🎦『ピロスマニ』を観ました

2022年2月9日　
岩波ホール　にて

岩波ホール

岩波ホール閉館、今まで本当にありがとうございました

2022年7月29日、敬愛する岩波ホールが閉館してしまいました。
私にとっては大切な学校でした。
学びと感動、そして憧れ。

20代まで過ごした故郷、北九州時代は、地元の映画サークルに入会して、
岩波ホール発信の映画を鑑賞していました。
結婚して関東に住むようになり、少し岩波ホール作品からは遠のきましたが、きっかけがあって2017年よりは、岩波ホールに通い詰める年月となりました。

無くなるなんて考えたこともなかったです。
総支配人であった高野悦子さんとは、下の名前が同じであったことなどで
勝手な親しみも感じていました。
最初にこの場所を借りて、岩波ホールへの感謝の気持ちを述べさせていただきました。
私の心の拠り所でした。

本当にありがとうございました。

ニコ・ピロスマニ

ニコ・ピロスマニ（1862～1918）

絵画にはほとんど造詣のない私ですが、この映画を通してピロスマニの絵に形容しがたい魅力を感じるようになりました。

ちなみに“ジョージア”という名称は英語由来で、
“グルジア”はロシア語由来の国名。

“ジョージア”はここ

2008年にロシアと国交断絶したジョージア側からの要請を受け、
日本では、2015年4月から国名呼称をグルジアからジョージアへ
変更しています。

ピロスマニの作品はほとんど国外流出をしておらず、
ジョージア国内の二つの美術館にほぼ網羅されています。
首都トビリシにある『ナショナルギャラリー』と
ピストロマニ出身地近くの『シグナギ美術館』。

ピロスマニの絵とおいしいワインを求めてジョージアに出かけてみたいという気持ちになりますね。
また、独立後のジョージアの紙幣にもピロスマニの肖像画が使用されています。

ジョージアの１ラリ紙幣

「ニカラ」と呼ばれ、
ジョージアの国民的画家として愛されているピロスマニ。
それなのに、彼はなぜ貧困の末に56歳で
孤独に死なねばならなかったのでしょうか？

映画「放浪の画家ピロスマニ」のポスター

作風

対象を正面から捉えた素朴な作風で、
アンリ・ルソーと並べて評されることも多いようですが、
ルソーとは根本的に違う土壌があるのだ・・・とはYouTubeでおなじみの山田五郎さんのお話。

ジョージアの主とした宗教がキリスト教（ジョージア正教）であること、
それに伴い“イコン”が日常生活にしみ込んでいること、
ルソーとは違って、ピロスマニの場合、そのイコンからの自然な流れの中で作風がなされているのではないかということでした。

キリスト教って偶像崇拝を禁じているのですね。
それに変わる聖画像は「写実的な表現」「肉感的な表現」が排除されたものでなくてはならず、のっぺりとした二次元的な表現の特徴になってしまう…というのがイコンだそうです。

「天使の舞う復活祭の祭壇と子羊」

技

しかし、彼の技法が高度なものであるということは明らかで、
独学であったというところに天性も感じます

①黒地に書く。
厚紙に黒い下塗りをしたものから、ムシャンバという黒い油布（又は馬の背をおおう黒い皮革説あり）に変わっていったそうですが、黒で描かれる場所は器用に残しながら、下書きなしで描き進めていったそうです。
黒地に現わされる対象物はまるで自身で光を発しているような効果が得られているのだとか。

②筆が早かった。
彼が絵を作り出す過程には、ためらいも疑いも無く、心のひらめくままに『内なる欲求が、さあ描け』とばかりに彼を動かしたそうです。
そして、その生涯で残した作品は1000～2000点だもといわれています。

店の看板として掲げた牛の絵

生き様

ミルザーニの農家で生まれたピロスマニは幼いときに両親を亡くします。
その後、アルメニア出身の貴族に引き取られ、トビリシで養育されます。
ピロスマニ家がこの貴族の所有するブドウ畑で働いていた縁から、引き取られたようです。

やがて青年となったピロスマニは、夫を亡くして戻ってきた同家の女性に恋心をいだき、恋文を送りますが、受け入れられず、家を出ることに。

映画はこの場面あたりから始まります。

鉄道で4年働いた後、退職金を元手に友人と乳製品などを扱う商店を開業しますが、うまくいかずに廃業。
この店の入り口に看板として飾っていたのが“白い牛”と“黒い牛”の絵で、
劇中で初めて彼の絵が出てくる場面だったかな。
店じまいの際にその牛の絵をもらいたいという人が現れ、ピロスマニはこともなげに渡しています。

