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本当にあった無肥料で高収量が続く農業(4) 材料及び方法


調査圃場

(予備知識)

スザーノ市南緯23度32分で、ほぼ南回帰線(23度26分)上に位置する湿潤な地域。ちなみに北回帰線上の国は、ベトナム、バングラディシュ、メキシコ、キューバ、エジプトなどである。

赤色系ポトゾル化土壌(Ultisols):粘土が少ない赤土。湿潤な温帯から熱帯に広く分布している。UltiはUltimate(究極)、つまり風化が究極まで進んだ土壌を意味する。塩基(ミネラル)が洗い流された酸性土壌で、鉄分が比較的少ない。そのため、粘土も分散性が高く、表層から失われて下層にたまっている。結果として、土壌の養分含有量が低く、養分の保持力も小さく、土壌保水能が小さく、土壌流亡を起こしやすい。農耕に向かない土壌である。同じ熱帯の赤土にオキシソル(0xisols)があるが、こちらはUltisolsほど風化が進んでおらず、逆に農耕向きとされる。

慣行農法:耕し、除草剤を撒き、化学肥料を使い、灌漑し、農薬で病虫害を防ぐ農業。統計では、耕地面積のうち、日本の99.5%(2018年)、世界の98.4%(2020年)が慣行農法である。

表面流去:土壌への雨水の浸透が追いつかなくなり、雨水が地表を流れること。土壌流亡は表面流去で起こる。

ロータリーティラー:日本で普通に目にする耕運機のこと。

調査対象圃場

本研究はTsutomu Nakamura 氏の農場で氏の協力の下実施された。農場はブラジル、サンパウロ州スザーノ市の赤色系ポトゾル化土壌(Ultisols)の丘陵地に位置する。新農法に取り組む前の圃場は40年余りにわたる慣行農法で疲弊していたという。高C:N比有機物資材の施用は2008年7月に始められ、2010年までに2 haの全圃場に至った。

調査対象圃場の土壌Ultisolsは、世界の食料生産の約20%を生産している、代表的な農地土壌である。同時に土壌劣化が激しい土壌の代表でもある。調査圃場は丘陵地のため、とくに土壌が流亡しやすい。Nakamura氏は日系移民2世だ。開拓農地は、収量低下のため離農を検討中だった。新農法を導入開始したのが2008年7月。約1年半かけて2haの全農地を新農法に置き換えた。作目はレタスを中心とする野菜だが、初老の夫婦だけで管理し、出荷のみ息子が手伝っている。この丘陵の裾にある慣行農地では、6人の若者が3haのレタス畑を管理していた。単純に見れば面積当たりの労働生産性は2倍である。

耕種概要

以下耕種概要を示す。(1) 収穫後直ちに(原則として)同じ作物を作付けて常に作物が植わっている状態を維持した。(2) 1作ごとに約15–20 t ha−1の生廃菌床(C:N比39; 水分 61.80%; 全炭素 (T-C), 19.10%; 全窒素 (T-N), 0.49%)を土壌表層約10 cmにロータリーティラーで混入した。 (3) 他の資材 (NPK肥料、ミネラル、微量要素、生育促進剤、酸度調整資材、農用化学資材) は一切使用しなかった。 (4) 市販種苗を使用。(5) 雑草は作物と競合が見られた時に刈払機で刈り、圃場に放置した。(6​​) 原則無潅水で、干ばつ時は播種・定植の前日と続く2日のみ潅水した。生廃菌床は近隣のキノコ工場(Sitio TKM, Suzano) から直送され直ちに施用した。

慣行農法との耕作法の違い

慣行農法との違いはつぎの通り(←右側は慣行)
1.連作 ←野菜は基本的に連作を避ける
2.連続作 ←作付けしない期間(休閑期)を置く
3.廃菌床だけを全作目で同量使う ←作目に応じて肥料を変える
4.除草剤不使用 ←除草剤を使用
5.無防除 ←農薬を使用
6.無潅水 ←野菜は晴れた日は朝夕の2度潅水する
上記のうち、1〜4は意識的に、5,6は必要がない。

