【現代語訳】幸田露伴「運命」35 「済南城の戦い」


ブログより転載。https://priceless01.hatenablog.com

【訳】

山東参政の鉄鉉は儒者から身を起こし、かつて疑獄事件を裁判して太祖の信任を得て、鼎石という字をうけたまわった者であった。

北征軍が出ると兵糧を~景隆の軍のもとに赴こうとしている最中、景隆軍が潰滅し諸州の城がみな情勢をみて燕に降伏してしまい、臨邑に止まっていると参軍の高巍が南方へ帰るのと出くわした。

ふたりとも文官であるが、今は戦時であり、目の前で官軍が大敗し、賊軍が勢いが盛んなのを見て、憤激も極まった。

巍が燕王に書を奉ったが効果のなかったことを嘆けば、鉉は忠臣として死ぬ者が少ないのを憤った。

慨世の嘆き、憂国の涙、二人は顔を合わせてさめざめと泣いたが、酒を酌み交わして盟を結び~済南に走ってそこを守った。景隆は逃げて済南に頼った。燕王は勝利に乗じて諸将を進軍させた。燕兵が済南に到着したとき、景隆にはなお十万余りの兵がいたが、戦ってまた負けて一人、馬で逃げた。

燕軍の勢いはいよいよ盛んになって城を落とそうとした。鉄鉉は左都督の盛庸、右都督の陳暉等と力を尽くして防いで志を堅くして城を守り、日が経っても屈しなかった。

このことを朝廷が聞いて、鉉を山東布政司使、盛庸を大将軍にして、陳暉を副将軍に昇進させた。

景隆は召還されたが、黄子澄・練子寧が景隆を死刑にしなかったらどうやって国家~兵を励ますというのですかと言ったが、帝は結局責任を問わなかった。

燕王は済南を囲むこと三ヶ月に至ったが、ついに落とすことができなかった。それで城外の谷川の水を堰き止めて城内に注ぎいれ、水攻めにしようとした。城中の者はこれを知って不安になった。すると鉉は言った、怖れるな、私に策があると。

千の兵士を敵に遣わして投降したふりをして、燕王を城に迎え、前もって勇士を城の上に隠れさせておき、王が入城する瞬間に合わせて大きな鉄板を落としてこれを殺し、またこれとは別に隠れて橋を断とうというのである。

燕王はこの計略にはまって馬に乗り~橋を渡って城に入った。

大きな鉄板が急に落ちてきた。しかし落とすのが少し早くて王の馬の首を傷つけただけだった。王は驚き馬を替え走らせて城を出ようとした。橋を断とうとしたが橋はとても堅かった。まだ断てないうちに王は逃げてしまった。燕王はすんでのところで死ぬところであったが幸い難を逃れた。天の助けがあったようだ。

王は大層怒って城を砲撃した。城壁は壊れそうになった。鉉は屈せず太祖高皇帝の神牌を書して城壁高く掲げた。それで燕王は砲撃できなくなった。

鉉はまた不意打ちで城から出て血気盛んな者たちで燕の兵を脅かした。燕王は大層怒ったけれど策がない。すると道衍が書を寄越して言った、兵は疲れています、しばらく北平に戻り出直しましょうと。王は包囲を解いて帰った。

鉉と盛庸らは勢いに乗じて追撃し、ついに徳州を回復し、官軍の士気は大いに上がった。

鉉はここにおいて抜擢されて兵部尚書となり、盛庸は歴城侯となった。

 

※訳文中の〜は不明箇所。


【原文】

山東参政鉄鉉は儒生より身を起し、嘗て疑獄を断じて太祖の知を受け、鼎石という字を賜わりたる者なり。

北征の師の出づるや、餉を督して景隆の軍に赴かんとしけるに、景隆の師潰えて、諸州の城堡皆風を望みて燕に下るに会い、臨邑に次りたるに、参軍高巍の南帰するに遇いたり。

偕に是れ文臣なりと雖も、今武事の日に当り、目前に官軍の大に敗れて、賊威の熾んに張るを見る、感憤何ぞ極まらん。巍は燕王に書を上りしも効無かりしを歎ずれば、鉉は忠臣の節に死する少きを憤る。

慨世の哭、憂国の涙、二人相持して、泫然として泣きしが、乃ち酒を酌みて同に盟い、死を以て自ら誓い、済南に趨りてこれを守りぬ。景隆は奔りて済南に依りぬ。燕王は勝に乗じて諸将を進ましめぬ。燕兵の済南に至るに及びて、景隆尚十余万の兵を有せしが、一戦に復敗られて、単騎走り去りぬ。

燕師の勢愈旺んにして城を屠らんとす。鉄鉉、左都督盛庸、右都督陳暉等と力を尽して捍ぎ、志を堅うして守り、日を経れど屈せず。

事聞えて、鉉を山東布政司使と為し、盛庸を大将軍と為し、陳暉を副将軍に陞す。

景隆は召還されしが、黄子澄、練子寧は之を誅せずんば何を以て宗社に謝し将士を励まさんと云いしも、帝卒に問いたまわず。

燕王は済南を囲むこと三月に至り、遂に下すこと能わず。乃ち城外の諸渓の水を堰きて灌ぎ、一城の士を魚とせんとす。城中是に於て大に安んぜず。鉉曰く、懼るゝ勿れ、吾に計ありと。

千人を遣りて詐りて降らしめ、燕王を迎えて城に入らしめ、予て壮士を城上に伏せて、王の入るを侯いて大鉄板を墜して之を撃ち、又別に伏を設けて橋を断たしめんとす。

燕王計に陥り、馬に乗じ蓋を張り、橋を渡り城に入る。大鉄板驟に下る。たゞ少しく早きに失して、王の馬首を傷つく。王驚きて馬を易えて馳せて出づ。橋を断たんとす。橋甚だ堅し。未だ断つに及ばずして、王竟に逸し去る。燕王幾んど死して幸に逃る。天助あるものゝ如し。

王大に怒り、巨礟を以て城を撃たしむ 城壁破れんとす。鉉愈屈せず、太祖高皇帝の神牌を書して城上に懸けしむ。燕王敢て撃たしむる能わず。鉉又数々不意に出でゝ壮士をして燕兵を脅かさしむ。燕王憤ること甚しけれども、計の出づるところ無し。

道衍書を馳せて曰く、師老いたり、請う暫らく北平に還りて後挙を図りたまえと。王囲を撤して還る。

鉉と盛庸等と勢に乗じて之を追い、遂に徳州を回復し、官軍大に振う。

鉉是に於て擢でられて兵部尚書となり、盛庸は歴城侯となりたり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?