その後は、トビリシの居酒屋などで壁画や看板の絵を請け負い、その報酬に食事やワイン、画材の提供を受けるという、その日暮らしの放浪の生活が始まるのです。

絵の報酬は食事と酒だけで良い

一番したいことをして、必要以上に人に介入されないですむ生活は、
人づきあいが苦手と思われる彼にとって、自然に流れ着いた生活だったのではないでしょうか。

共同経営をした友人とうまくいかなかった一つの原因も、
ピロスマニがなかなかの気難しがり屋さんだったからとか。

束縛を嫌い、誇り高く生きる彼はみんなに“伯爵”ともよばれていました。
それゆえ、寝泊まりする部屋の提供も辞退し、
家庭を持つことも考えなかった様です。

また、彼は依頼されればどんな絵でも引き受けたと言います。
それは生活のためでもありますが
「卑しい仕事をしてこそ、より崇高な作品を創ることができる」
と語ったことから、絵にかけては、常に高みを目指してとどまらない彼の情熱を示しているようにも思えます。

やがて彼の描く、トビリシの人々の生活や動物たちは、だんだんと人々を魅了していったことでしょう。
彼についての詳しい記録は少ないそうですが、
町中にあふれている彼の絵の存在が、
何よりも雄弁にピロスマニがいかにみんなに愛されているかということを
物語っているのではないでしょうか。

チフリス（旧ドビリシ）の町はピロスマニのキャンバス

転機

やがて、1912年、ピロスマニ50歳ごろ、彼にとっての人生の転機はやってきます。
休暇のため、ロシアから訪れていた前衛芸術家たちに
ピロスマニの絵が見出され、翌年にはモスクワで開かれる絵画展に出品するはこびとなるのです。

ピロスマニにとっては、目の前がサッと開けるような展開だったことでしょう。
でも外の世界が評価、絶賛しても、身内の世界は冷ややかのようでした。

1916年、ピロスマニはグルジア絵画協会会員になるも、
新聞には風刺記事が載せられ、彼の絵がいかに“幼稚”であるかと笑いものにされてしまいます。

そのようなわけで、彼の作品に対しての評価がダダ下がり？したのか、
生活は困窮していきます。
しかし、私は疑問に思います。
そんな一時の中傷で彼をみんなで見放してしまうものなのか？

映画では詳しい描写はありませんでしたが、
時悪く1914年に第一次大戦、1917年にロシア革命がおこっています。
映画の中で、町中から彼の絵が無くなり、活気のない様子だったのは、
こんな時代背景のせいで、国中が経済的に打撃を受けていたためのようです。
新聞での酷評の影響もあったでしょうが、
つまり彼は運が悪かった…とそう思いたいのです。

女優マルガリータに心惹かれて・・・

孤高の画家

劇中では、たとえば、乳製品の店を開業した時には
『お金をためて木の家を建てよう』と語ったり、
グルジア絵画協会会員になったころには
『街の真ん中に大きな木の家を建ててお茶を飲みながらみんなで芸術を語り合いましょう！』と理想を言葉にする場面もありました。

フランスからやってきた女優さんにも心惹かれて、
彼女の絵を描いたことも有名です。
報われなくても、彼は彼の人生を懸命に生きて、愛したのにちがいありません。

『私は独りで生まれて、独りで死んでいく。人は生まれた時に何を持ってきて、死ぬときに何を持っていくんだ。私は死を恐れない。人生は短い。』
晩年に彼が語ったと言われる言葉は重く、また潔さを感じます。

1918年ピロスマニは亡くなりました。
その死については、諸説あるようです。
イエス-キリストの復活を記念する祝祭日「復活祭」の日に
重病の状態のピロスマニが発見され、
その後搬送先の病院で息を引き取った・・・という話が有力です。

映画では階段下の小部屋で臥せっているピロスマニを見に来た男が
彼を馬車に乗せ、去っていくシーンで終わります。

『私を見て驚くな。私はただ不幸な者であるだけだ。』

ピロスマニの死が描かれた絵

実際にピロスマニが過ごした自室

感傷も同情も受け付けない、自分が自分であることに純粋で一途であった
ピロスマニが「放浪の画家」「孤高の画家」としてジョージアの人々に深く刻み込まれたというのも納得でした。

監督からのメッセージ

「ファミリーピクニック」

映画は1969年の作品で、ギオルギ・シャンゲラヤ監督は
2020年にお亡くなりになっています。

監督はピロスマニを通して、ジョージアという国を伝えたいという
メッセージを日本に送ってくれました。

劇中、ピロスマニを演じたのは、現在ジョージアを代表する画家
アフタンディル・ヴァラジ（1977年に51歳で亡くなっています）。
同映画の美術担当でもあり、ピロスマニの代弁者にふさわしい方でした。

１シーン、１シーンが絵画のようなこの映画、機会があればまたじっくりと鑑賞したいと思います。

岩波ホールに展示されたパネル

ピカソ

最後にピカソの言葉から
“私の絵はグルジアには必要ない。なぜなら、ピロスマニがいるからだ。”