高C:N比有機物資材について

使用されている高C:N比有機物資材はキノコ廃菌床。使用済みの人工培地で産業廃棄物だが、土壌中で微生物に完全分解されるので環境汚染の心配はない。廃菌床は製造工程が明確な工業製品である。しかも、特定の工場のものだ。その成分は安定している。窒素は含まれているが、有機態なので肥料としての効果がない。それどころか、高C:N比有機物の分解時に微生物が土壌の無機態窒素を低下させる。慣行農法でも耕起時に前作の茎葉を土壌に混入すると同じことが起こるから、休閑期が必要になる。なお、この農法の創始者は廃菌床を使わず、収穫残渣や草を使用していた。

過去の施肥の影響

土壌のNO3−N濃度は0–10 cmおよび70–80 cmともに5.6 mg kg−1 soil(2010年12月12日測定)で隣接森林の表土(0–10 cm)と同じであった。低窒素濃度にもかかわらず、窒素不足や病虫害は見られなかった(図 1)。

この部分は調査結果ではなく事前情報である。共著者でもあるキノコ工場主が地元検査機関に依頼して測定していた。表土の値が隣接森林と同じで、地下70–80 cmの土壌とも差がないということは、過去に施用した化学肥料の影響が残っていないことを示す。図1はシリーズ(1)の冒頭の写真を指す。

極端気象の影響

圃場は1時間50 mmの降雨でも表面流去が無かった。土壌調査(Nov 19, 2012)の前は65日におよぶ干ばつであったが潅水はしなかった。

1時間50 mmの降雨とは、傘に牛乳パック50本分の雨が当たるイメージだ。調査対象圃場の土壌、Ultisolsは、隙間がなく、表面流去が起こりやすい。にも関わらず、この圃場では表面流去が無かったという。要約で述べた29cmの団粒層が、豪雨を吸収したと考えられる。その後の65日間の干ばつでも、無潅水で作物が旺盛に生育したのは、土壌が蓄えた水があったからだと考えられる。ちなみにこの農場では、隔週でレタス苗を植えている。

生産性

調査圃場の収量は2010年から2012年の売上記録の収穫野菜個数に各品目の標準重量を乗じた。慣行収量は、各作目の栽培面積の記録がなかったので、調査圃場の上位5品目(レタス(46%)、キャベツ(23%)、ハクサイ(7%),ダイコン(5%), カリフラワー(4%))から算出した。すなわち、重量%を面積%に換算し、これに慣行平均収量を乗じた。上位5品目のヘクタールあたり年平均収量はそれぞれ21、32、32、29、14tである [14]。たとえばレタスが調査圃場面積の46%を占めるとするとキャベツは15%(23% × 21/32)になる。慣行収量は合計で17.6 t(46% × 21 + 15% × 32 + 4% × 32 + 4% × 29 + 6% × 14)であった。上位5品目の合計面積は74%であったので、ヘクタールあたり慣行収量23.7 t(17.6 × 100/74)となった。これは日本の標準収量を用いた場合である。日本の全野菜の平均収量は23.3 t ha−1 でブラジルは12.8 t ha−1である [15]。つまり慣行収量は13.0 t (= 23.7 × 12.8/23.3)となる。

単収=出荷量÷作付け面積

生産性は単位面積あたりの収量で比較する。農家は売上げに関わる、野菜の品目別の出荷量(個数)は記録しているが、品目別の作付面積は記録していない。そこで方程式、単収=出荷量(1個重量×個数)÷作付面積、に統計上の平均単収を代入して、作付け面積を計算した。もし、調査圃場の単収が平均単収なら面積の合計は圃場面積と一致する。計算面積が実際の倍なら(農地面積が変わるはずは無いので)実際の単収は倍だ。残念ながら、比較対象とすべき現地の平均単収は情報がなく、日本の統計データを使うことにした。上位5品目は日本でも栽培されており、1個標準重量(kg)と平均単収(kg/ht)のデータがある。

3年間の出荷個数上位5品目を対象とする

生産性の推計は圃場全体が新農法に切り替わってから調査時までの平均とした。季節や気象の影響を平均化出来る反面、年々増収しているので現状よりは低めの見積もりとなる。上位5品目の出荷量は出荷個数で、レタス(46%)、キャベツ(23%)、ハクサイ(7%),ダイコン(5%), カリフラワー(4%)であった。

