は総人口の2.0%だった。この数字は現在では、3.5%に増えているが、この数字の内分けのほとんどは、移民とその直系子孫に起因している。さらに、カナダの黒人は、最近の移民の中では最大の集団となっておらず、南アジア系や東アジア系ルーツより人数的に少ない。

アメリカは、独特の歴史を持つので、国内で黒人を別カテゴリーとして扱うのは意味がある。そして、黒人の人口構成から、“B”をアメリカ人口の1.6%を占めるに過ぎない先住民の前に置くことも意味があるかもしれない。しかし、カナダでは、先住民は総人口の5%近くを占めており、BをIの前に置くのはナンセンスだ。黒人を、他の人種集団と別のカテゴリーとして扱うのも、無意味である。先住民の多くからしてみれば、カナダにおける黒人は、白人と同じ入植者であり、ずっと続いている植民地計画の一部をなす存在に過ぎない。

「差別」に関する限り、被害の主張は相対的なものであり、〔客観的な〕算定は難しい。しかし、「カナダにおける黒人の苦難は、先住民より上である」と考えられる人は、アメリカとカナダの歴史の違いについて混乱している過ぎない。

次に、頭文字“POC(有色人種の人々)”の部分について取り上げてみよう。これは、本当に少しだけ意味がある。もっとも、カナダで伝統的に使用されている用語は「外見上のマイノリティ:Visible Minority)」〔訳注:この用語はカナダの定義からは先住民が除かれている〕である。そして、アメリカ人でなければ、「有色人種」という言葉は、その言葉の当事者間ではあまり人気がない。

最後に、カナダにおいて、〔人口統計上で被害を受けた〕最大の集団は、イギリスの植民地主義の犠牲になり、武力によって服従させられ連邦に組み込まれたフランス系カナダ人であることに着目するのは重要だ。これよって、フランス語の地位が、カナダにおいてマイノリティの権利をめぐる紛争の大きな火種となってきているのだ。

というわけで、カナダで最重要なマイノリティグループを識別するのに、頭字語が必要だとしたら、“FIVM”を提案したい。FはFrancophone(フランス語母語者)、IはIndigenous(先住民)、VMはVisible Minority(外見上のマイノリティ)だ。

BIPOCという頭字語を熱心に借用している人々が理解しないといけないのは、アメリカ人は「人種というレンズ」を通して社会的な対立を分析する習癖があるが、この習癖を基にした人種関係への取り組みこそが、紛争のレシピになっていることだ。こんなアメリカのような考え方を、なぜカナダに持ち込もうとするのか? 私には理解不能である。世界中の人々は、手本となる多元的な統合モデルを探す中で、「カナダの連邦制と多文化主義政策は最も成功している政策の一つである」と一般的に指摘しているのだ。

カナダが行ってきた政策において最も重要な特徴は、伝統的に「民族間の違い」を、「人種的な差異」として分類してこなかったことにある。エチオピアから最近移住してきた人が、300年からこの大陸に住んでいるアフリカ人奴隷の子孫を共通する重要な何を保持している、という考えは、単なるのフィクションに留まらず、有害な虚偽表示となっている。「どんな黒人社会も、同じ人種差別に直面している」といった提言ですら、〔問題を〕ハッキリさせるより、曖昧にしてしまう可能性があるのだ。

BIPOCより遥かに適切なFIVMという頭字語を使わずに、失敗しているアメリカのBIPOCモデルを使い続けるべきである、との考えは、アメリカ文化帝国主義の軍門に降るのを除けば、受け入れは困難だ。アメリカの人種政治を輸入すれば社会正義に担うことになる、との荒唐無稽な考えは、常人なら受け入れ不可能なのでは? と。

The term ‘BIPOC’ is a bad fit for the Canadian discourse on race
JOSEPH HEATH
CONTRIBUTED TO THE GLOBE AND MAIL
PUBLISHEDMAY 28, 2021UPDATEDMAY 29, 2021

〔訳注:本エントリは、カナダの日刊紙『グローブ&メイル紙』に掲載されたものを、ジョセフ・ヒース教授の許可に基づいて翻訳投稿している。
訳者:WARE_bluefield
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