個数から面積を算出

1個標準重量(kg)を平均単収(kg/ht)で割ると1個あたりの栽培面積が出る。仮にレタスの作付け面積が出荷個数と同じく圃場面積の46%だとすると、キャベツ(15%)、ハクサイ(4%),ダイコン(4%), カリフラワー(6%)となり、合計74%となった。圃場面積が1haだとすれば、各作物の面積割合に各作物の単収を掛けると17.6 tとなる。これは圃場面積の74%が5品目だった場合だ。5品目だけで100%だったすると、26%増えて、ヘクタールあたり23.7 tとなる。

全野菜の年平均単収でブラジル補正

日本とブラジルでは気候と技術の違いから、年間作付け回数も単収も異なる。これらを加味した目安として、両国の全野菜の年平均単収で補正をかけた。ブラジル農業はサトウキビと飼料作物が主体で、野菜は全部合わせても1%に満たない。そのためか、作目ごとのデータを見つけられなかったからだ。補正の結果は13.0 tとなった。これが5品目を同じ割合で栽培したときのブラジルの推計慣行収量である。

調査圃場の年平均収量

調査圃場の年平均収量は、各品目の3年間の出荷個数に(日本の)標準収量をかけた値を、年数、圃場面積で割り、さらに74%で割った値となる。調査圃場の各野菜の1個標準重量は、一見して日本より明らかに大きいので、控えめな推計となるが、同じと仮定した。

土壌プロファイル

土壌調査は周辺からの水および土壌の流入のない、調査圃場の最も高い地点を選んで実施した。調査圃場(SF)ではレタス(12作)、キャベツ(2作)が2008年7月より栽培され、調査時(2012年11月19日)には2012年4月9日に作付けされたバターキャベツが生育していた。対照圃場(CF)は隣接農家の圃場を選んだ。圃場は同じ地形に位置しており、ほぼ同時期に日本人入植者が開拓し、ほぼ同じ栽培法で約40年にわたって野菜が栽培されてきた。CFでは2012年1月にキャッサバが収穫され、その後トウモロコシが廃菌床を投入して無施肥で1度栽培され2012年7月に収穫した後は休閑状態であった。
土壌プロファイルの調査法は土壌調査ハンドブック(日本ペドロジー学会、1997)によった。湿潤土壌を土層ごとサンプリングし、2 mmメッシュで篩別した。20-mLのサンプル2セットを、1つはフリーATP(adenosine triphosphate)分析に 、今一つは土壌水分と炭素、窒素の含有量測定に供した。

土壌プロファイル調査は匠の技といえる。この調査では、何千本もの穴を掘った熟練の教授が調査箇所を選定した。お隣の成功に刺激された対照圃場は、直近の作付けで1度廃菌床が使用されている。これは、調査圃場の15回に比べれば誤差レベルであるし、投入後10ヶ月が経過しているので、廃菌床はほぼ分解済みだ。土壌サンプリングは、土層の境界を確定した後、土層の平均となるよう、各土層断面の数か所を少しずつ採取し、合計で500g程度を取った。

微生物活性

我々は微生物バイオマスでなく微生物活性を評価するため、その指標であるフリーATPを測定した。土壌プロファイル調査で得た土壌サンプルを採取後30分以内に分析した。サンプルをカップに入れて50 mLの水を加え、1分間バイブレータ(Power Masher, Nippi Inc, Tokyo, Japan)で撹拌した。その後6 mLの上澄み液をサンプルチューブに取り、遠心分離機により6500 rpm(2200 × g)で1分間分離した。オートピペットを用いてこの溶液100 μLをATP測定チューブ(Aquasnap AQ100F, Hygiena International, Camarillo, CA, USA)に取り、ルシフェラーゼ混入後20秒のタイミングでルミノメータ(SystemSURE Plus, Hygiena International)によりATPを測定した。ATPの総量はペアの土壌サンプルの土壌水分および重量を用いて算出した。

微生物量は活性に比例する

微生物バイオマスは微生物の量、活性は活動量だ。たとえば食品の腐敗は微生物の活性に応じて進行する。冷蔵庫で保存すると長持ちするのは、活性が下がるからだ。しかし、環境が安定していれば、微生物の活性は微生物バイオマスに比例する。標準のバイオマス測定法は、繊細かつ大掛かりなもので数週間要する。そこで簡易推定法として開発されたのが、微生物活性の指標であるATPの測定だ。

フリーATPは活性の指標

ATPは生命活動で利用されるエネルギーの貯蔵・利用にかかわる「生体のエネルギー通貨」と呼ばれる物質である。細胞が死んで細胞外に放出されたATPをフリーATPと呼ぶ。土壌中のフリーATPは、微生物によって回収され、短時間で消失する。つまり、フリーATPは死んで間もない微生物の量だ。これは、新陳代謝の量であり、活性そのものだ。

民生機器を活用

一般に研究機器は高くて扱いが難しく、民生品は安くて使いやすい。そこで衛生検査向けに作られた、手のひらに収まる機器、数機種の中から測定値の再現性を基準に選定した。測定原理は蛍の発光原理に基づく。ルシフェラーゼという酵素がATPの添加量に応じて発する光量を測定する。ATPの反応は薪を燃やすようなもので、時間とともに小さくなる。最も精度良く測定できるタイミングを確かめ、何度も練習して本番に臨んだ。

炭素、窒素収支

(予備知識)

土壌は輸入禁止品:海外から土壌を持ち込むことは禁止されている。微生物が含まれるからだ。研究目的の場合、例外的に防疫所に試験内容を事前申請して許可された量を持込める。入国の際は検疫を受け、保管中も立ち入り検査を受け、最終的に高圧滅菌処理して廃棄報告する。

T-C:Total-Carbon=全炭素。石灰質土壌などの特殊土壌を除き、土壌炭素は有機物として存在し、土壌肥沃度の指標である。ちなみに、作物中の炭素は光合成由来で、土壌中の炭素ではない。

T-N:Total-Nitrogen=全窒素。土壌中の全窒素は、有機態窒素と無機態窒素に分けられ、大部分が有機態窒素の形で存在する

収支:農地土壌の炭素、窒素の収支には、人間による持込みと持出しがある。調査圃場では、持込みは廃菌床、持出しは収穫物である。

分析方法

ペアの土壌サンプルは風乾後、T-NとT-CをNC analyzer(SUMI- GRAPH NC 200F, Sumitomo Chemical, Tokyo, Japan)により乾式法で測定した。

”ペア”とは調査圃場と隣接対照圃場の土壌プロファイルの各層のこと。NC analyzerという分析機器は、土壌を高温で焼いて、含まれる窒素(N)と炭素(C)をガス化して測定する乾式法1つだ。ちなみに土壌分析は2mmの網目を通るすべてのものを対象とする決まりだが、廃菌床は網目を通る。

持出し量

収穫物による窒素と炭素の持ち出し量は作物の面積あたりの平均値を用いた [16]。具体的にはm2 当たりレタスは28.4 g Cおよび3.03 g N、キャベツは171.6 g Cおよび14.21 g N(バターキャベツはキャベツの値を用いた)である。

土壌炭素は植物(作物だけでなく雑草を含む)の光合成と、微生物の呼吸で常時出入りしている。なので、持出し持ち込みの収支が、そのまま土壌炭素の増減にはならない。とは言え、収支を押さえておくことは、結果を考察するうえでの材料となる。ところで、バターキャベツはローカル名らしく、調べてもわからなかったがコラードの一種に見える。

上限、下限による推定

T-CとT-N収支は下限、上限で推定した。下限はSFとCFの土壌プロファイルの全層の差とした(CFは1度廃菌床を投入されておりかつ休閑は一般に土壌炭素を増加させることが知られている[17])。上限はSFの表層3層がBw1層と同じであったと仮定した。純収支は廃菌床の投入と収穫物による持ち出しを上記の計算に含めた。

SFは調査圃場、CFは対照圃場。収支は(全層・表層)×(CF・Bw1)の4通りで算出した。表層×Bw1の推定は上限値となる。下層は耕作の影響をほぼ受けない。なので新農法開始前の表層の炭素・窒素は、少なくともBw1より高かったはずで、新農法転換以前の状態を最も低く見積もることになる。これに対し、全層×CFは下限値となる。下層土の影響で変化が薄められる上に、CFの下層は炭素、窒素ともにSF多かったため、その差が更に割り引かれてしまったからだ。これらはあくまで参考値である。最も妥当なのは、耕作の影響を受ける表層×CFである。論文では示さなかったが、実を言えば、より妥当なのは作土層×CFの比較だ。

(つづく)

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